22 ドッグボム01
―――四ツ谷杯二日目 午後四時十分
「上野の戦車隊、動きました。約300両が四ツ谷駅に向けて進軍中」
ヒカリエビルの最上階の会議室は渋谷陣営の指揮所が設置されていた。正面の壁には東京23区のマップが表示されている。
渋谷陣営のオペレーターが報告する。
「いよいよだな」
ムスタングは司令官席で腕組みをしながらマップを眺めながら言う。
ヒカリエ要塞の最上階には渋谷軍の司令部が設置されていた。前方の巨大なスクリーンに四ツ谷駅周辺のマップが映し出されており、各陣営の四色の点が表示されている。
「はい、予定より少し早いですが、許容範囲内です」
ロキが抑揚のない氷のように冷たい声でムスタングに答える。
「引き続き、フラグは池袋が確保中で変化ありません」
マップの四ツ谷駅周辺は池袋軍の部隊を表す黄色の点が無数に表示されている。
「現在投入可能なドッグボムの数量を報告せよ」
ロキがオペレーターを促す。
「現在、785匹が渋谷駅で待機中です」
「ではこれより、シンプレクティック作戦を発動する。各員、責務を果たせ」
ロキが重々しく宣言をするとオペレーターが一斉に端末を操作し始める。
「まずはドッグボム560機を四ツ谷駅に浸透せよ、残りはそのまま渋谷駅で予備とする。起爆タイミングは追って指示する」
「了解」
「敵陣営圏内で浸透稼働中のドッグボム数量は」
「池袋162、上野150、品川15です」
「品川15? 間違いないか」
「はい、間違いありません」
「当初の投入数は95匹だったはずだが、起爆を行ったのか?」
「ほとんどが破壊された模様です」
「ふむ」
ロキは考え込む。
「わかった、では品川陣営に浸透させている生き残りのボムを全て引き揚げて四ツ谷駅に回せ」
「どうした? 何かトラブルか」
ムスタングがロキに問いかける。
「品川がドッグボムに気づいたようです。作戦に大きな支障はありませんが」
「なるほど、品川らしいな。あそこは戦力こそ貧弱だが、優秀な目と耳がある。先日の有楽町駅の戦闘は見事な作戦だったし、侮るなよ」
「わかっています」
ロキは無表情で答える。
「砲兵中隊、射撃位置に着きました。突入隊も全員乗車完了して待機中です」オペレーターが報告する。
「よし、では突入隊は突入位置に移動を開始、砲兵中隊は別命あるまで現状で待機」
「了解」
マップに目を向けると、四ツ谷駅の北と東に上野プレイヤーの緑の点が押し寄せ、四ツ谷駅の池袋プレイヤーの黄色が集まっているエリアを圧迫していた。
そのうち、緑色の点の集合体が腕のように細長く南西方向の黄色のエリアにじわじわと突出し始める。北西の池袋駅と前線の四ツ谷駅を分断する勢いだ。上野軍得意の包囲殲滅作戦である。
上野軍の最大の特長は、なんと言ってもその強力な戦車部隊だ。機動力を活かして敵の防衛線を突破して包囲し、強力な砲撃と機銃掃射で敵を包み込むように殲滅して行く。
対する池袋軍は上野対策として、歩兵に大量の対戦車ミサイルを配備していた。しかし上野軍の戦車隊は歩兵部隊を随伴し、対戦車ミサイルを装備した敵歩兵を優先して狙い撃つ戦術で対抗する。
そのため、池袋側は戦車よりも先に、まず敵の歩兵を削らなければならない。ところが歩兵を狙おうとしても戦車砲と機銃による制圧射撃を受けて思うように攻撃を行うことがでない。
上野軍の戦術は戦車と歩兵が有機的に機能する、教科書どおりの諸兵科連合戦術だった。
対する池袋軍の得意戦術は、ドローンと連携した遠方からの砲撃である。大量かつ密度の濃い砲弾の雨を広範囲に降らせることで敵の歩兵や砲兵を圧倒する。四谷杯における上野軍の作戦は、早めにフラグを確保して陣地を築き、攻めてくる敵部隊を強力な間接射撃で迎え撃つ戦術であった。
しかし上野陣営は砲撃に対して対策を講じていた。
四ツ谷付近の主要な建物を事前に調査して、池袋方向からの遮蔽ポイントを調べ上げていた。部隊は進軍の際、そのポイントからポイントへ飛び移るように進むことで、池袋からの砲撃を巧みに避けながら前進した。そのため、池袋軍は上野部隊に効果的な砲撃を行うことができなかった。
「上野は良く研究しているみたいだな」
ムスタングがマップを見ながら言う。
「はい、イベント開始前に大々的に建物の調査を行い、最適な進軍ルートを綿密に立案したようです」ロキが答える。
池袋軍は得意の戦術を封じられて、じわじわと押し込まれて行く。四ツ谷杯の切り札として購入した自走臼砲カールが先日のヒカリエ要塞戦で破壊されたのも痛かった。
上野軍の後続の戦車が続々と前線に殺到する。戦車隊の砲撃と機銃掃射が一段と激しさを増し、池袋陣営のプレイヤーはなすすべもなくすり潰されて行く。
「勝負あったな」ムスタングがボソッと呟く。
「はい」ロキが感情の無い返事を返す。
「ドッグボムは今どのあたりだ」
「現在、赤坂御用地を通過中です」
「少し早い、ペースを落とせ。最終的に一七二○時を目安に潜伏を完了させろ」
「了解」
マップ上の緑色の点が四ツ谷駅を包囲し始める。池袋軍の防衛陣地は完全に引き裂かれ分断されていた。
包囲殲滅を嫌って、黄色の点の塊が西方面に退却を開始する。
池袋軍は奮闘したが、結局大きな損害を出してついに四ツ谷駅のフラグを放棄した。




