23 アオヤマイッチョウメ01
―――四ツ谷杯二日目 午後7時10分
「四ツ谷駅のフラグ確保完了しました」
渋谷陣営のオペレーターが報告する。「上野の残存兵はすべて撤退、周囲に敵影無し。警戒モードに移行します」
ムスタングはヒカリエ要塞最上階の指揮官席で目を閉じて腕組みをしている。
ロキは参謀席でマップを確認しながらオペレーターに問いかける。
「予備部隊の状況はどうか」
「所定の位置で待機中です。3Dプロジェクターによる隠蔽を継続中」
ロキが頷いてムスタングを見上げる。ムスタングは薄眼を開けながらつぶやくように言う。
「うむ、ご苦労。今のところ順調だな」
「はい、それで次の展開の予想ですが」
「品川か? 池袋か?」
「次は池袋の攻勢を予想しています。先ほどの上野軍との戦闘で戦死したプレイヤーの再出撃可能時刻、つまり四時間後の二十一時から二十二時の間を予想します」
「こちらの対策は?」
「池袋の砲兵陣地にはすでにドッグボムを浸透させています。敵の攻撃開始に合わせて起爆を実行すれば出鼻をくじくことができます」
「品川はどう動く」
「池袋の再攻勢、および上野の最終攻勢のどさくさに紛れた攻撃が有力と予想します。品川の貧弱な戦力では例えフラグを取れてもその後の維持が困難なため、イベント終了ぎりぎりの混乱を狙って全戦力を投入してくると思われます」
「なるほど・・・」
ムスタングが完全には納得していない表情だったので、ロキは不満そうに補足を続ける。
「万一、品川が予期しない動きを行った場合は、外苑前付近に隠ぺいしている予備部隊で柔軟に対応します」
ムスタングは返事をせず、立ち上がって窓際に移動した。眼下には都心の黒々とした闇が広がっている。
遠くにいくつかの灯りが見えた、恐らく四ツ谷駅を守る味方部隊であろう。それ以外は全てが全くの『黒』だった。
その時、オペレーターが振り向いて叫んだ。
「品川軍に動きがあります!」
「詳細を報告せよ」ロキが落ち着いた声で指示を出す。
「歩兵部隊約600が南東から四ツ谷駅に接近中、さらに戦車と思われる車両が約五十両、高速で南の赤坂御用地方面に進出中です」
「品川が動きました」ロキがムスタングに報告する。
「マップに出せ」ムスタングが司令官の席に戻って指示を出す。
オペレーターがPCを操作すると正面の大型スクリーンに四ツ谷駅南方の地図が表示された。品川軍の青い点の集団が二つのグループに分かれて四ツ谷駅方向に向かっている。
「主力の歩兵で南東から四ツ谷駅を強襲し、左翼を進む機械化部隊で我が軍の渋谷駅と四ツ谷駅の連絡を分断しつつ、孤立した四ツ谷駅を包囲攻撃する作戦と予想します」
「ふむ、基本に忠実ないい作戦だ」
ムスタングの言葉にロキはピクリと頬を引きつらせて反論する。
「リーダーはどうも品川陣営を高く評価しているようですが、この戦力で分断と強襲の両方を行うには無理があります。むしろ稚拙な作戦かと」
「では、こちらはどう対応する」
「隠蔽している予備部隊による奇襲作戦を具申します」
「いきなり切り札を使うと言うのか」
「はい、弱小陣営とは言え、戦車50両はそれなりの脅威です。それに他陣営の攻撃と連動されると厄介でしたが、今は単独で攻めて来てくれています。むしろ各個撃破のチャンスかと思われます」
「なるほど、それで作戦の詳細は」
ロキは自分で端末を操作してマップを拡大した。
「品川の戦車部隊はこの国道319号線を北進しています」ロキはマップを指差しながら説明する。「恐らくこのまま赤坂御用地の西側を北上し、御用地の北西角の権田原の交差点を右折して国道414号線に入り四ツ谷駅を目指すか、あるいはそのまま直進して信濃町駅を確保するかのどちらかでしょう」
「ふむ」ムスタングは腕組みをしながら投影されているマップを眺めた。
四ツ谷駅の南にはおよそ一キロ四方の赤坂御用地が広がっている。
リアル世界の赤坂御用地は皇室関連の施設があるため普段は立ち入ることができないが、BAPの世界では自由に出入りができる。しかし御用地は四周のほとんどが塀で囲まれており、しかも内部には林や池などもあることから車両の移動にはあまり適さないため、機械化部隊は基本的には迂回する必要がある。
ちなみに国道319号線は浜松町駅で山手線環内に入り、東京タワーを右手に見ながら進むと麻布十番付近を超えたあたりからゆるやかなカーブを描いて北に向きが変わり、御用地南西の角にある青山一丁目の交差点で青山通りと交わる。
品川戦車部隊の青い点はまさにこの青山一丁目の交差点に差し掛かろうとしていた。
青山一丁目交差点の西方面、渋谷に至る青山通りの路上には渋谷部隊の赤い点が密集している。3Dプロジェクターにより敵ドローン映像に映らないよう隠蔽されている予備部隊である。
予備とは言っても、戦車90両、歩兵600人の堂々たる一個大隊編制である。しかも歩兵全員が乗車できる分の歩兵戦闘車両を配備しており、戦況に応じて素早く機動できる機械化部隊だった。
3Dプロジェクターはロキが考案して渋谷の開発部門が開発したカムフラージュ装置だ。地面に設置して、道路や建物などの地形の3D映像を空中に投影する。部隊がその映像の下に入れば空からは車両や歩兵が隠れて見えなくなる。これにドローンジャミングを併用すれば部隊を完全に隠蔽できる。ただし、人間が実際に目で見て注意深く観察すれば映像とのつなぎ目の微妙なずれに気づくことができるが、夜間は暗いため見極めるのは難しい。
ロキが作戦の説明を続ける。
「まず、四ツ谷駅のフラグ防衛隊から遊撃隊を編成し、品川の戦車部隊を迎撃する素振りを見せます。しかしこれは囮で、品川の戦車隊が青山一丁目の交差点を通過し終わったタイミングで隠蔽した予備部隊により背面から奇襲をかけます」
「敵を袋のネズミにして南北から挟み撃ちにする訳だな」
「はい、この時間帯で確実に殲滅しておけば再出撃はイベント終了時刻に間に合いませんので、完全に無力化できます」
「いいだろう、作戦を許可する。ただし何か想定外が発生した場合は即座に作戦行動を中止すること、いいな?」ムスタングは腕組みをしたまま落ち着いた声で言う。
「承知しました」
ロキはムスタングに軽く礼をすると、スマートフォンで部隊に指示を出した。




