30 ヨツヤ01
―――四ツ谷杯二日目 午後十一時十五分
核爆発の衝撃で御所トンネルは激しく揺さぶられ、一部で崩落を起こしていた。
ディケロメンバーが待機している待避所も内壁のレンガが崩れ、メンバーはその下敷きになっていた。
「みんな大丈夫か」
ジョーが瓦礫から抜け出しながら言う。
「大丈夫です」ムサシが答える。
「無事です」真田も腰を押さえながら立ち上がる。
「・・・」春菜が返事をしない。
真田が辺りを見回すと、春菜はトンネルの壁際でうつ伏せに倒れていた。
真田は駆け寄って抱き上げる。
「おい河合、しっかりしろ!」
額から一筋、血が流れている。
「河合、河合!」
真田は思わず脈を取った。しかしVR端末では触覚は伝わらないため脈があるかどうかは分からなかった。口元に手を当てたが、やはり呼気があるかは分からない。
「こういう場合、どうすればいいんですか?」
真田がジョーに尋ねる。
「彼女のステータスを確認すればいいんです」
「あ、そうでした」
真田は彼女の体をタップしてメニューを出す。
ステータスには『死亡』と書かれていた。
「河合・・・」
真田はがっくりと肩を落とした。
真田の腕の中で、春菜の顔が暗いトンネルの中に青白く、美しく浮かび上がっている。
これは仮想現実だと言うことは分かっていた。しかし彼女の生気を失った死に顔を見て、真田は体の芯に耐え難い悲しみが湧いてくるのを感じた。真田は春菜の額を伝っている血を手で拭った。
その時、唐突に真田の携帯が鳴った。着信画面に『河合』と表示されている。
真田が電話に出ると春菜の声が聞こえる。
『真田さん、無事ですかー?』いつもの春菜の声だった。
「無事ですかはこっちのセリフだ。お前、死んだのか」
『もしかしてー、真田さん悲しんでくれてるんですかー?』
「何言ってるんだ、お前、死んでしまったんだぞ」
『心配してくれてありがとうございます。でも多分大丈夫です』
「どういうことだ」
『真田さんが人工呼吸をしてくれれば生き返ります』
真田は春菜の顔を見る。彼女の唇は薄いピンク色をしていた。ゴクリと唾を飲み込む。
『真田さん、私のステータス画面を見て死亡って書かれていたんですよね。でもそれ間違ってますから』
「え?」
『正確には今はたぶん仮死状態です。人工呼吸と心臓マッサージをしてくれれば生き返ると思います』
真田はジョーとムサシを見た。二人とも真田に向かって頷く。
真田は再度、春菜の顔を見た。まるで眠っているように目を閉じている。まつ毛が長い。仮想現実であることは分かっていた。しかし胸の鼓動が高まるのを抑えることができなかった。
「わかった、ちょっと待ってろ」
『早くしてくださいねー、本当に死んじゃいますから』
真田は意を決して携帯をジョーに渡す。ジョーは通話をスピーカーモードにして地面に置く。真田は両手で春菜の口を開いて大きく息を吸い込んだ。
『あー、ちょっとまって!』
スマホのスピーカーから春菜の慌てた声が聞こえた。真田はそれを無視して春菜の唇に自分の唇を重ね、一気に息を吹き込む。
『ああっ』
春菜の切ない吐息がスピーカーから漏れる。
「なんだ、何か用か。今忙しいんだが」真田が口を離してうるさそうに言う。
『いえ、大したことじゃないんですが、やっぱり仮想現実とは言え、恥ずかいなって思って』
「・・・」
真田はそれには応えず、春菜の黒い電磁メタマテリアルスーツの胸に手を当て、勢いよく心臓マッサージを始める。
『いや、ちょっ、あんまり触らないで下さい』
「まったく、よくしゃべる死体だな。って言うかお前、目は見えているのか」
『パソコンからモニターで見てます。自分が死んでて真田さんが涙を流しながら私を生き返らせようと必死になってくれているのが見えます』
「少しだまってろ、気が散ってしょうがない」
『はい・・・』
春菜は静かになった。真田は再度息を大きく吸い込むと、春菜の口を開いて唇を重ねて息を送り込む。
『ああっ』
春菜が吐息を漏らす。
「だーかーらー」
『ごめんなさい』
真田が再度胸をマッサージし、三たび春菜の口に息を送り込む。
「うぐっ」
春菜のアバターがゲホゲホと咳をして、ぱちりと目を開いて言った。
「生き返りました!」




