21 ヨツヤハイ
―――四ツ谷杯二日目 午後四時
今回の四ツ谷杯は、その賞金の高額さと副賞の豪華さから、どの陣営もいつもより熱気を帯びた盛り上がりを見せていた。
それはイベント開始前の一週間で過去最高の週間課金額を記録したことにも現れていた。どのチームも新しい車両を揃え、ドローンを購入し、装備をアップグレードして四ツ谷杯に備えた
四ツ谷杯は土曜日の午前零時から日曜日の二十四時までの48時間が開催期間だ。
フラグ争奪イベントのルールはシンプルで、マップ上に配置されたフラグを最後に確保していた陣営が優勝となる。さらにその直前まで確保していた陣営が二位、その前が三位となる。一回も旗に触れなかった陣営は順位なしとなり、賞金はもらえない。
このルールの場合、イベント開始直後の一日目はたいていどの陣営も様子見の立ち上がりになる。二日目から徐々に主導権争いが始まり、ラストの半日が主力同士の激しいぶつかり合いになる。
今回の四ツ谷杯の場合、JR四ツ谷駅のホームにフラグが設置された。
土曜日の午前零時、BAP世界の山手線環内にイベント開始のブザーとアナウンスが響きわたる。しかし特に普段と変わった様子はなく、いつもどおり各所で散発的な戦闘音が響いているだけだった。今回のイベントの立ち上がりはいつも以上に静かだった。
開始三時間後の深夜、GIジョージの小部隊が威力偵察を兼ねて四ツ谷エリアに侵入したところあっさりとフラグ確保に成功してしまい、品川が最初のフラグ獲得陣営になった。
朝になっても特段大きな動きはなく、結局土曜日は丸一日そのまま品川陣営がフラグの支配者となっていた。
その代わり、近隣の立地の良い建物の争奪で、各所で小競り合いが頻繁に発生していた。フラグを確保した後は占領状態を維持しなければならないため、防御に適したポイントを事前に確保しておかないとすぐに奪還されてしまうからだ。
特に今回フラグが設置されたJR四ツ谷駅は、旧江戸城の外堀の底に建設された特殊な駅で、周りの地形からかなり低い位置にある。乗り入れている地下鉄丸ノ内線が高架で交差しているくらいだ。(つまり地下鉄より標高が低い!)
そのため、駅のホーム周りに防衛陣地を築いても、全くと言っていいほど視界が確保できないため、陣地としてはほとんど役に立たない。つまりフラグを防衛するためには駅周辺のより高いポジションを広範囲に確保し、射界を維持する必要がある。
その結果、防衛部隊は分散を強いられるため、極端に守りにくい地形ということになる。
各陣営が序盤で攻勢を控えたのは、占領した後のことを考えて戦力を温存する方針を選択した結果であると言える。
とは言え、いつかは攻勢を行い、フラグを確保した後の守備の時間帯を耐えなければならない。各陣営は他の陣営の動きを観察しながら慎重にその機会を伺っていた。
二日目の日曜日の昼過ぎ、満を持して池袋軍が動いた。四ツ谷駅を守る品川軍に対して大規模な砲撃が開始され、歩兵部隊が突撃を開始した。
池袋陣営は砲兵が強力で、野砲の猛烈な飽和攻撃で目標地点を徹底的に砲撃し、敵が損耗したところを素早く占領する戦術を得意としている。
その日の砲撃は特に苛烈で、駅を守るGIジョージの部隊は降り注ぐ砲弾に耐えきれなくなり、敵兵を直接目にすることなく大損害を被ってあっさりと退却した。
真田は四谷杯が始まるまで二週間、ほとんど毎日のようにリアル世界の山手線環内の地形を歩き回って調査を行った。平日は仕事が終わった後や出勤前の朝の時間を調査に充てた。
東京駅から山手線に乗って一周したり、品川駅や渋谷駅で降りてホームの構造を最終確認した。特に四ツ谷駅は念入りに、駅の周辺を何周も歩き回って写真を撮ったり、メモを取って戦術上重要となる地形や建物を確認した。
そしてその調査結果をベースに、今回の品川軍の作戦を綿密に立案した。
四谷杯二日目、真田はどうしても外せないリアル世界の仕事を片付けた後、午後四時に遅れてログインした。作戦本部が設置されている浜離宮の芳梅亭に入室する。
作戦本部には司令官の黒焦げこぶ茶のほか、各班のリーダーとA小隊のドローンオペレーター十二人が勢ぞろいしていた。
「すみません、遅くなりました」
「おつかれさま」如月ハニーが笑顔で真田を出迎える。
「ハニーさん、部隊の準備はいかがですか」
「はい、全員準備完了しています。あとは予定の時刻に行動を開始するだけです」
「戦況はどんな感じですか」真田がマップを確認しながら問いかける。
「池袋が動いた後は落ち着いている」銀猫が暇を持て余すように言う。
「そうですか、では待ちですね。横須賀から連絡は?」
「まだだ」
「そうですか・・・」真田は不安そうに顔をしかめる。
「心配するな、ヤマモトのことだ、きっと間に合わせてくれる」こぶ茶が落ち着いた声で言う。
「犬爆弾はどんな感じですか」
「手の空いてるチームが手分けして狩ってる。既に百匹は駆除してる」
「やはりかなり大規模に仕掛けて来ていますね」
「手を打っていなかったら大惨事だったな。渋谷の犬野郎どもめ、まったく汚い手を使いやがる」銀猫が吐き捨てるように言う。
「上野軍に動きがあります!」
A小隊のオペレーターがパソコンの画面を見ながら報告する。有楽町作戦で画像解析を担当したピンクドルフィンのクリスタルタルだ。
リーダーたちが一斉にマップに注目する。
「ノブナガ、ブリーフィングをお願い」春菜がノブナガに指示を出す。
「上野陣営の戦車300両が三隊に別れて四ツ谷駅に向かって移動中、車種は最新型の戦車を多数含んでる。予備砲撃も始まったみたいだ」ノブナガがダルそうに答える。
「恐らく主力部隊だな、勝負をかけて来たか」
「うちは予定どおり、渋谷が動くまでは待機です。最初の仕掛けのタイミングの見極めが重要です。河合、小さい動きも見逃さずに報告を入れるんだ」真田が春菜に指示を出す。
「分かりました! あ、渋谷にも動きありです、ちょっと待ってください、これは・・・」
「どうした?」
「犬です、犬の大群が渋谷駅から四ツ谷駅方面に向けて移動中です、百、二百、えっと最低でも五百匹はいます!」
「なんだと?」
その場にいた全員が絶句した。




