15話 この世界に戦う理由は存在しない
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土煙から現れたのは、いかにも歴戦の猛者といった佇まいのおじいさんだ。天使の羽と輪っかがあるので、天使族だろう。やたらムキムキで、母と同じくらい大きくて、立派なおヒゲを蓄えている。
相変わらずこの世界の天使族、ムッキムキだなあ。先天的なものなのか、後天的にムキムキになったのか、どっちなんだろうな。
などと、この時の僕は母の後ろで守られながら、そんな呑気なことを考えていた。
(ガハハハハ! お主は……覚えておるぞ! 厄介な糸を使う強き女だな! 生きておったか!)
(何をしに来た! ここは私の縄張りだ!)
母とおじいさん、二人が戦闘態勢になって相対する。
この場にはとんでもなく張り詰めた空気が流れていた…………んじゃないかなあ? 母のあんな汗ばんだ姿、見たことないし。僕、マイペースなせいか、そういう雰囲気を感じるのが苦手なんだよね。
おじいさんの周囲の空気が、不自然に揺らめいている。
(……何故逃げん? もしやお主、戦う気か?
やめておけ。長いこと生きてきたが、ワシより強い天使族は見たことがない。お主では絶対に勝てんぞ?
お主は勝てない勝負はしない賢い女だと思っていたが……)
母がぎりりと歯を噛みしめる。その反応から、あのおじいさんは本当に強いのだろう。
ただ、母は動かない。一歩も引かない。
後ろには僕が居るからだ。
母は必死に僕を守ろうとしてくれているのだ。
……なるほど。なるほどなあ。うんうん。なるほど。
「ねえ、じいじ。何しに来たの?」
(あっ、バカ! 何をしている!)
僕はおじいさんの太ももあたりに、ギュッと抱きついた。
(!??? !? !???? な、何だこの生き物は!?
このワシが気配を悟られず接近されるなど、初めてだ! なんなんだこの圧のない生き物は!?
そして何より……この高鳴る鼓動はなんだ! 毒か!? それともワシは今、死んだのか!?)
おかしくて思わず口角が上がってしまう。
なんか、じいじがめっちゃ動揺してるんだけど。天使の輪っかがぎゅいいいんって高速回転しながら、テレパシーで思考がダダ漏れしちゃっているもん。
圧のないという言葉を聞いて、僕は母が以前言っていた言葉を思い出した。
『この世界の生き物は、生まれつき殺意を隠しきれない。それは“圧”となって、常に外へ漏れている』
たとえ害意がなくとも、敵を見つけると本能が先に反応する。まるで無意識に銃口を向けてしまうかのように。
向けられた側もまた同じだ。圧は圧を呼び、静かな対峙はすぐに崩れる。強者ほどその気配は重く鋭い。ゆえに彼らの周囲には、近づく者すらいない。
この世界では、戦う理由はもう失われたはずだった。それでも戦いが絶えないのは、この本能だけが取り残されているからだ。
……でもさ、その本能とやら、僕にはないんだ。害意なんて毛ほどもない。だからじいじみたいな強者でも、僕の接近に気づかなかったんだと思うよ。
(バカ! カナタ! 早く戻ってこい! あいつはヤバい! 私では守りきれない!)
母がそれはもう慌てている。あんな泣きそうな声、聞いたことない。
でも、大丈夫。安心して。
そういう意味を込めて、僕は母にニコッと笑顔を見せた。
あのおじいさんに敵意はないはずだ。瞳の奥が優しいし、身体に力も入っていない。
それに、あのおじいさんの纏う雰囲気には、どこかさみしげな空気がある。あれは明らかに「悲しき化物」パターンのおじいさんだ。
もうさ「オデ、ニンゲン、クワナイ」って聞こえてくるもん。間違いない。
きっと強者過ぎる故に、とんでもない圧が常に漏れ出てしまっているのだろう。たとえ本人にその気がなくともね。
「ねえ、じいじは戦いに来たんじゃないよね?」
(むほっ! あ、あわわ……ごほん。あ、ああ。ワシの縄張りから世界を壊しかねんほどの魔物が逃げ出したから、処理しに来たんじゃ。あまり人様の縄張りに邪魔をするのは悪いから、コンマ0・1秒ほどでノシて、今はその帰りじゃ)
「わあ、じいじは最強なんだ!」
(そうじゃそうじゃ! じいじは最強なんじゃ! ホワイト・ザーという異形の魔物でな。放っておくと世界丸ごと数時間で永久凍土にしてしまうもんじゃから、早急な対処が必要なんじゃ)
いつの間にかおじいさんの一人称が、ワシからじいじに変わっている。
「信じられない! そんな魔物が居るんだ!」
(むっほー!)
その後も僕はさしすせそを巧みに使い、おじいさんから話を聞き出していった。
「崇拝してます!」
「世界一!」
「尊敬してます!」
………………
…………
……
…
――ふっ、ちょろいな。年寄り相手なんて、魔力を使うまでもない。ただのさしすせそで充分だ。
ってカッコつけてみたが、ちゃんと本心で言ってるからね。今の時点での僕と母ではかなり苦戦必須の、やばげな魔物を相手してたっぽいし。
(そうかそうか、ワシの孤独を分かってくれるか!! なんて、なんていい子なんじゃ。ぐおおおおお!!!)
じいじは泣いていた。男泣きだ。大きくて強くてかっこいいおじいさんが、子どものように顔をぐちゃぐちゃにしていた。
その孤独は僕には計り知れないほど、本当に果てしないものだったのだろう。
じいじが泣き止む頃には母も身体の力は抜けていた。すでに戦闘態勢は解除している。
それができたのは、あのおじいさんに全く害意がなく、ただ肉の焼ける香りにつられてやってきただけと心から理解できたからだろう。
だが、たとえ目的が分かったとて、実際に戦闘態勢を解くことがどれだけ難しいことか。ここに母の適応力の高さが垣間見える。
もともと母は適応力が高い方だったが、僕と交流するうちにより順応の速さに磨きがかかっていったそうだ。
……えっ、なんで?
(すまない。あなた様から漏れ出る殺気に、過剰に反応してしまったようだ。非礼を詫びよう)
(ガハハハハ! いやはや、謝る必要など全くない。縄張りに入ったのはこっちじゃからの。
それに、ワシの前で敵意を見せる者を見ることすら、久しぶりだったんじゃ。
やはりお主はなかなか骨のある女じゃ。もう五十年もすればワシを超えるであろう)
ま、これ以上強くなっても、何の意味もないがな、と強引に笑いながら、母の頭をガシガシと撫でる。
その母の横顔は、ほんのり朱に染まっていた。
おやおや?
(それにしても、この世界でこれほど和やかに会話ができるとはの。今でもワシは信じられん。時代は変わったものじゃ)
(そうですね。私もカナタが居なければ、会話が成立するということが信じられなかったでしょう)
(ガハハハハ! ワシはもう一生孤独のまま死んでいくのだと思っておったが、まさか生きている間にこんな幸せを掴むことができるとはの。見苦しくも生き残ってよかったわい!)
(ふふふっ)
母がしきりに髪の毛をいじっている。
……おやおやぁ?
――ステータス――
名前:未定
種族:天使族
固有特性:黄金の瞳 観察眼や洞察力など、見る能力に優れる
英雄の資質 天使族で一番の強者に与えられる称号
ユニークスキル:爆発空間支配
体力:■■??
攻撃力:■■??
防御力:■■??
魔力:■■??
器用さ:■■??
素早さ:■■??
【じいじ:戦闘力 意味不明】




