第33話「ライバル」
村の外に、ひとり立っていた。
背筋は伸びている。
目はまっすぐ前を見ている。
装備は軽い。
だが、動きやすいよう整えられている。
その場で、一度深く息を吸う。
「……ここか」
小さく言う。
噂は聞いていた。
何もしない村。
動かない中心。
それが“正しい”とされている場所。
「ふざけている」
短く吐き捨てる。
男は歩き出す。
村に入る。
人がいる。
動いている。
だが。
どこか緩い。
張り詰めた空気がない。
男は眉をひそめる。
「これで回るのか…?」
疑問は、そのまま口に出る。
近くの村人が振り返る。
「回ってるよ」
普通に答える。
男は少し黙る。
納得はしていない。
井戸の方へ向かう。
人がいる。
だが、間がある。
その中心に、ひとり。
座っている。
動かない。
話さない。
男の足が止まる。
「あれが……」
小さく呟く。
周囲を見る。
誰も否定しない。
それが“そういうもの”として扱われている。
男は一歩前に出る。
空いている場所に踏み込む。
ほんの少しだけ、違和感が走る。
それでも進む。
ユルの前まで来る。
反応はない。
男は息を整える。
「おい」
声をかける。
返事はない。
もう一度。
「おい」
少し強く言う。
ユルは目を閉じたまま。
男は歯を食いしばる。
「動け」
はっきりと言う。
「何もしないのは間違いだ」
声は強い。
周囲の人が、少しだけ視線を向ける。
だが、誰も口を出さない。
男は続ける。
「行動こそが正義だ!」
言い切る。
静かな空間に、その言葉だけが浮く。
しばらくの沈黙。
やがて、近くの村人が口を開く。
「そうかもね」
短い返答。
否定ではない。
肯定でも、強くはない。
男は言葉を失う。
「……は?」
思わず声が出る。
「いや、間違ってないと思うよ」
別の村人が言う。
「動いた方がいい時もあるし」
男は少しだけ顔を上げる。
理解者がいる。
そう思う。
だが。
「でも、別に動かなくてもいいし」
続きが来る。
力が抜ける。
誰も対立しない。
誰も反論しない。
ただ、受け流される。
男は、もう一度ユルを見る。
動かない。
変わらない。
否定もしない。
反応もしない。
戦いが成立しない。
ぶつかる先がない。
男はしばらく立っていた。
言葉を探す。
理屈を組み立てる。
だが。
出てこない。
必要とされていない。
それが分かる。
肩の力が抜ける。
ゆっくりと息を吐く。
「……まあ」
小さく言う。
続かない。
その場にしゃがむ。
少しだけ、休むように。
誰も気にしない。
誰も何も言わない。
男は空を見上げる。
風が通る。
音が少ない。
しばらく、そのまま。
やがて。
「……いいか」
ぽつりと呟く。
立ち上がらない。
そのまま、動かない。
何も起こらなかった。
それで、終わった。




