第5話「遠いな」
昼前だった。
いつもより、少しだけ人の出入りが多い。
村の入り口の方から、荷車の軋む音が聞こえていた。
ユルは、井戸の近くにいた。
いつもの場所。
座っているだけで、特に理由はない。
目は開いているが、何を見ているわけでもない。
荷車が、ゆっくりと村の中へ入ってくる。
木箱がいくつも積まれている。
布で覆われているが、中身は分からない。
車輪が土を擦る音が、少しだけ響く。
商人だった。
見慣れない顔。
だが珍しいわけでもない。
たまに来る。
荷車は井戸の近くで止まった。
商人が息をつく。
額の汗を拭って、周囲を見回す。
特に誰かを探している様子でもない。
ユルは、少しだけそちらに視線を向けた。
積まれた荷物。
道の跡。
土の状態。
「……遠いな」
小さく、そう言った。
独り言に近い。
聞かせるつもりはなかった。
商人の手が、止まる。
一瞬だけ。
声の方を見る。
誰が言ったのかは、すぐに分かる。
井戸のそばで座っている青年。
言葉は短い。
意味も単純なはずだった。
遠い。
それだけ。
商人は、荷車を振り返る。
来た道を思い出す。
山道。
曲がりくねった道。
時間。
確かに、楽ではなかった。
「……まあ、そうだな」
誰に言うでもなく、そう呟く。
今まで何度も通ってきた道だ。
特に疑問に思ったことはない。
そういうものだと思っていた。
けれど。
改めて言葉にされると、少しだけ引っかかる。
視線が、村の外へ続く道に向く。
整っているとは言い難い。
幅も狭い。
雨が降れば、もっと悪くなる。
何かを考えかけて、やめる。
今すぐどうにかなる話ではない。
荷を降ろす作業に戻る。
手は動く。
頭の中には、さっきの言葉が少しだけ残る。
少し離れたところで、村長が立っていた。
商人の様子と、ユルの方を順に見る。
何かがあったわけではない。
ただ、言葉があった。
村長は何も言わない。
考えるでもなく、考えないでもない。
そのまま視線を外す。
井戸のそばに、風が通る。
荷車の布がわずかに揺れる。
ユルは、もう商人を見ていなかった。
視線は別の方向へ向いている。
特に意味はない。
さっきの言葉のことも、もう考えていない。
興味は続かなかった。
しばらくして、目を閉じる。
音はあるが、気にならない。
村の外へ続く道は、変わらない。
ただ、そこにある。
その日も、何も起きなかった。




