24 シナガワ02
―――20時20分 品川駅
品川駅のホームにはD中隊のピンクドルフィンのメンバーが一堂に会していた。その数およそ100名、みな完全装備に身を固めている。
ピンクドルフィンは初め、如月ハニーが女友達四人で作ったチームだった。元々ミリタリーに興味はあったのだが、現実世界で同じ趣味を持つ女性には滅多に出会えなかった。そこで女性同士で気兼ねなく銃の話をしたり、戦闘を楽しんだりできるようにとBAPの中に女性専用のチームを結成したのだった。
ミリタリーに興味のある『ミリ女』は、恥ずかしくて自分の趣味を公言しないだけで、実数は意外に多い。ピンクドルフィンのメンバーはみなハニー達と同じような隠れミリ女だった。『女性でも気軽に楽しめる』という噂が口コミで広がって、チームの人数はどんどん増えていった。
チームのルールはただ一つ、『リアルで女性であること』だった。
オンラインゲームの世界で性別を正確に判別することは難しい。アバターやハンドルネームはもちろん、声さえも自由に変えられるし、会話で自分は『女性だ』と言われたらそれを信じるしかない。
しかしハニーはどういう手段を使っているのか、ほぼ百パーセントの確率でプレイヤーのリアルの性別を見抜いていた。女性を装った男性プレイヤーが女性アバターを使って頻繁に入隊しようと試みるが、全て最初の面接の段階で見破られる。
もともと男性と女性では顔の骨格が違うので、VR端末で顔情報を読み取った段階で男性顔か女性顔かが決まってしまうからと言う説もあったが、普通は顔修正によりほぼ分からなくなる。ちなみにハニーの見立てが間違っていたせいで後でトラブルに発展したという話は全く起きていなかったので、恐らく『女の勘』を超えた、彼女だけの特技なのだろうと言うことで話は落ち着いていた。
ちなみに如月ハニーの本名は如月まゆみ、ハンドル名の『如月』は彼女の父親が社長をしている如月コンサルティングから取っている。真田と春菜が所属している会社である。
彼女はディケロの二人を見たときから、二人が父の会社の社員であることに気づいていた。以前、会社が主催するパーティーに出席した時に、同席した二人を父が紹介してくれたことがあったのだ。
その時の父はとても嬉しそうに真田の背中をポンポン叩いて『俺の後継者だ!』と言っていた。少し酔った父の笑顔が心の底から嬉しそうだったので記憶に残っていたのだ。
当の二人はハニーのリアルには気づいていないらしいが、彼女は自分からそれを言い出すつもりはなかった。ネットゲームの暗黙のルールとしてリアルの話題には踏み込みたくなかったからだが、それよりも、今のBAPでの自分を知られるのがなんとなく恥ずかしいという気持ちが強かった。
品川駅のホームは恐ろしく騒がしかった。よく『女三人寄ればかしましい』と言われるが、100人、しかも同じミリタリー趣味を持つ女性がこれだけ集まれば仕方のない事なのかもしれない。
「この前GIの奴にリアルのサバゲーに誘われちゃってさぁ」
「ええ? キモ! でどうしたの?」
「ねえ見て、これかわいいでしょ」
「あかわいいいぃ、どこで買ったの?」
「この前故障してからジャムりやすくなっちゃってさー」
「あんたちょっと肌出しすぎじゃない?」
「あっグレネ忘れちゃった」
「髪結んで」
「このリップ、アマゾンで安かったよ」
「C4の起爆ってどうすればいいんだっけ」
「ここをこうやって・・・」
その時、ホームにいる全員のスマホが同時に鳴った。するとそれまで続いていたおしゃべりがピタリとやむ。全員がスマホを耳に当てる。
ハニーからの一斉通話だった。
「みんな、今、予定通り山手線が東京駅を発車したって連絡があった。始めよっか!」
「はい!」
全員がキリッとした短い返事をする。
女性チームと言っても、ピンクドルフィンの実力は相当なものだった。単なるお遊びサークルでは無く、みんな本気で強くなりたいと思っているメンバーがそろっており、個々人の戦闘スキルはかなり高い。
チームとしての強さも上位クラスであり、女性と侮って戦闘を仕掛けてくる他陣営のチームはほぼ確実に返り討ち合っていた。そのためBAP東京圏でピンクドルフィンのチーム名を知らないプレイヤーはいなかった。
さらにハニーの指揮も優秀で、動画サイトに上げられたピンクドルフィンの戦闘動画に軍事専門家による戦術解説が行われたこともある。
また、海外にもドルフィンのファンは多く、外国人のファンクラブがいくつも立ち上げられているという話だった。
ハニーからの通話の後、口を開くプレイヤーは一人もいなくなった。みな緊張した面持ちで準備運動をしたり、お互いの顔に黒の迷彩ペイントを塗りあったりしている。
ハニーは迷彩柄のスキニーパンツに黒の革ジャンという出で立ちで、ホームの大崎寄りに足速に移動して行く。チームの初期メンバーのミサトが後に続く。
「まゆみ、大丈夫?」ミサトが小声でハニーのリアルネームで声をかける。
「だいじょばない、手の震えが止まらないよ」
「はは、その手はみんなには見せられないね。でもいつも通りやればきっと上手くいく」ミサトはそっとハニーの手を握る。
「うん」
ハニーはミサトの手を握り返しながら頷いた。
後方からから山手線の前照灯が近づいて来た。徐々に減速しながら品川駅のホームに滑り込み、ピタリと停車位置で止まる。
一呼吸置いて、全ての車両のドアがガラガラと音を立てて開いた。




