第32話「解釈違い」
街ごとに、少しずつ違っていた。
同じ本が置かれている。
同じ言葉が書かれている。
それでも。
使い方が違う。
ある街では、朝が遅い。
店が開くのもゆっくり。
「無理をしないからな」
誰かが言う。
別の街では、朝が早い。
動きも早い。
「無駄を減らしてるだけだ」
別の誰かが言う。
どちらも『無為録』を根拠にしている。
言っていることは、少し違う。
やっていることも、違う。
それでも。
どちらも否定されない。
ある日、小さな広場で人が集まっていた。
旅人同士が話している。
「そっちは、昼に全部終わらせるんだろ?」
信者Aが言う。
「ああ。夜は何もしない」
信者Bが頷く。
「それ、違うだろ」
少しだけ間が空く。
強い言葉ではない。
ただの確認に近い。
「“無理をしない”なら、分散した方がいい」
Aが続ける。
「一気にやるのは無理がある」
Bは少し考える。
「でも、分けるのも手間じゃないか?」
「無駄が増える」
今度はAが考える。
どちらも、それなりに筋は通っている。
どちらも、『無為録』に当てはまる気がする。
しばらく、沈黙が続く。
結論は出ない。
どちらも間違いとは言えない。
どちらも正しいとも言い切れない。
やがて。
「……まあいいか」
Bが言う。
Aは少しだけ間を置く。
「まあいいな」
小さく頷く。
それで終わる。
どちらも変えない。
どちらも続ける。
争いにはならない。
勝ち負けがない。
別の場所でも、似たような会話があった。
「静かにしすぎじゃないか?」
「これくらいがちょうどいい」
少しの違い。
少しのズレ。
それが、そのまま残る。
誰も統一しようとしない。
統一する理由がない。
困っていないから。
世界は、少しずつ違う形になる。
街ごとに。
人ごとに。
それでも、全部同じものとして扱われる。
どれも『無為録』。
どれも正しい。
広がるほどに、形は増える。
増えても、ぶつからない。
ぶつかっても、止まる。
そこで終わる。
誰も先に進めない。
進める必要もない。
違いは、そのまま置かれる。
やがて。
それらは全部、並んで存在するようになる。
混ざらず、分かれず。
ただ。
共存していた。




