14話 この世界に料理は存在しない。
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「よし、とりあえず魔法の構築は完了した。とりあえず、これなら超初級編といったところかな」
これでようやく料理のさしすせその完成だ。
料理を知らない母に、料理の真髄を導いてあげよう。
「じゃあ、やるよーん」
(ああ、分かった)
「さしすせそ魔法、超初級・料理の世界! 展開!」
頭に浮かんだ五つの欄に全て埋め、構築した魔法を順々に繰り出していく。
「【さ】才能!」
僕と母の存在が輝く。これで料理をする才能に目覚めたはずだ。
「【し】塩!」
僕が理解している塩という概念を母にも理解してもらう。
塩とは、白い金であり、生命力の源であり、土地を枯らす毒であり、魔除けであり、至高の調味料だ。
もちろん僕が普段から塩についてそこまで深く考えているわけではない。けれど今、魔法が僕の深層意識に眠るわずかな知識を増幅し、しっかりとした「概念」として形作っているのだ。
ちなみに、魔力をもっと使えば塩だってこの場に生み出すことも容易だが、今回は初級編ということで知識を共有するだけだ。
「【す】スパイス!」
これも同様。母にスパイスという概念を理解してもらう。
同時にこの世界に存在する様々なスパイスの情報を世界から引き出し、知識として得る。
「【せ】センス!」
僕と母に料理するうえでのセンスを目覚めさせる。これは味付け、盛り付けなど、料理に必須のスキルだ。
「【そ】素材!」
これは、才能とセンスの延長線上のスキルだ。目利きの能力と言ってもいいだろう。
僕と母にこの世界に存在する食材の素材に関する知識や経験、適切な処理方法など、様々なセンスを目覚めさせる。
どんな料理をするにしても、素材は必要不可欠だ。料理は素材が命。逆に言えば、料理は素材にさえこだわれば、特に難しいものではないのだ。
さしすせそ魔法により、さっきまでの料理を知らない僕達とはまるで別人だ。これで僕と母はもう、一流の料理人となった。
今回は知識の共有と才能の開花がメインだったが、やろうと思えばこの世界に存在しない「塩がなる木」を生やしたり、極上のスパイスを花粉とする新種の花を咲かせることだってできる。
舞いが終わると、さきほどの【さ】【し】【す】【せ】【そ】の概念が光の粒子とともに空に昇り、世界に奉納される。
料理という今までなかった概念が、光の粒子とともに空に昇り、溶けていった。
これで新たに生まれてくる命は、料理の基礎知識を持って生まれてくる者も出てくるだろう。
この奉納について、もう少し詳しく説明しよう。
この世界の新たな生命は、当然のように知識を持って生まれてくる。そのことを誰も疑問に思わない。当たり前のことだからだ。
でも、前世を持つ僕はそれが当然ではないことを知っている。だからこそ生まれる前、セカイ様にその仕組みをこっそり聞き出していた。
結論から言えば、この世界の人種は魔力から生まれる――そのせいだそうだ。
実は魔力には様々な人の記憶が刻まれている。特に夜空にはたくさんの記憶が何層にもたゆたっているそうだ。
生まれる前の赤子は、星として輝きながら様々な記憶の中を泳ぐ。そこで生きるために必要そうな知識や、心が惹かれる知識を吸収し、自分のものとしているのだ。
僕の奉納は、その魔力に刻まれた記憶に直接アクセスするってわけ。
「どう? 料理を知らなかったママでも、料理というものがどういうものか分かったんじゃない?」
(ああ、私の頭に料理という概念が追加された。これが料理というものか。なるほど奥が深そうだ)
「僕が教えたのは、料理の世界の浅瀬も浅瀬だからね」
料理っていうのは、食べられない物を食べられるようにするだけではない。味や香り、見た目を整え、食の喜びを高める素晴らしい概念だ。
こうやってこの世界にはない概念をどんどん増やしていき、世界を豊かにする。
すると、セカイ様は喜ぶ。そう、推しが喜ぶのだ。
推しの喜びは僕の喜び。推しを喜ばせるなんて、僕のユニークスキルは最高だ。
「にゅふふふふ、さあ、楽しい料理を始めよう! ビバ、料理!」
◆
料理の準備は思った以上にすぐに終わった。
母の縄張りであるこの森のことは、やはり母が一番詳しい。
食べられそうなモンスターをパパっと狩り、塩やスパイスも張り巡らせていた糸を使い、知識に該当するものを手繰り寄せてきてくれた。
食材は揃ったので、後はセンスに任せて調理するだけだ。
「ふんふんふーん♪」
楽しい。僕は今すごく楽しい。
母と二人で、肩を並べて料理をする。物騒な世界で、こんな平和な一時。それが楽しくて仕方がない。
母は何も言わないが、さっきから羽をふぁっさふぁっさとさせている。きっと同じ気持ちなのだろう。
「よし! 下ごしらえ完了、後は焼くだけだね。ママ、これをあの大きな焚き火の上に糸で吊るしてくれる?」
(ああ、分かった)
今回食べるのは、イノシシの魔物――ギガントボアだ。
凶悪な二本のノコギリ状の牙、強靭でしなやかな筋肉、鉄のような硬さを持つ毛皮。
そして、こいつの特徴はなんといっても、名前の通りの身体のデカさだ。デカい、デカすぎる。三階建ての家くらいの図体はあるはずだ。
「身体がデカいから、焼けたところから順番に食べていこう」
(そうだな。それがいい)
ギガントボアは血抜きをして、皮をむいて肉の表面に味付けをしてある。
味付けのスパイスには胡椒のようなピリリとした刺激があるものと、スパイシーな香りがあるものを母が選んでくれた。
焚き火の上で、じゅわーっと油がたれている。肉の焼ける香ばしい匂いが僕を誘う。
天使族は空腹を感じないはずなのに、お腹が鳴った気がした。
「よし! とりあえずある程度火が通ったね。じゃあ、切り分けて……食べよう! あ、そうだ。食事をするときは、こうやってやるのが礼儀なんだよ。ママもやってみてね。せーの、いただきまーす!」
(……? いただきます)
ぱくり。
僕は切り分けた大きな肉の塊にむしゃぶりついた。
「うっはー! たまんねえ! うますぎる!」
まさに、これぞ肉という味だ! とろける脂と、かみごたえある香ばしい肉。
それに味付けされた塩とスパイス、全てが合わさり、美味しすぎるんだけど!
僕の小さな羽も、勝手にパタパタしている。もう自分の羽の制御なんてやってられない。ああ、幸せ。
(……ッ!)
ふと母の方を見ると、大きく目を見開きながら、何にも喋らずとにかく肉を喰らっていた。口元が脂で濡れようが、お構いなしだ。
少し目が血走っている。調理した肉を初めて食べて興奮しているようだ。
ちょっと怖いが、まあ羽がふぁっさふぁっさしてるから、幸せなんだろうな。
まあ、これだけ美味しいのなら、そうなるのも当然か。
それに……
(蛮族系美女が頬を紅潮させながら、肉に夢中にかぶりついている。これはエロい。僕もああやってかぶりつかれたい。うーん、えちえちだなあ。 にゅふふふふ)
ま、絶対声に出して言わないし、邪念を少しも外には出さないけどね。
「ギガントボアはデカいし、まだまだ肉はある。ママ、どんどん食べよう!」
焼けたそばからどんどん切り分け、頬袋いっぱいに肉を頬張る。 途端にとんでもない幸福感が押し寄せてくる。
……正直さ、なんで頬袋なんてあるのか分からなかった。でも、これはいい。これはいいぞ。
頬袋がパンパンだと、最高に幸せだ。
幸せすぎるので、もう一度言う。最高に幸せだ。
味付けも最高。スパイスのピリリとした刺激のおかげで、全く飽きが来ない。骨の周りの肉や、部位によって少しずつ味が違うのも、とてもいい。
食べるのに夢中で、おしゃべりする余裕がないほどだ。
僕達は満腹になるまで、とにかく食べ続けた。
「さあ、ママも一緒に手を合わせて。ごちそうさまでした」
(ごちそうさまでした)
ギガントボアの半分ほど食べて、僕らはようやく満足した。
「うー、苦しい。お腹ポンポコリンだよ」
(……少し……食べすぎた)
「ねー」
と、僕達が食後に軽くおしゃべりしていると――
突然、母が遠くを見て目を見開いた。
(逃げろ)
その言葉はあまりに真に迫っていて、僕はとっさに動けなかった。
(怪物が来る。逃げろ! 私では守りきれな――)
ドーン!!!
空から何者かが、まるで隕石のように、とんでもない速さで僕達の近くの地面に落っこちてきた。




