第34話「最後の敵」
街の中心だった。
人はいる。
動きもある。
だが。
どこか穏やかだった。
その中に、ひとり立っている。
周囲とは明らかに違う。
視線が鋭い。
呼吸が早い。
手には、何かを握っている。
「……ここか」
低く言う。
最後の敵だった。
世界は変わった。
争いは減った。
動きも鈍った。
それを、良しとしない。
「こんなものは、均衡じゃない」
小さく吐き捨てる。
「ただの停滞だ」
周囲の人が、少しだけ見る。
だが。
それだけ。
すぐに視線を戻す。
気にしていない。
敵は一歩踏み出す。
人の流れの中へ入る。
「聞け!」
声を張る。
少しだけ、声が響く。
だが。
誰も集まらない。
数人が振り返る。
それだけ。
「このままでいいのか!」
続ける。
誰かが立ち止まる。
少しだけ考える。
「まあいいんじゃない?」
小さく答える。
それで終わる。
敵は言葉を詰まらせる。
「よくないだろう!」
声を強める。
「変わらなければ、何も進まない!」
強い言葉。
だが。
広がらない。
受け止める者がいない。
別の誰かが、ぽつりと言う。
「別に困ってないし」
それ以上は続かない。
敵は、歯を食いしばる。
次の手を取る。
手に持っていたものを地面に叩きつける。
音がする。
少しだけ大きい。
周囲の人が見る。
数秒。
「……で?」
誰かが言う。
敵は固まる。
混乱が起きるはずだった。
ざわめきが広がるはずだった。
だが。
何も起きない。
人は戻る。
元の動きに。
敵は、その場に立ち尽くす。
「なぜだ……」
小さく呟く。
声は、もう強くない。
何度か口を開く。
言葉が続かない。
反応がない。
広がらない。
成立しない。
敵はゆっくりと周囲を見る。
誰も困っていない。
誰も怒っていない。
変化が、発生しない。
やがて、力が抜ける。
肩が落ちる。
その場にしゃがむ。
誰も近づかない。
誰も遠ざからない。
ただ、そのまま。
敵はしばらく動かなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「……やめるか」
誰にも届かない声。
立ち上がらない。
もう、何もしない。
街はそのまま続く。
音は変わらない。
流れも変わらない。
何も起きなかった。
それで、終わった。




