第6話「答えない」
昼過ぎだった。
風は弱く、音も少ない。
井戸の周りには、いつも通り人がいる。
ただ、どこかで少しだけ間が空いている。
ユルは、そこにいた。
同じ場所。
同じ姿勢。
目は閉じている。
寝ているのか、そうでないのかは分からない。
「ねえ」
ティアナが立っていた。
少しだけ迷ってから、声をかける。
返事はない。
「ちょっと聞きたいんだけど」
近づく。
距離は、ほんの一歩分だけ詰める。
それ以上は行かない。
ユルは動かない。
呼吸は一定で、変わらない。
「……どうすればいいと思う?」
短い質問だった。
何についてなのか、はっきりとは言わない。
言えば伝わると思ったわけでもない。
ただ、聞いた。
風が通る。
井戸の縁に当たって、少しだけ音を立てる。
返事はない。
少し待つ。
さらに少し待つ。
「……聞いてる?」
声の調子が、わずかに変わる。
苛立ちというほどではないが、
完全に平静でもない。
ユルは、何も言わない。
まぶたも動かない。
沈黙が続く。
短いようで、少しだけ長い時間。
ティアナは、息をついた。
「……もういい」
そう言って、少しだけ視線を外す。
そのまま立ち去ろうとして――
止まる。
少し離れた場所に、村長が立っていた。
いつからいたのかは分からない。
こちらを見ている。
村長は、動かない。
視線はユルに向けられている。
正確には、その“沈黙”に。
何も言わない。
何も起きない。
ただ、答えが返らなかった。
ティアナは眉をひそめる。
「……ただ寝てるだけでしょ」
小さく言う。
誰に向けたわけでもない。
それでも、村長は動かない。
その言葉を否定もしないし、肯定もしない。
ただ、見ている。
風が、もう一度通る。
誰も声を出さない。
やがて、ティアナは歩き出した。
振り返らない。
少しだけ足音が強い。
その場に残るのは、ユルと、村長だけになる。
沈黙は続く。
意味は、まだどこにもない。
けれど。
村長の中で、何かが形を持ち始めていた。
言葉にはならない。
説明もできない。
ただ――
「……なるほど」
小さく、呟く。
何が“なるほど”なのかは、誰にも分からない。
本人にも、はっきりとは分かっていない。
ユルは、動かない。
何も知らないまま、同じ姿勢でいる。
その日も、特に何も起きなかった。
ただ、少しだけ。
意味のないものに、意味が触れた気がした。




