第4話「いつもの場所」
朝だった。
たぶん、昨日と同じくらいの時間。
ユルは起きて、少しだけ間を置いてから外に出た。
考えているわけではない。
ただ、動いた。
足は、迷わなかった。
どこへ行くか決めていたわけでもないのに、
同じ方向へ向かう。
井戸がある。
その手前で、ほんの少しだけ速度が落ちる。
立ち止まる理由はない。
けれど、そのまま歩き過ぎることもない。
昨日と同じ場所に、座った。
石がいくつか転がっている場所。
井戸の縁から、少し離れた位置。
背中を預けると、角度まで似ている気がした。
何もしない。
目を開けたまま、しばらく空を見る。
空は、昨日と同じような色だった。
井戸の周りには、人がいる。
水を汲む者。
通り過ぎる者。
立ち話をしている者。
いつも通りの風景。
ただ、少しだけ。
ユルの周りだけが、空いていた。
誰かが近づいて、少しだけ歩幅を変える。
そのまま通り過ぎる。
別の誰かも、似たような動きをする。
避けているわけではない。
近づかないだけだ。
理由を考える者はいない。
ただ、そうなっている。
「……またそこなんだ」
ティアナが立ち止まった。
井戸のそば。
少しだけ離れた、その位置。
昨日も見た気がする。
一昨日も、似たような光景だったかもしれない。
はっきりとは思い出せない。
ユルは動かない。
視線も向けない。
呼びかけるほどの用事もない。
「……まあ、いいけど」
小さく言って、ティアナはそのまま通り過ぎた。
少しだけ遠回りして。
村長が、井戸の反対側から歩いてくる。
歩幅は一定で、視線も前を向いている。
けれど、一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ、ユルのいる場所に目が止まった。
「……あそこか」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
それ以上は続かない。
意味も、形も、まだない言葉。
そのまま歩いていく。
振り返ることはない。
風が通る。
井戸の縁をかすめて、空いている空間を抜けていく。
音は小さい。
邪魔するものが少ないからかもしれない。
ユルは目を閉じた。
何も考えていない。
ここがどこかも、あまり気にしていない。
時間が過ぎる。
人が来て、去っていく。
空いたままの場所だけが、残る。
誰もそこに立たない。
立てない理由はない。
ただ、立たない。
ユルは、動かない。
同じ場所に、同じように座っている。
何も起きないまま、時間が過ぎた。
それだけだった。




