27 ヤマト02
集合時間の八時になった。
コタローが点呼を取ると、今度はきちんと全員が集合していた。
船は川崎港沖に差し掛かっていた。
大和は横須賀を出港してからまっすぐに川崎沖を目指していたので、艦首が北方向に向いていた。渋谷に向けて主砲を斉射するためには九十度向きを変えて艦側を北、つまり艦首を東に向けなければならない。
ブリッジでヤマモトが舵輪をクルクルと回す。
「面舵いっばーい」
大和がじわじわと巨体を旋回させ始める。
「主砲の準備はどうだ?」
ヤマモトがコタローに電話をかける。
『はい、全九門、九一式徹甲弾と薬のうの装填完了しています』
「了解、もうすぐ船体が射撃位置に着くのでそのまま待機でよろしく」
『了解しました』
ヤマモトの視界の右半分には半透明のマップが表示されている。春菜が今回の大和の作戦のために特別に構築した大和専用の地図表示システムだ。
マップの上の方に渋谷駅とヒカリエビルのアイコンが、下の方に大和のアイコンが表示されている。また、ヒカリエビルに射線が通るエリアが、ヒカリエのアイコンを頂点とした細長い二等辺三角形で表示されており、薄いピンク色に塗られている。
大和アイコンはそのエリアの左側の境界線上をゆっくりと向きを変えながらじりじりと移動している。
ヤマモトがマップを拡大すると大和アイコンも大きくなり、細長い船体の上に三つの主砲のアイコンが表示される。
船体の向きが変わるにつれて、アイコンの船首あたりがピンクのゾーンに入った。そのままじわじわと動いて第一砲塔が、続けて第二砲塔がピンク色のエリアに入った。しかし第三砲塔はまだゾーンの外側に外れている。大和は巨大な船なので、第二砲塔と後部の第三砲塔との間は百メートルほど離れている。
マップ上の大和アイコンはジリジリとしか動かない。ヤマモトはジリジリしながら待った。時刻は当初予定の八時半を過ぎている。
第三砲塔がやっとピンクのゾーンに入った。すると、射線エリアの二等辺三角形が青色に変わる。それを確認したヤマモトはエンジンを逆進させて船体を停止させる。そしてメインブリッジを出て駆け足で階段を駆け上がった。
射撃指揮所はメインブリッジのさらに上、主艦橋の最上階にある。主砲の射撃は本来なら何人かのチームで行うのだが、今はヤマモトが全て一人でやらなければならない。
まずは目標の確認である。照準器を左舷方向に向けて覗く。しかし真っ暗で何も見えなかった。
「やっぱり見えんよなぁ」
第二次世界大戦の海上戦は目視による射撃が基本だった。途中からレーダーが登場したが、それでも現代のレーダーに比べればおもちゃみたいなものだった。基本的に夜は目視できる範囲が極端に狭くなるので遠距離の戦闘はかなり制約される。
ヤマモトは春菜に電話をかけた、ワンコールでつながる。
『もしもーし、準備できましたかー』春菜が能天気な声で応答する。
「すみません、遅くなりました。今、船を射撃位置につけました。とりあえずヒカリエ方向に照準を合わせてみましたが、暗くて目標が見えません」
『分かりました、ちょっと待って下さいね・・・えーと、こんな感じかな。ヤマモトさん、もう一度照準器を覗いてもらえますか』
ヤマモトが再度照準器を目に当てると、前方に向かって一筋の赤い線が見えた。
『今、大和のすぐ上にどら焼きくんを飛ばしてます。あ、どら焼きくんって言うのはディケロの対ドローン用ドローンなんですけど、そのドローンから渋谷のヒカリエビルの緯度経度に向けてレーザーを照射してます。目標のヒカリエビルはそのレーザーの先なので、とりあえず赤い線に沿って照準を合わせてもらえますか?』
「なるほど、これなら狙いをつけられますね」
ヤマモトは照準器の中の縦線をレーザーの赤い線に沿って合わせ、電話で各砲塔のアルバイトに指示を出す。
「各砲塔、微調整をしてくれ。一番砲塔は1度左旋回、二番砲塔は2度右、三番は3.3度右だ」
『距離は二万百十五メートルです、仰角は20.5度でお願いします』春菜が電話で指示を出す。
「分かりました」
ヤマモトが再度、各砲塔に仰角値を伝達する。
『あと、今は西寄りの風が吹いていますので、○.二度右に微調整して下さい』
「わかりました」
ヤマモトが三たび各主砲に指示を出す。
「微調整、完了しました」
『では、撃っちゃってくださぁい』春菜が電話口で言う。
「了解!」ヤマモトは緊張でうわずった声で返事をする。
「対地上戦闘用意っ!」ヤマモトが艦内マイクで指示を出す。
『対地上戦闘用意よし!』コタローが応答する。
ヤマモトがボタンを押すと船内にけたたましいブザー音が鳴り響く。
これは主砲を発射する前に行う決められた手順で、甲板にいる乗組員に艦内に避難するように発する警告だった。大和の主砲発射の爆風は凄まじく、近くにいる人間はひとたまりもなく吹き飛ばされてしまう。
「対左地上戦闘」
『CIC指示の目標』
「主砲攻撃始め!」
ヤマモトは射撃席に戻り、再び照準器を覗く。照準線はレーザーの赤い線とぴったり一致している。
ヤマモトは目をつぶって大きく深呼吸をしてから、震える指で発射装置の引き金を引いた。
―――ドドーン!!!
猛烈な爆音とともに九門の四十六センチ砲身から真っ赤な炎が吹き出す。
反動で船体が大きく右に傾く。
世界最大の主砲による斉射だ。左舷の海面が昼間のように明るく照らされる。
発射された9発の1.5トンの徹甲弾は音速をはるかに超える速度で約三十四秒間空中を飛行し、ヒカリエ要塞の19階付近に着弾した。
徹甲弾は要塞に張られた装甲板をまるで障子でも破るように楽々と貫通して、そのうちの一発が建物の奥の弾薬置き場を直撃した。猛烈な爆炎がフロアに広がる。
19階にいた渋谷プレイヤーは全員が即死した。また、他の一発はビルの柱を粉々に砕き、その衝撃でビルの20階より上が南に四度ほど傾いた。




