24 シナガワ01
―――四ツ谷杯二日目 20時10分 浜離宮
「渋谷の予備部隊の掃討が完了しました。大半が死傷、残敵は四ツ谷駅方面に退却した模様です」
品川陣営のクリスタルタルがモニター画面を操作しながら報告する。
「横須賀から連絡は?」
真田が腕時計を確認して春菜に問いかける。
「連絡ありません」
「そうか、仕方ないな」
真田はスマートフォンの一斉通話で、品川の全プレイヤーに話しかけた。
「品川陣営のみなさん、お待たせしました。これより最後の本作戦を開始します。事前に周知したタイムテーブルに従って作戦行動をお願いします。不測の自体が発生した場合はその都度こちらから指示を出します。では、四ツ谷駅でお会いしましょう」
声が若干上ずっていたが単語の一つ一つに熱意のこもった通話だった。
しばらくの沈黙の後、如月ハニーが意を結したように立ち上がる。
「じゃあ、私行きますね」ハニーの声も緊張ですこしこわばっている。
「はい、お願いします。ハニーさんのチームは今回の作戦の心臓みたいなものですから、よろしくお願いします」真田はぺこりとお辞儀をする。
「オーケー、楽勝楽勝、任せといて!」
「しばらくここでモニターしてますから、なにかあったらすぐに連絡下さいね」
「了解、頼りにしてるよ、男前の軍師さん。じゃあ行ってくる」
ハニーは真田に向かって笑顔で右手を振ると、司令部を後にした。
―――20時15分 渋谷ヒカリエ
「状況報告」
ロキがオペレーターに命令する。
「我が軍の予備部隊は品川の攻撃によりほぼ壊滅、残存は四ツ谷駅に退却し四ツ谷守備隊に吸収されました。品川の戦車部隊は青山一丁目付近で停止しています」
「敵を袋のネズミにするつもりが自分達がネズミになったな」
ムスタングがぼそりとつぶやく。しかしロキは反応せずトカゲ顔の無表情で指示を続ける。
「その品川戦車隊はダミーの可能性が高い。恐らく実体は既にどこかへ移動した後だろう。四ツ谷守備隊から偵察部隊を編成して警戒を強化せよ」
「了解」
ムスタングは腕組みをしながらマップを見つめる。
四ツ谷駅周辺と渋谷駅周辺に渋谷陣営の赤い点の塊が表示され、その中間にあった予備部隊の点は無くなってそこだけが黒い洞穴の入り口のようにぽっかりと口を開けている。
「四ツ谷は現状の戦力で持ちこたえられるのか?」
「現在、増援のプレイヤーが続々とログインしています。あと40分ほどで一個大隊分の補充が完了します。その後速やかに再度予備部隊を編成して四ツ谷に向かわせます」
ムスタングはロキの真意を量るように目を見つめながら語る。
「ロキ、お前の状況分析はいつも正しい。俺は常々尊敬に値すると思っている」
「恐縮です」
「しかし戦場では手持ちの情報はいつも不足し、しかも不正確だ。さっきみたいにニセ情報をつかまされることもある」
「先ほどのトリックは既に学習しました。同様の失敗はもう犯しません」
「それはそうだろうが、今回の品川はいつもとは違う気がする。指揮官が変わったのかもしれない。油断せず、できることは大胆にやった方がいい。例えばここは現存の全戦力を集結して速攻で決戦を行うとか」
「それは四ツ谷のフラグを放棄するということですか?」
「そこまでは言わないが、フラグの守備は最小限の部隊だけ残し、渋谷の現状戦力と四ツ谷の部隊で品川軍を挟み撃ちにする作戦はありなんじゃないか」
「その後はどうしますか、守りを手薄にすれば他の陣営にフラグを取られる可能性は高くなります。その後、四ツ谷を再占領できるという保証はありません」
「もちろんそれはリスクだが、今夜はそのくらいのリスクを負わなければ勝てない気がする」
「それは、リーダーの『勘』ですか」
「そうかもしれない。お前は非論理的と言うかもしれないが、時に戦闘はそういう予感みたいなものが正しい時もある」
「私には理解できません」
「だろうな、自分でも理解できないんだから」
「私はあくまで、渋谷駅の部隊の集結を待ってから四ツ谷救出部隊を編成する作戦を具申します」
「必要な戦力を集めるのに必要な時間は?」
「三十分から四十分程度を見込んでいます」
「分かった、では2100時をリミットとしよう」
「ありがとうございます」
「俺は渋谷駅で直接、部隊編成の指揮を執る。ここは任せても良いか」
「お任せください」
ムスタングは立ち上がって作戦室のドアに歩み寄る、そこで立ち止まって振り向いて言った。
「品川の指揮官はどんな奴だと思う」
「そうですね、恐らく恐ろしく性格の悪い人間だと思います」
「俺もそう思う」
「意見が合いましたね」
ムスタングはくるりと向きを変えて司令部を後にした。
―――20時20分 恵比寿交差点
品川陣営のC中隊の機械化部隊は甲乙の二組に分かれていた。銀猫が率いる甲組は渋谷の予備部隊との戦闘直後で、編成を整えるまでに少し時間がかかりそうだった。
乙組は足の速い快速戦車だけで編成されており、ドグラの副リーダーのタイガーボムが指揮をとっている。既に集結地点の泉岳寺を進発し、密かに進軍を開始していた。
タイガーボムのスマートフォンが鳴る。銀猫からだった。
『状況報告』銀猫のしわがれた声がスマホと連動したヘッドフォンから聞こえる。
「現在、白金高輪付近を通過中」タイガーボムが戦車の振動に揺られながら、同じくスマホと連動した喉元に装着したスロートマイクで返答する。
『了解だ、こちらは敵予備隊の掃討完了、再編成後に渋谷に向けて前進を再開する』
「了解です、では渋谷でお待ちしています」
乙組二十両の進撃ルートは泉岳寺から白金高輪を通過して国道416号線に出、その後はそのまま一本道で渋谷駅まで進撃する予定だった。ちなみにディケロのジャッキーと愛車のT34もこの乙組に組み込まれていた。
国道416号線は初めは西に向かい、恵比寿駅の近くで大きく北に蛇行して渋谷方面に向きを変える。そのため、このルートで渋谷に向かうためにはどうしても渋谷陣営の勢力下の恵比寿駅の近くを通らなければならない。
乙組の進路には事前に威力偵察隊のB中隊が先行しており、恵比寿駅の近くと渋谷駅周辺の敵の配置状況を逐次報告することになっていた。
「こちらC中隊乙組、現在白金高輪付近を通過中。そちらの状況を教えてくれ」
タイガーボムが喉のマイクでB中隊に連絡を入れる。
『こちらB中隊恵比寿組、恵比寿駅周辺は渋谷の戦車二個小隊と歩兵一個中隊が陣取っている。通過予定時刻を乞う』
「およそ十五分後の予定だ」
『了解した、ではこちらは五分後に陽動攻撃を開始する。時刻合わせ、三、二、一』
B中隊は恵比寿駅に近いビルの一階に潜伏して偵察行動を行なっていた。
通話が終わるとB中隊のプレイヤーは巨大なロボット掃除機のような、平たい円形の装置の電源を入れた。内部でモーターが回る音がして、巨大ロボット掃除機はくるくると回り始めた。
この装置は四ツ谷杯用にフォークト博士が開発した無人偵察ロボットだった。電動式で裏に八輪のタイヤが円形に取り付けられており、自律的に移動して敵地の情報を収集する。上面には各種のカメラとセンサーが設置されており、上空を飛行する味方ドローンと情報を共有することで、ドローンから見えにくいエリアに自動的に移動して情報を収集する。また、敵の小銃弾を弾く装甲とドイツ製H&K―G8軽機関銃を装備しており、バトルモードに設定するとそれなりに戦闘も行うことができた。
ちなみに愛称はヨシモト君、もちろん春菜の命名だ。形が巨大な今川焼に似ていることから、今川焼→今川義元→ヨシモト君なのだそうだ。
B中隊の恵比寿組には八台のヨシモト君が配備されていた。B中隊のプレイヤーがタブレットで戦闘モードに設定すると、全機が路面を滑るように一斉に走り出した。B中隊のメンバー16人も物陰に隠れながら移動を開始する。
ヨシモト隊は途中で二手に分かれて進んで行く。一方の四機は恵比寿駅の南側に進み、もう四機は北入口付近の交差点の真ん中で停止して、その場でくるくると回転した。
渋谷陣営のプレイヤーが気づいて何事かと近寄って来る。ヨシモト君二機は同時にピタリと回転を止める。そして突然、近寄って来たプレイヤーに発砲した。渋谷プレイヤーは撃たれて倒れた。
「うわぁ、敵襲!」
渋谷プレイヤーたちが気づいて次々に駆け付けヨシモト君を狙い撃つ。しかし装甲に弾かれて効果がない。
ヨシモト君四機はクルクル回りながらあたりに銃弾をばら撒き続ける。B中隊のメンバーも後方から射撃に加わる。激しい銃撃戦が始まった。
そこへタイミングよくC中隊乙組の戦車隊が一列縦隊で突入して来る。渋谷プレイヤーが気づいて対戦車ミサイルを持ち出して迎撃体制を取る。しかしヨシモト君とB中隊の制圧射撃により頭を上げることができなかった。その隙をついて乙組の二十両は快速を活かしてあっという間に恵比寿交差点を通過した。
恵比寿駅を過ぎれば、渋谷はもう目と鼻の先だった。
C中隊の前方にうっすらと渋谷ヒカリエのビルの黒いシルエットが見えてきた。
「よし、一気に突入するぞ、遅れるなよ」
乙班の戦車二十両は全速力の一列縦隊で渋谷駅に向かって突撃する。
タイガーボムは先頭の九○式戦車のハッチから頭を出して双眼鏡で前方を偵察していた。
その時、前方の路上で砲弾が炸裂した。
「砲撃!」
タイガーボムが叫ぶ。
立て続けに隊列の周囲に次々と爆煙が上がる。隊列中ほどの一両が直撃を受けて炎上した。タイガーボムがヒカリエビルを双眼鏡で見上げると、中層のそれぞれの階にズラリと大小の砲身が並び、まさにこちらに狙いを付けているのが見えた。
「まずい、退避、退避ぃ!」
さらに一両が炎上する。乙組は列を乱して路地に逃げ込んだ。




