10話 この世界に手加減は存在しない
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(では、そろそろ魔力を使った組み手に入ろうか)
母の身体強化は、通常の身体強化より圧倒的に練度が高い。
その秘密は、魔力の使い方にある。通常、身体強化は身体に魔力を張り巡らせるだけの簡単な技術だが、母は微細な魔力の糸により、毛細血管の一つ一つにまでしっかりと均一に張り巡らせているらしい。
これは、母が激しい戦いの中で編み出した、紛れもない母の「色」の一つだ。
そんな最強の奥義の使い方を、惜しげもなく僕の身体で再現してくれた。
「~~~!」
母の身体強化、これはヤバい。
これを経験した前と後とでは、世界の見え方がまるで違う。世界がより鮮明に、よりスローモーションに見える。
それだけでなく、全身から滾るパワー、時を置き去りにしてしまうほどのスピード、どんな攻撃を受けても跳ね返すほどのタフさ。
何もかもが今までと全く違うのだ。
(全然身体がついていかない! 母の操り人形でいるだけなのに、それがすっごく難しい!)
視界にチカチカ火花が散っている。細胞一つ一つがマグマのように熱い。
僕は何もせず、母が僕の身体を動かしているだけなんだよ? だから、しっかり身体は動いているんだよ?
それでも「難しい」んだ。
この感覚を何というのだろう。イメージの話で申し訳ないけど、覚えることが多すぎて、これっぽっちも頭も身体も追いつかないって感じ?
この身体強化をしての組み手は、瞬き一つする間ですら、学ぶことが山程ある。
とにかく理解不能の情報量に、僕は押しつぶされそうになっていた。
身体強化を用いた組み手は、一時間ほどで終了した。
(ふぅー。少し早いが、今日はこの程度で終了だ。申し訳ないがこれをやると疲労が大きくてな。今までのように三日三晩続けることができないんだ)
たった一時間。それだけでも、三日三晩組み手に明け暮れていた時より疲労感は圧倒的に大きい。もう指先の一つたりとも動かすのが億劫だ。
そんな凄いことを、母は僕を守りながらやってくれてる。いくらここが母の縄張りといえど、相当ハードなはずだ。
「ママ、いつもありがとぅ……zzz」
母への感謝を抱きながら、気を失うように僕は眠った。
いつもより深い睡眠の後、回復。
「相変わらず天使族の回復の速さはとんでもないね」
(便利だろう。じゃあ、今日もやるぞ)
「はーい」
それからは、身体強化を用いた組み手の毎日だった。
一時間本気でやって、深く眠る。回復してまた組み手をして、深く眠る。
それはそれとして、間におしゃべりや推し吸いも挟む。女性は「それはそれとして」が得意なのだ。あと「ちゃっかり幸せになる」も得意だということも知っている。
母だって戦闘民族とはいえ女性なのだ。愛と共感の話は割と嬉しそうに語ってくれる。意外にも恋バナにも乗ってきてくれた。
母という推しが嬉しそうなので、僕も頑張れる。息抜きしながらモチベーションも爆上げだ。
……おっと、今は僕は男性だということを忘れていた。
どうもまだ生まれたばかりなせいか、女性としての感覚が抜けない。男としての人生の経験値が少なすぎるからだろうね。
組み手して、それはそれとしておしゃべりして、母の羽の中で眠る。
目覚めると、いつものように母が僕のほっぺをモチモチしていた。羽をふぁっさふぁっさと揺らし、瞳孔を爬虫類のようにしながら。
母が僕の頬袋を触っている時の目は、何か深いことを考えているようで、実は何にも考えていないようにも見える。
この母の瞳――一体何を考えているのやら。
それから、何事もなかったかのようにまた組み手が始まる。そんな繰り返しの日々。
普通に考えれば母の方がしんどいはずなのに、僕は倒れるようにいつも眠ってしまう。母も眠るが、かなり短い睡眠かつ、敵に襲われても大丈夫なように気を張りながらだ。
それほど僕と母とでは力の差があるのだろう。
気づけば、半年が過ぎていた。
そこまでやって、ようやく僕は、母の半分ほどの身体能力を得ることに成功したのだった。
◆
(これで基礎の基礎は終了だ。よく頑張った)
母が僕の頭を優しく撫でる。
「ええ、これで基礎の基礎なんだ。僕的には、最初より見違えるくらい強くなったつもりなんだけど……」
なにせ身体能力だけとはいえ、母の半分だよ? 今なら五十メートル走、ゼロ秒で走れるよ? 結構強いんじゃない?
(ふむ、そうだな。確かに今のままでも、並の魔物相手なら片手間でも勝てるだろう。ただ、怪物級の魔物や、過酷過ぎる環境、理不尽な強さを持つ他の天使族など、そういう相手にどうすることもできない)
母曰く、この縄張りの隣にもまあまあの強さを持つ天使族がいるそうだ。
その天使族の男は時を止めて一方的に身体を爆発させてくるそうで、今の僕では逃げることすらできないらしい。
そいつが相手でも母は余裕らしいが、僕を連れている場合はそうはいかない。せめて逃げる力程度の力はほしいとのこと。
「え? ママは時を止めるような相手にでも、一人なら勝てるってこと?」
(ああ、所詮は小細工だ。その程度、パワーでゴリ押せばいい。私の方が純然たるパワーが強いというのはあちらも分かっているから、襲っては来ないだろうが……一応近くにいるんだ。警戒しておくといい)
母によると、強者同士の殺し合いにおいて、小細工など通用しないらしい。本当に怖いのはシンプルな強さが極まっている者だそうだ。
「ええ……」
戦闘民族の間では、時を止めること程度は小細工らしい。その世界観についていけるのかすっごく不安なんだけど……
(安心しろ。私は強い。今のままでも命を守る程度ならできるんだ、無傷で守ることが難しいと言うだけでな)
すっごい自信だ。頼もしいなあ。
「僕のママが最強だった件」
(いや、確かに私は強いが、最強ではない。この大陸にも一人、私ではひっくり返っても勝てない豪傑がいる。彼と出会ったら……まあ、運が悪かったと命は諦めてくれ)
「そんなっ!?」
一人、本当に意味のわからない強さを持つ男がこの大陸にいるらしい。それはまるっきり次元の違う強さ。全ての天使族を知っているわけではないが、どう考えてもその男が天使族最強だと母は語る。
幼い頃に偶然見た彼の強さに母は憧れ、彼を目指し強くなったそうだ。
そして、実はこの話を聞くのは二回目だったりする。以前恋バナを求めた時に『これが恋なのかは分からないが、憧れている人がいる』と母は語ってくれたからね。
その憧れている人というのが、十中八九その男なのだろう。にゅふふふふ。
(まあ、例外のことは話していても仕方がない。とにかくだ。そういう手合いを相手する時は、ただの魔力だけでは力不足だ。そういう時は、一つ上の魔力が便利だ)
「一つ上の魔力?」
(一つ上の魔力には本当に様々な型があるのだろう。だが、天使族が向いているのは、魂の力を魔力に混ぜることのはずだ。おそらくな)
「何を言っているのかさっぱり分からないぜっ!」
全部聞き取れたのに、全然分かんなかった。
(今は分からなくてもいい。どうせ私が目覚めさせるからな。ちなみに、私の糸にも魂力が使われているが……残念ながら、これは魂力が使えるものでないと認識することができない)
僕には母の魔力の糸は「魔力」としてしか感じ取れないが、どうやら少しだけ違うらしい。
(魂力を目覚めさせるのは簡単だ。何度も死の淵に立てばいいだけだ。そうすれば、身体が勝手にやり方を覚えるだろう)
「え?」
今、しれっと言ったけど、死の淵に立てばいいだけって言った?
聞き間違いじゃないよね?
「ヤダヤダヤダ! 怖いのやだ!」
そういうのは漫画の世界だけの修行方法だって! 死の淵を経験すれば爆発的に成長するなんて、ただ男の子が好きそうな設定ってだけだって!!
(大丈夫だ。死ぬ間際、本当にギリッギリになれば助けてやる。私にはそれができる実力がある。私がミスらなければ、まあ死ぬことはないだろう)
「流石にそれはやりすぎ! こうなったら、逃げる――」
くそう。
身体がピクリとも動かない。母に魔力の糸で捕まったのだ。
でも、今の僕なら、糸から逃げられるはず!
魔力を全身に張り巡らせ、全力で身体強化。
「ぐぎぎぎぎぎっ…… なんで!? ピクリとも動かないんだけど!」
(勘違いしてもらっては困る。いくら強くなったとはいえ、ひよっこに負けるほど私は弱くないぞ。では手始めに、今のままでは決して勝てない強い魔物とバトルと行こうか)
「や、やだー!!!」




