第3話「静かがいい」
朝から、少しだけ騒がしかった。
誰かの声。
桶のぶつかる音。
遠くで何かを運ぶ気配。
大したことではない。
村ではよくある音だった。
ユルは目を覚ました。
いつも通り、しばらく何もせずに横になっていたが、
音が消えない。
特に気になるわけでもないが、
気にならないとも言い切れない。
眉が、少しだけ動く。
ゆっくり起き上がって、外に出た。
空気は普通だった。
風もある。
音もある。
ただ、それだけ。
井戸の方へ歩く。
昨日と同じような場所。
同じ距離。
同じ足取り。
座る。
背中を預ける。
目を細める。
「……うるさいな」
小さな声だった。
誰に向けたものでもない。
すぐ近くで水を汲んでいた村人が、手を止めた。
ほんの一瞬だけ。
自分の出している音を思い出す。
桶を下ろすときの音。
足音。
声の大きさ。
少しだけ、気をつける。
水面に触れる音が、ほんのわずかに静かになる。
別の場所でも、似たようなことが起きていた。
話していた声が、少し落ちる。
笑い声が、短くなる。
誰も理由は言わない。
ただ、なんとなく。
「……なんか静かじゃない?」
ティアナが辺りを見回した。
確かに、さっきより音が少ない。
気のせいかもしれない。
「まあ、普通にうるさかったしね」
誰に言うでもなく、そう言って肩をすくめる。
特に深く考えない。
井戸の周りは、少し空いていた。
人はいるが、距離がある。
話し声も、小さい。
風の音が、少しだけ通る。
ユルは目を閉じていた。
さっきの音のことは、もう考えていない。
静かになったかどうかも、よく分からない。
最初から、どうでもよかった。
時間が過ぎる。
誰かが近くを通る。
足音は、少しだけ軽い。
気づけば、朝のざわつきはなくなっていた。
理由を説明する者はいない。
ユルは、何も変わらない場所で座っている。
同じ姿勢で、同じ呼吸で。
そして、しばらくして。
また、少しだけ目を開けた。
周りを見た。
特に何も思わない。
そのまま、視線を落とす。
静かでも、うるさくても、同じだった。
もう、気にしていない。
その場所だけが、少し静かだった。




