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25 シブヤ

―――四ツ谷杯二日目 20時40分


「クソ、反則だろ、あんな高いところからバカスカ撃ちやがって」

 ジャッキーはT34を建物の陰に隠して無線の一斉通話でボヤいた。


 C中隊乙組の戦車20両は渋谷駅を奇襲するために順調に国道416号線を進んできたが、渋谷を目前にしてヒカリエ要塞からの砲撃を受けて釘付けにされていた。既に四両が破壊され、その数は十六両に減っていた。


「どうにかならんのか」

「味方のE中隊が援護してくれているが、あまり効果がないようだな」タイガーボムがジャッキーに応答する。

 E中隊は品川軍の全砲兵で編成されており、全火力をヒカリエ要塞に集中砲撃していた。しかも乙組の弾着観測により正確に命中していたが、ビル外壁に貼られた装甲板に阻まれて大した効果を与えられずにいた。


 ヒカリエビルからの砲撃は透過ホログラフィックシステムにより、乙組が隠れているビルを正確に破壊していく。露出した品川戦車に対して徹甲弾が撃ち込まれる。さらに一両が破壊された。

「くそ、このままここで何もできずに退場しろと言うのか」

「今はじっと待とう」タイガーボムが苦しそうに言う。


「いやもう待てない、俺は突撃する!」

 ジャッキーはT34のエンジンを吹かしてビルの陰から飛び出した。

 前方を見上げると、三十四階建てのヒカリエビルが闇夜に黒々と浮かび上がっている。飛び出したT34の周囲に砲弾が炸裂する。


 その時・・・

 そびえ立ったヒカリエビルの黒いシルエットの中央部分がまばゆく光った。同時に真っ赤な炎を吹き上げて大爆発が起きた。

 巨大な爆発音が地面を轟かせる、さらに続けて爆発音、乙組の戦車隊に降り注いでいた砲撃がぴたりと止んだ。


「何が起きた?」

 見上げるとヒカリエビルの中ほどのフロア横一列から赤々と炎が噴き出している。

「どうも敵の砲撃が止まったようだ、よくわからんが今の内だ、前進!」

 タイガーボムの掛け声とともに乙組の残存戦車15両は次々に路地から出る。そして隊列を組み直すと、渋谷駅に続く国道416号線を再び全速力で北上し始めた。



―――20時40分 渋谷駅


 如月ハニー率いるD中隊、ピンクドルフィンメンバー100人は山手線に揺られていた。全車両が女性専用車両状態であり、加えて運転士と車掌も女性だった。

 D中隊はさらに二つの班に分かれていた。渋谷駅前を強襲する原宿組と首都高を爆破する恵比寿組である。前者80名は前の三両に分かれて乗り、後者20名は最後尾の車両に乗車していた。


 メンバーは全員、車内の床に折り重なるように密集して身体を横たえている。

 山手線は渋谷陣営の勢力圏を通過する。そのため目視で車内を見られる恐れがあるため、全員が寝そべった姿勢を取っているのだった。

 窮屈な姿勢が続いたが、誰一人、一言も声を発しなかった。品川駅から渋谷駅までの八分間、全員がじっと耐えていた。


 お互いの息がかかるほど顔が近い。密着した体からお互いの緊張した鼓動が伝わる。

 車内の床の振動を通じて電車が減速を始めるのが分かった。

「まもなくしぶやぁ、渋谷です。お出口はひだりがわです」車内にNPCの車掌のチナツのアナウンスが流れる。

 電車はゆっくりと減速し、最後にぐっと制動して停止した。


 がらがらと音がしてドアが開く、同時にドルフィンメンバー全員は素早く立ち上がり、駆け足で駅のホームに降り立つ。

 たまたまホーム上にいた渋谷プレイヤーが二人、唖然として女たちの集団を見つめている。そのプレイヤーをハニーとミサトが後ろからナイフの一撃で倒す。


 ハニーがハンドサインを出すとホームに降りた原宿組の80人が一斉に姿勢を低くする。

 一分が経過し、山手線は渋谷駅を発車して行った。

 ハニーが再びハンドサインを出す。今度は全員が一斉に線路に飛び降りて待機の態勢を取る。山手線の線路上は非戦闘区域なので射撃はできない。


 ハニーは線路脇の変圧器の隙間から双眼鏡で渋谷の宮益坂方面の駅前を偵察した。

 正面に宮前坂下の交差点が見える。交差点では渋谷陣営の歩兵や戦車が右往左往しながらまさに編成を受けていた。


 ハニーは前進のサインを出す。メンバーは低い姿勢のまま音を立てないように一列で次々にハニーの横を通り過ぎて前進する。山手線の内回りの線路を超え、すぐ隣の埼京線の線路上に身を潜める。埼京線の線路上は山手線の環内なので発砲可能エリアに変わる。ハニーがタイマーを発砲制限時間の三分にセットする。


 後方の恵比寿組20名はホーム後方の端まで移動する。ホームの壁にはめ込まれたガラスを割って外壁に出、ホームの屋根によじ登る。

 屋根の上には首都高速が駅のホームと直角に交差している。恵比寿組メンバーはその首都高の陸橋の裏側にC4爆弾を設置して行く。


 三分は長かった。ハニーは身を潜めながらストップウォチの数字を確認する、まだ一分しか経ってなかった。


 その時・・・

 巨大な轟音が響いて渋谷駅全体が地震のように震えた。


「敵襲? 見つかった?」

 ハニーがメンバーを見渡すと、全員が頭を下げて無事に待機している。

「まゆみ、あれ見て!」

 傍にいたミサトが駅前の上の方を指差して叫んだ。ハニーがその先を見ると、駅の正面にそびえ立つ渋谷ヒカリエの巨大なビルの中程から、猛烈な炎が吹き出しているのが見えた。渋谷の駅前が昼間のように赤々と照らされている。


「きれい」

 ミサトは思わず呟いた。

 ドルフィンのメンバーは緊張も忘れて祭りの花火でも見るように燃え上がるヒカリエビルを見上げていた。

 その時、ハニーがセットしたタイマーのアラームが『ピピッ』と鳴った。



―――20時50分 渋谷駅前


 渋谷駅は南北に『入り口』がある。

 北の原宿寄りには山手線のガード下を通って宮益坂下の交差点に出る青山通りが、南の恵比寿寄りには駅の上を通る首都高が交差している。渋谷駅を制圧するにはこの両方の入り口を同時に押さえる必要があった。


 原宿寄りの入り口はハニーの原宿班が強襲により制圧し、南側は恵比寿組がC4爆弾で首都高を爆破して通行不能にする手はずになっていた。


「爆破班、準備はどうだ?」ハニーがスマートフォンの通話で確認する。

『もうちょいです、あと一分下さい』恵比寿組から報告が入る。

「よし、設置が終わってもすぐには爆破するなよ。ドグラの乙組が下を通過してからだ」

『了解』


 ハニーはスマートフォンを品川陣営全体の一斉通話に切り替えて、軽く深呼吸してから報告を入れる。

「イルカは谷に降りた、繰り返す、イルカは谷に舞い降りた!」

 これはD中隊の奇襲成功の暗号である。ちなみに奇襲失敗時の暗号は『イルカは海に帰った』だった。


『こちらC中隊乙組タイガーボム、暗号伝受信、これより渋谷駅に突入する。三分後に首都高を爆破されたし』タイガーボムの声が一斉通話に流れる。

「D中隊、了解」ハニーが返信する。

『こちらC中隊甲組の銀猫、現在青山通りを渋谷駅に向け進軍中。およそ十五分後に攻撃開始予定』続けて銀猫も応答する。

「了解、ではこれよりD中隊は渋谷駅に突入を開始する」


 ハニーは通話を終了するとドルフィンメンバーを見渡した。原宿組80名全員の160個の目がじっとハニーを見つめている。

 原宿組はさらに突入班60名と支援班20名に分かれていた。ハニーはメンバーに向かって小さく頷くと突入準備のハンドサインを出す。突入班は一斉に降下用のロープを固定し、支援班は素早く射撃位置に着いて狙いを定める。


 渋谷陣営のプレイヤーは、孤立した四ツ谷駅支援のため大急ぎで編成を行なっており、渋谷駅前は大混雑のさ中だった。戦車や歩兵戦闘車は小隊単位で整列し、歩兵は指示に従って次々にトラックに乗車していく。

 指揮官のムスタングはヒカリエビルから出て現場で直接指揮を取っていた。


 新たにログインした渋谷プレイヤーは原宿寄りの山手線のガードを通って山手線環内に入り渋谷駅前の広場で射撃制限の三分間を過ごす。その後小隊規模にグループ分けされ乗車する歩兵戦闘車の割り当てを受けている。

 しかしみな、突如ヒカリエビルに起きた大爆発を呆然と見上げている。


 ハニーが号令をかける。

「撃ち方はじめっ!」

 支援班が一斉に銃撃を開始する。

 対戦車ロケットが同時に十発ほど発射され、整列していた渋谷戦車が次々に炎上する。歩兵も固まって整列していたため、軽機関銃の連射でまとめてなぎ倒される。

 同時に突入班の60人が一斉にロープで降下し、渋谷プレイヤーに殺到する。


 完全なる奇襲だった。

 渋谷駅前は阿鼻叫喚の大乱戦になる。三分待ち態勢の渋谷プレイヤーは武器を捨てて逃げ出す。果敢にもナイフで反撃を試みる兵もいたが、ドルフィンのプレイヤーに次々と撃ち倒されて行く。


 そこへタイガーボム率いる乙組の戦車隊が南からなだれ込んで来る。行進間射撃と機銃掃射で駅前の渋谷プレイヤーをなぎ倒していく。

 乙組の後方で巨大な爆発音が聞こえる。ドルフィンの恵比寿組が首都高を爆破した音だった。


 渋谷軍の戦車は60両が編成中だったが、ちょうど運悪く車長が作戦会議で車両を離れていたため奇襲に即応できなかった。反応が遅れ、次々に破壊されていく。


 その時・・・

 再び、大音響とともにヒカリエビルが光った。



ドドーン



 巨大な地響きと共にあたりが昼間のように明るく照らされる。

 その光が戦闘を続ける両軍プレイヤーの必死の形相を白く浮かび上がらせる。

 時間が止まったようだった。


 見上げると、ヒカリエビルは中ほどから猛烈な炎を吹き出しながら、ゆっくりと傾きつつあった。両軍のプレイヤーは一瞬目の前の戦闘を忘れてその光景を見上げた。


 まるでスローモーションを見ているように、巨大なビルがくの字に折れ曲がって行く。

 夜の闇の中に、何か黒い小さいものがバラバラとビルの窓から落ちて行く。

 よく見ると、それはビルに設置されていた火砲、弾薬箱、そして人間だった。


 地獄のような光景だった。

 ビルは真ん中で完全に折れ曲り、加速しながら地上に崩れ落ちる。

 そして地球が割れるかと思えるような巨大な地響きが地面を揺らした。


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