第15話「理由をつける」
午後だった。
日差しは穏やかで、風も弱い。
井戸の周りには、いつものように人がいる。
少し間を空けて、それぞれが動いている。
旅人は、その様子を見ていた。
昨日から滞在している。
特に理由はない。
ただ、出るきっかけがなかった。
井戸のそばに、村長がいた。
いつも通りの立ち方。
特に目立つことはしていない。
「なあ」
旅人が声をかける。
大きくも小さくもない声。
村長は振り向く。
「どうした」
「この村、なんなんだ?」
直球だった。
遠回しにする気もなかった。
村長は少しだけ間を置く。
質問の意味は分かる。
だが、答えはすぐには出てこない。
「……なんなんだ、とは?」
一応、聞き返す。
「静かだし、落ち着くし」
旅人は言葉を探す。
「変なんだよ」
村長は小さく頷く。
否定はしない。
「前からこうだったのか?」
「……いや」
短く答える。
それも事実だった。
少しだけ沈黙がある。
風が通る。
村長は、井戸の方を見る。
人の動き。
距離。
音。
それをどう説明するか。
言葉にするのは初めてだった。
「無理をしない、というか…」
ゆっくりと口を開く。
旅人は黙って聞く。
「声も、動きも」
村長は続ける。
「必要以上に出さないようになった、というか」
曖昧な言い方だった。
断言はしない。
できない。
「誰かが決めたわけじゃない」
それははっきりしている。
「でも、なんとなく」
そこで言葉が途切れる。
ちょうどいい表現が見つからない。
「……そうなってる」
結局、それしか出てこない。
旅人は少しだけ考える。
完全に理解したわけではない。
「なるほど…」
それでも、頷く。
納得したように見える。
説明は曖昧だった。
筋も通っていない。
それでも、形にはなっている。
村長は、その反応を見る。
少しだけ驚いたような顔になる。
「……分かるか?」
「まあ、なんとなく」
旅人は肩をすくめる。
分かったような、分かっていないような返事。
それで十分だった。
村長は、もう一度井戸の方を見る。
同じ光景。
変わらない動き。
さっき言った言葉が、頭の中に残っている。
無理をしない。
必要以上に出さない。
完全な説明ではない。
けれど、完全に間違っているとも思えない。
「……そういうことかもしれんな」
小さく呟く。
自分に向けた言葉。
旅人はそれを聞いていない。
もう別の方を見ている。
風が通る。
音は小さい。
村長はしばらく立ったまま、何も言わなかった。
自分で言った言葉を、少しだけ反芻する。
やがて、ゆっくりと頷く。
完全には分かっていない。
それでも。
少しだけ、納得してしまっていた。




