30 ヨツヤ02
―――午後十一時三十分
「何だったんでしょうか、さっきの地震」息を吹き返した春菜が起き上がりながら言う。
「今までこんなことは無かったな、新しいイベントか何かだろうか」
「それよりそろそろ時間がマズくないですか」
時刻は午後11時半を過ぎていた。
「外の戦況はどうなっているんだろう」
ジョーがこぶ茶に電話をかける。こぶ茶はなかなか電話に出なかったが、十コールほどでやっとつながった。
『ジョーか? 作戦は・・・失敗した』こぶ茶が重々しい声で言う。
「え?」
『銀猫の機械化部隊が全滅した。観測班の話では核爆弾が使用された可能性が高いという話だ』
「核ですって? あれは入手不可能なはずじゃ」
『そのはずなんだが・・・今はまだ情報収集中だが、とにかく銀猫の部隊は消滅した。まだ潜入していないなら撤退してくれ。今回のうちの四ツ谷杯は終了だ』
メンバーは絶句した。
トンネルの暗闇に重苦しい沈黙が充満する。
「仕方ない、帰ろう」
ジョーがやっとの事で、声を絞り出すように言う。
しかし誰も立ち上がろうとはしなかった。みな放心したようにその場に座り込んでいる。
全員が暗闇の呪縛に囚われてしまったかのように、じっと動けずにいた。
しばらくして、真田が体に絡みついた鎖を断ち切るように立ち上がり、全身の力を振り絞るようにして言った。
「いや、まだです・・・」
暗闇に真田の声が山びこのように反響して響く。
「せっかくここまで来たんです。我々だけで行ってみましょう、四ツ谷駅」
「でも銀猫さんの主力部隊がいないのに私たちたった四人で行っても何もできないと思います」春菜が眉間に皺を寄せて言う。
しかし真田はまるで自分に言い聞かせるように言葉を続ける。
「確かにそうかもしれない。でも、それは行ってみなければ分からないじゃないですか。行ってみてもしダメならその時は戻ればいいだけです。まずは行けるところまで行ってみましょう」
真田の言葉には力がこもっていた。まるでトンネルの隙間から差し込んだ月の細い光のように真っ直ぐにその場のメンバーの心に響いた。
「行きましょう、最後に渋谷のやつらの肝を冷やしてやるだけでも十分です」ムサシが笑顔になって言う。
「分かった、行こう。ジュリアに託されたスーツを使わない訳にはいかないからな」ジョーも笑顔で言う。
「珍しいですね、真田さんが一か八かの提案をするなんて」
春菜がいつもの笑顔に戻って真田の顔を覗き込みながら言う。真田も少し照れながら笑った。
「よし、いくぞ」
ジョーが先に立って歩き始める。
トンネルは所々崩壊していて瓦礫を越えるのに苦労したが、完全に通れないところは無かった。四人はスマートフォンのライトを頼りに暗闇の中を進んでいく。
正面にぼんやりと薄明かりが見えてきた。
「あれ、出口じゃないですか?」春菜が叫んだ。
「確かに出口っぽいな。気づかれないように灯りは消すぞ」
ジョーがスマホのライトを消す。
四人は瓦礫につまづきながら手探りで出口の灯りを目指して歩いていく。
トンネルの出口が徐々に近づく。
その時、突然、春菜が叫んだ。
「ぎゃっ!」
「どうした?」先頭を進むジョーが春菜を振り返って言う。
「なんか今、柔らかいものを踏んじゃいました」
ジョーが地面を確認すると、確かに何かがそこにいるようだった。薄暗い闇の中に、なにか丸まったものがもそもぞと蠢く気配がする。
ジョーはスマートフォンの画面を手で隠して灯りが漏れないように気をつけながらライトをつけた。
「うわぁぁ」ジョーが情けない悲鳴を上げる。
春菜もライトに照らされた地面を見て奇声を上げる。真田も息を飲んだ。
そこには犬がいた。
一匹や二匹ではない、地面一面にびっしりと犬がうずくまっている。少なくとも百匹はいる。
ジョーが犬爆弾探知ゴーグルをかけて地面を見る。
「うわぁぁぁ」
「まさか・・・」
「これ全部、犬爆弾だ。ここ、犬爆弾置き場だっ!」
春菜に踏まれた犬が唸り声を上げて飛びかかってきた。ムサシが素早く間に入り犬爆弾の首を切り落とす。するとそれに反応するように全ての犬が立ち上がって一斉に飛びかかってきた。
「まずい、逃げろ!」
四人は出口に向かって一目散に走り出した。
もう敵に気づかれないようにと気遣うどころでは無くなっていた。
先頭を行くジョーが電磁メタマテリアルスーツのボタンを押した。ジョーの姿がすっと消える。
二番目に行くムサシは立ちはだかる犬を刀で切り伏せながら走る。
春菜が瓦礫につまずいて転んだ。それを後ろから真田が助け起こして再び走り始める。
出口はもうすぐだった。ぼんやりと月明かりが差し込んでいる。
そしてついに、四人はトンネルを抜けた。
すぐ目の前にJR四ツ谷駅のホームの端が見える。
トンネルの出口には何人かの渋谷兵がたむろしていた。突然トンネルから飛び出してきた真田たちを唖然として見つめている。
しかし真田たちのすぐ後ろから牙を向いて迫ってくる犬の大群を見て渋谷兵の血相が変わった。そのまま真田たちの後を追いかけるように逃げ始める。
そしてムサシ、春菜、真田、渋谷兵、犬の大群の順番で四ツ谷駅のホームに到着した。
ホームにも大勢の渋谷兵がいたが、真田たちが引き連れてくる犬の大群を見て、くるりと向きを変えて後も見ず一目散にに走り出す。
ムサシはホームに上がると向きを変えて踏みとどまり、飛びかかってくる犬たちを片っ端から切り捨てて行く。
ムサシの視界の外から一匹が飛びかかる。しかしその犬は頭を撃たれて地面に転がる。
赤坂御用地で別れたカーリーの狙撃位置からの援護らしい。ムサシは銃弾が飛んできた方向に向けて親指を立てる。
真田と春菜はホームには上がらず、右に逸れて走った。
四ツ谷駅は江戸城の堀の中に作られた駅なので、左右が切り立った崖になっている。二人はその崖をよろけながら登って行く。
真田は転びそうになる春菜の手を握って引っ張り上げるように走った。
振り向くと犬は四ツ谷駅のホームに殺到しており、真田たちを追って来てはいなかった。しかし真田は走るのをやめない。春菜を半分引きずるようにして崖を斜めに登って行く。
二人が崖を登りきる。崖の上にいた何人かの渋谷兵が二人に気付いて声を上げる。
しかし真田は気に止める様子もなく走り抜ける。
崖を登りきった先は、今度は下りの土手になっていた。真田は春菜の肩を抱きかかえると土手から飛び降りた。
二人は抱き合ったままゴロゴロと転がり落ちる。下まで転がった後、真田は春菜に覆いかぶさった。
春菜が半泣きの潤んだ目で下から真田の顔を見上げる。
その時、強烈な閃光が空に走った。同時に耳をつん裂く巨大な爆発音が響き、まるで地面がひっくり返ったように上下に波打った。
閃光が何度も何度も空に走り、真田は爆音から春菜を守るように上から抱きしめた。春菜も真田を下から抱き返す。
最後にひときわ明るい閃光が走って巨大な爆発が起き、二人の上に雨のように瓦礫が降り注いだ。
どのくらい時間が経っただろうか、爆発は収まって静かになっていた。
真田はゆっくりと起き上がってあたりを見渡す。周囲にはなんだか分からない様々なものが散らばっていた。プレイヤーの死体も何体かあった。
真田は春菜の手を取って引っ張り起こす。
二人は無言で先ほど転がり落ちて来た土手を登り始める。
春菜はぶら下がるように両手でしっかりと真田の手を握って後についていく。
土手の上まで登りきった二人は目を疑ってその場に立ち尽くした。
先ほどまでそこにあった四ツ谷駅が跡形もなく無くなっていた。巨大なクレーターのような穴が広がっていて、ただそれだけだった。
他には何もなかった。ホームも駅舎も線路さえも、大勢いた渋谷兵もムサシも、ジョーの姿も見当たらなかった。
百匹の犬爆弾が一斉に誘爆を起こしたのだった。
「あ、あれ!」
春菜が声を上げる。
真田が彼女が指差す方向を見ると、先ほどまで駅のホームがあったあたりの無人の空中に金色の旗が浮かんでいる。
「河合、走れ!」
二人は全速力で走り出す。転がるように崖を降りるとまっすぐに金色の旗に向かって走った。
その時、突然銃声が鳴り響いた。
二人の足元に弾が当たって土煙が上がる。見上げると一人のプレイヤーが反対側の崖の上に立って、銃でこちらを狙っている。
人型のトカゲのアバターだった。
真田はその場に膝を着くとライフルを構え、膝撃ちの体勢で反撃を始める。
「河合、行け!」
真田が叫ぶ、春菜は再びフラグに向かって走り出す。
真田はライフルをトカゲに向かって撃ちまくった。しかし渋谷兵は全くひるむ様子もなく銃弾をかわすと真田に反撃した。真田は足を撃たれてその場にうずくまる。
痛みは無かった。しかし体のバランスが取れず、立ち上がることかできない。足を見下ろすと、もものあたりから血がどくどくと滴り落ちていた。
「クソっ」
見上げるとトカゲ男は、今度は走る春菜を狙って悠々と銃を構える。
「はるなぁー!」
真田はあらん限りの声で叫びながら力を振り絞ってライフルを撃ちまくった。
しかしやはり弾は当たらなかった。
トカゲアバターの敵兵はゆうゆうと狙いをつけて春菜を撃った。
銃声が響き、春菜はぱたりと倒れた。
その時、後方から別の銃声がしてトカゲ男の頭から血がはじけた。
トカゲアバターはこめかみを撃たれてその場に崩れ落ちた。
カーリーの狙撃だった。
真田はなんとか立ち上がると足を引きずりながら春菜に歩み寄る。
春菜は胸を撃たれていた。
真田が抱き起こすと、彼女は泣いていた。
透明な涙が彼女の頬を伝ってこぼれ落ちる。
「ごめんなさい、やられちゃいました・・・」
春菜がべそをかきながら謝る。
真田は彼女を強く抱きしめ、最後の力を振り絞って立ち上がる。
フラグは目の前に浮かんでいる。
二人は肩を抱き合いながらフラグに向かって歩き始める。
一歩一歩地面を踏みしめながら、無人の谷底を歩いた。
あと数歩でフラグに手が届くという所まで来た時に、どこからともなくブザーの音が鳴り響き、アナウンスが流れた。
「四ツ谷杯終了の時間です。みなさまお疲れ様でした」
同時に、二人の目の前に浮かんでいた金色のフラグは、音もなくかき消えた。




