26 ヨコスカ01
―――四ツ谷杯13日前 午前九時
真田と春菜は浜離宮でこぶ茶と会談した翌日、ジョーが運転するハンビーでBAP世界の首都高速湾岸線を南下していた。
秋の穏やかな日差しが午前中の澄んだ空気をより一層透明にしている。BAPに肌の感覚機能が無いのが悔やまれる、そんなドライブだった。
三人は黒焦こぶ茶の要請を受けて、四ツ谷杯の『切り札』を確認しに、横須賀の品川プレイヤーに会いに行くところだった。
横浜の中華街付近を通過してさらに南下し、横浜横須賀道路、通称横横道に入る。
横須賀のインターで高速を降りて一般道を少し進むと横須賀基地に到着した。三笠公園を通り過ぎるとすぐに目の前に基地のゲートが見える。
横須賀基地は現実の世界ではアメリカ海軍の第七艦隊の母港となっており、特別なイベントの日以外には一般人は立ち入ることができない。しかしBAPの世界では、日本人プレイヤーが自由に使えるエリアになっていた。
ゲートの横にインターフォンが設置されており、ジョーが運転席から手を伸ばしてボタンを押すとスピーカーから男性の声が聞こえる。
「はいはーい、どちらさまー?」
「こんちは、ディケロのジョーです」
「いらっしゃい。お待ちしておりましたよ」
ブザーが鳴りゲートが開く。ジョーはハンビーを基地の中に乗り入れた。
基地は広々としていて、すぐ右手に海が広がっている。
「うわっ広いな。どこに行けばいいんだ」
ジョーが徐行運転をしながら言う。
「あの正面の大きな建物じゃないですかね」春菜が身を乗り出して指をさす。
基地の内部には何棟かの建物が点在していたが、正面の高台に少し大きめの建物が見えている。
「とりあえず行ってみよう」
ジョーはハンビーを加速させながら言った。
建物の前に着くと、ビルの入り口に一人の男性プレイヤーが立っていた。ジョーはハンビーをその人物の前に停車させる。
「いやー、こんな田舎までようこそいらっしゃいました。私がヤマモトです」
ヤマモトは少し小太りで丸い目をした気さくな感じの男だった。工場の作業服のようなアバターを着ている。満面の笑みでディケロの三人を迎える。心の底から来客が嬉しいと言った表情だ。
「お疲れでしょう、どうぞ中へ」
三人は車を降りてヤマモトの後に従う。
その時、春菜が声を上げた。
「真田さん! みてください、あれ!」
春菜が興奮しながら指を指す、真田がその先を見ると少し離れた埠頭に巨大な軍艦が停泊していた。
「おお! あれですか」
ジョーも振り向いて歓声を上げる。
「はい、あれです。大和です」ヤマモトが答えた。
それは実物大の戦艦大和だった。
大和は第二次世界大戦に日本海軍が開発した巨大戦艦だ。全長263.4メートル、排水量6万4千トン、主艦橋の高さは約40メートルあり13階建のビルに相当する、まさに世界最大級の戦艦だ。
その山のように圧倒的ではありながら、均整の取れた美術品のような巨体が午前中の陽の光を浴びて鈍く光っている。
それは、美しい光景だった。
三人は何か神々しい山岳でも見るように、しばらくの間、我を忘れて大和に見とれていた。
「ははは、気に入って頂けましたか?」
ヤマモトが嬉しそうに笑顔になる。
「ええ、凄いです、凄い!」
春菜が子供のようにはしゃぎながら答える。
「未完成と聞いていましたが、完全に再現できているように見えますが」
「ええ、見た目はできているのですが・・・まあ、立ち話も何ですから、どうぞ中へ」
三人はヤマモトに促されて建物の中に入った。
二階に上がり、応接室に通される。ディケロの三人とヤマモトはソファーに腰掛ける。窓からは先ほどの埠頭が正面に見える。大和の巨大な船体が横付けにされている。
「では改めまして、私がBAP大和プロジェクトの責任者のヤマモトです」
「初めまして、ディケロのリーダーやってますジョーです。こちらがうちのメンバーの真田さんとハルです」
「初めまして」
真田がお辞儀をする。
ドアをノックする音がして、一人の若いプレイヤーが入ってきた。
「お茶をどうぞ」
「こちらがうちのプロジェクトメンバーのコタローです」
コタローがペコんとお辞儀をする。若い男性アバターで、ヤマモトと同じく工場の制服を着ていた。
「以前は三十人くらいが常駐して建造に携わっていたのですが、今は私と彼の二人だけです。面目無い」
「いや、どう見ても完成してるようですが」
「そう見えますか?」
「はい。え? 違うんですか?」
三人は改めて窓の外の『大和』を見る。
巨大な船体のほぼ中央にスマートな主艦橋がそびえ立っている。艦橋の前には有名な三連装四十六センチ砲が二機、艦橋の後ろには巨大な煙突とこれも有名な三本マストが高々と空を突くように、さらにその後ろには前部と同じ四十六センチ三連装砲一機が後ろ向きに配置されている。見た目は真田が子供の頃に作った戦艦大和のプラモデルそのままだった。
「実は主機関に予算が回せなくて、今は仮のものを積んでいます」
「主機関とは船のエンジンのことですか?」
「はい、今は小型船舶用の安いものを搭載していまして。一応走るは走るんですが、二ノットくらいしか速度が出ません」
「二ノットと言うと?」
「だいたい時速四キロくらいですかねぇ」
「それって、人間が散歩する時の速さじゃないですか」春菜が目を丸くする。
「ええ、実はちゃんと設計通りに出来ているのは船体と主砲だけです。あとの艤装はほとんどが薄い鉄板のハリボテでして」
ヤマモトがばつが悪そうに頭をかきながらはにかむ。
三人は窓の外の大和をマジマジと見た。しかしどう見てもハリボテには見えなかった。
「最初は順調だったんです。クラウドファンディングで企画を出したところ、びっくりするくらい資金が集まって。会社の社長さんとか、お金持ちの愛好家とかがどんどんお金を出してくれました」
「ネットのニュースで見たことあります。大和建造プロジェクトって、一時期話題になりましたよね」春菜がお茶を飲みながら言う。
「ええ、思えばあの頃が絶頂期だったと思います。それでいざ建造を始めて見ると、思ったより費用がかかることが分かりまして、船体を作るだけで資金が底をついてしまいました。それでやむなくエンジンは安いものを取り付けたのですが、なにしろ図体が大きいので速度が全く出ないことが分かりました」
「それで二ノットですか」
「はい、でもどうしても諦められなくて、残りの資金と自分の全財産と、あとは借金でなんとか主砲まで完成させたのが今の状態です」
「ちなみに今までいくらくらいかかったのですか?」
「だいたい二億円くらいですかねぇ」
「におく!」
ディケロの三人が同時に叫んだ。
「それで、完成までにはあとどれくらいかかる見積もりなんですか?」ジョーが質問する。
「主機関を贅沢せずに当時と同じ蒸気タービンにしたとして、残りの偽装やら何やらで、やはりもう一億円くらいでしょうかねぇ」
真田とジョーはソファーにもたれかかってため息をついた。春菜はポカンと口を開けて呆けている。
真田が気を取り直して質問する。
「主砲は撃てるんですか」
「はい、それは完璧に・・・たぶん、撃てるはずです」
「確かBAPでは山手線の環内でしか発砲ができないと聞いていますが」
「はい、確かに陸上ではそうなのですが、どうも海の上にはそういった制約は無いみたいなんです。半年ほど前に試験航海を行った時に、主砲の試射を行ったのですがその時はちゃんと撃てました」
「なるほど」
「ただ少々問題がありまして」
「まだ何か問題があるんですか」
「実は弾がありません」
「はい?」
「大和の主砲弾は特注なので、一発十万円くらいの課金が必要なのですが、恥ずかしながら今は完全に資金が底をついてしまっておりまして」
「十万円! では全砲を一回斉射するだけで九十万円ですか。とりあえず最低でも三斉射は必要と考えていたので三百万円近く必要になりますね」
「それと・・・」
「まだ何かあるんですか」
「はい、大和の主砲はとにかく弾丸が巨大なため、装填に多くの人出がかかります」
「何人くらい必要なんですか?」
「主砲一機につき最低でも二十人くらいは必要です。主砲は三機ありますのでこれだけで六十人、他にも機関士とか操舵士とか照準手とか、最低限船を動かすだけで百人くらいは必要です」
「それで、今は何人くらい動員できるんですか?」
「私たち二人だけです」
ヤマモトの傍に立っているコタローが恥ずかしそうに微笑む。ディケロの三人は椅子からずり落ちた。
「ちょっと、我々だけで作戦会議をしてもよろしいですか?」真田がヤマモトに言う。
「どうぞどうぞ、この応接室をお使いください。私たちは隣の部屋にいます。後ほど実際に大和を見学して頂こうと思っていますので、終わられたら声をかけてください」
ヤマモトとコタローがお辞儀をして部屋を出て行くと、ディケロの三人は頭を寄せ集めて小声で話し合いを始めた。
「これはダメだろう、とてもじゃないが間に合わない」
「残念ですねー、せっかくあんなにカッコいい戦艦なのに」
「確かに、今のままでは難しいかもしれませんが、あの主砲は魅力です。なんとか使いたい」
真田が難しい顔で言う。
「とは言ってもねぇ、弾がないんじゃどうしようもないだろう。しかも散歩する速度じゃ戦場に着く前にイベントが終わっちまうよ」
「なんとかならないですかねぇ」
「弾はどこで売ってるんでしょうか」
「確か大和プロジェクトは夕暮産業が協力していたと思うが」
「あ、知ってます。私のハッ君も夕暮さんで買いましたから」
「こぶ茶さんに口を利いてもらって費用の支払いをなんとか伸ばしてもらうよう交渉してもらうことはできないかな。もし四ツ谷杯で勝てれば結構な収益が上がるわけだし」
「ダメ元でお願いしてみる価値はありそうですね」
「あとは二ノットで射撃可能な海上まで到着できるかですね」
「大和の主砲の射程距離は?」
「ノブナガ、調べてみて」
「あいよ」ノブナガがめんどくさそうに応える。
「最大射程は・・・四十二キロメートルだな」
「そんなに飛ぶのか!」
「横須賀から渋谷までの距離は?」春菜が続けて質問する。
「四十二.七キロメートルだな」
「ここから撃っても届きそうじゃないか!」
「あまり遠すぎると貫通力や命中率が落ちますから極力近づいたほうが良いです。それに東京はビルが多いからヒカリエビルに射線が通る海上は限られます。ノブナガ、東京湾南方で渋谷ヒカリエに斜線の通る海上点を教えてくれ」真田がノブナガに言う。
「うるせえ、おまえの言うことは聞かねぇよ」
「こら、ノブナガ!ちゃんと答えて」春菜が叱りつける。
「仕方ねぇなぁ、ほれ」
テーブルの上に立体地図が表示され、渋谷から南方に向かって線が表示された。
「この線上ならどこでもいいんだな」
「ええ、この線上で最短の海上は、川崎港沖あたりですね」
「距離は、横須賀から約二十キロ、時速四キロで五時間か。昼過ぎに出港すれば夜には間に合うか」
「しかし、乗員はどうする。陣営の各チームから出してもらってもいいが、さすがに百人も出したら前線の兵士が足りなくなるだろう」
「人に関しては私に少し考えがあります。ヤマモトさんに相談してみましょう」




