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19 マツノチャヤ

―――四ツ谷杯三日前 午後九時


「みんな今日はよく集まってくれた」

 上座に座っている黒焦げこぶ茶がミイラの口で発言する。広間に集合した品川プレイヤー達が一斉に静まり返ってこぶ茶の方を向く。


 四ツ谷杯三日前、品川陣営のチームリーダー、サブリーダーなど、総勢三十人が浜離宮の『松の御茶屋』に集まっていた。

 松の御茶屋はこぶ茶の自宅の中島の御茶屋の北東、潮入の池をはさんだ岸辺に建っている。

 浜離宮には何軒かの茶屋があり、チームリーダーの会合はこの松の御茶屋が使われることが多かった。ちなみにイベントの作戦期間中は、浜離宮のほぼ中央に建っている芳梅亭という建物に作戦本部が設置されることが恒例になっていた。


 こぶ茶が続けて言う。

「今回の四ツ谷杯は特別なイベントだ」

 集まったメンバーは少し緊張した面持ちで頷く。


「みなも知っての通り、品川軍のここ一年間の成績は惨憺たるものだ。一回だけ三位になった他は全て最下位、他の陣営の奴らにはゴミだのゴキブリだの陰口をたたかれる始末だ」

 こぶ茶がメンバーを見渡す。全員が下を向き、悔しそうに口を固く結んでいる。


 こぶ茶は少し間を置いてから怒ったような口調で言い放つ。

「このままの状態でいいと思ってる奴は、今すぐここから立ち去っておくれ」

 広間の空気が鉛のように重苦しくなる。


 その場にいるメンバー全員が分かっていた、今のままでいいはずは無いのだ。しかし勝てる見込みは限りなく低い。

 品川軍のプレイヤーは人数が絶望的に少なく、渋谷軍の三分の一しかいない。火砲は池袋陣営の三分の一、戦車は上野陣営の六分の一だった。

 その場の全員が悔しさで泣き出しそうな顔になったが、立ち去るプレイヤーは一人もいなかった。


 こぶ茶は肩を落として座り込むメンバーを見渡しながら言葉を続ける。

「よかろう、では本題に入る。まず、今回の四ツ谷杯は、私が総指揮を取ることにした。みな異存はないか?」

 全員に驚いたようなざわめきが広がる。こぶ茶は隠居して以来、陣営の運営に関わることはほとんど無かったからだ。メンバー達はこぶ茶が今回の四ツ谷杯にかける覚悟の強さを感じた。


「今回のイベントに限り、全て私の指示に従ってもらう。みな異存はないな」

 こぶ茶が重ねて問いかけると、全員が頷く。

「よかろう、ではさっそく作戦の説明に入る。今回はディケロに作戦の素案を作ってもらった。こちらはディケロの参謀役の真田君だ」


 こぶ茶が真田を紹介する。真田はジョーと春菜と並んでこぶ茶の横の壁際に立っていた。

 真田がペコンと頭を下げて挨拶をする。

 こぶ茶が話を続ける。

「今回はかなり大規模な作戦になると思う。前もってビッグスリーには概要が説明されていると思うが、異存は無いか?」


 ビッグスリーは品川陣営の三大チームのことであり、ドグラ、GIジョージ、ピンクドルフィンの三つのチームだ。

 前の方の壁際に陣取っている屈強なアバターの男性が立ち上がって発言する。品川で人数がニ番目に多い重課金チーム、『ドグラ』のリーダーの銀猫だ。短髪で眉毛が太くしなやかな筋肉質のアバターだ。

「異存は無い」低く落ち着いた声だ。


 続けて、ドグラとは反対側の窓際に陣取った女性アバターが立ち上がって発言する。

 彼女は女性限定のエリートチーム、『ピンクドルフィン』のリーダーの如月ハニーだ。まつ毛の長いアーモンドアイに銀色のフレームのメガネをかけ、髪はポニーテールをきつ目に結んでいる。

「いい作戦だと思います」ツヤのあるはつらつとした声だ。


 最後に、一番末席に座っていたアメリカ軍服のアバターの男性が立ち上がって発言する。人数は品川軍で最大の無課金チーム、『GIジョージ』のリーダーのサンダースだった。迷彩柄のカーゴパンツにMA1ジャケットを羽織っている。

「オッケーっす!」少し甲高いおどけたような口調だ。


「ありがとう、ではさっそく作戦の詳細を説明する。まず作戦名だが・・・」

 こぶ茶はちらりと春菜の方を見たが、ミイラのアバターなのでかなり分かりにくい。

 春菜は口をぱくぱくさせながら小声で作戦名を言っている。それを見たこぶ茶がうなずいて一呼吸おき、大きな声で発表する。


「『スーパーダッシュ作戦』だっ・・・」

「お、おお!」

 半分は微妙な反応だったが、一応全員がどよめいた。

 この作戦名は春菜の命名で、各部隊が全力でダッシュする作戦だからなのだそうだ。ちなみに最初はうしろに『大作戦』と付いていたのだが、恥ずかしすぎると反対されて普通に『作戦』に落ち着いた。


「今回の作戦では、部隊を大きく七つに分けて編成する。それぞれが重要な役割を担い、全員がその役目を果たすことで初めて作戦は成功する。ちなみに、もし一部隊でもミスを犯したら作戦は失敗する」

 全員が緊張した顔つきになる。


「では部隊編成を発表する。まずA小隊、この部隊は主にドローンを使った情報戦を担当してもらう。各チームは全てのドローンと情報担当のプレイヤーを提供してくれたまえ。真田君、説明を頼む」

 真田は一歩前に出てこぶ茶を引き継ぐ。


「はい。ドローン運用の効率化と柔軟性向上のため、偵察空域の割り当ては全てA小隊で一元管理します。また、ドローンから得た情報は同じくA小隊で一括して分析、蓄積し、品川陣営の全プレイヤーに共有します。ですので、できれば全てのドローンと情報処理要員の提供をお願いします」


 こぶ茶が頷いて先を続ける。

「A小隊のリーダーはディケロのハル君にお願いしたいと思う。たぶん異存のある者はいないと思うので、各チームのドローン担当者は当日は彼女の指示に従ってほしい」

「よろしくお願いします」

 春菜が立ち上がって深々とお辞儀をする。全員がぱちぱちと拍手をした。


「次にB中隊だが、主力部隊の進路の偵察と確保を担当してもらう。いわゆる露払いの役目だ。機動力が重視されるので、バイクや軽車両の保持者を募りたい。なお、この中隊にはフォークト博士が開発した新兵器、無人偵察ロボットを配備する予定だ」

 何人かのリーダーが手を挙げて協力を申し出た。


「地味だが重要な任務なのでしっかり頼む。次はC中隊、これは機械化部隊だ。今回の作戦のメインになる。全チームからありったけの装甲車両をかき集めたい。当日参加が難しいプレイヤーにも声をかけて、車両を貸してもらえるように手配を頼む。リーダーはドグラの銀猫君にお願いする」

「承知しました」銀猫が太い声で答える。


 真田が続けて補足する。

「C中隊はさらに甲と乙の二班に分けます。まず乙班は速度の速い戦車を合計二十両ほどを別働隊として編成し、残りは全て甲班とします」

「乙班はドグラの中から電撃戦の指揮に長けた者を別派リーダーとして任命して欲しい」こぶ茶が補足する。

「了解した、うちの副リーダーのタイガーボムをあてる」銀猫が答える。


「次にD中隊だが、かなり難易度の高い任務なりそうだ。この部隊はハニー君のチームに任せたいと思っている。極秘任務なので詳細はあとで個別に説明する」


 ピンクドルフィンは、リーダーの如月ハニーがミリタリー好きの女友達数人で立ち上げたチームだ。その後人気が出て二百人ほどの大所帯になった。

 入隊規定はリアルの世界で女性であること。さらに女性らしいアバター、言動、行動が求められ、男性と判定されると即座に除名される。

 ちなみに彼女たちが参加する戦闘は視聴率が高く、いつも高額のスポンサーが付く。


「お任せ下さい、どんな困難な任務でもこなしてみせます」ハニーが立ち上がって答える。

「たのむ、品川陣営の未来がかかっていると思って頑張ってくれ」


「次にE中隊は砲撃部隊だ。野砲、自走砲などありったけの砲を提供して欲しい。なお、横須賀の山本君のチームもこの中隊に入ってもらう予定だ」

「横須賀だってよ」ざわめきが起こった。

 こぶ茶が静かにするように促して説明を続ける。


「次はF大隊だが、残りのプレイヤーは全員この部隊に入ってもらう。四ツ谷駅の正面で歩兵による前線を構築する重要任務だ。リーダーはGIジョージのサンダース君にお願いする」

「了解っす、バッチリお任せください!」


「最後に、G分隊はディケロにお願いする。四ツ谷駅への浸透作戦を任せる。恐らく一番困難な役割になるとは思うが、君たちならきっとやり遂げてくれると信じている」

「拝命いたします」ジョーが敬礼で答える。


「最後にみんな聞いてくれ」

 こぶ茶が立ち上がって集まった品川軍のリーダー達全員を見渡す。

「確かに品川は人数も少ないし装備も劣る。しかし一人一人の熱意やチームを愛する気持ちでは、他の陣営に決して負けていないと私は思っている」

 全員が黙ってこぶ茶を見つめる。


「今回の作戦はチーム間の連携が命だ。だからこの作戦では品川の特長を最大限に引き出すことができると考えている。あとはみんながいつも通り、楽しんで力を発揮してくれれば必ず勝てると信じている。だから・・・」

 メンバー達はみな目を輝かせながらこぶ茶を見つめた。


「私を信じて力を貸してくれ!」

「はい!」


 全員が立ち上がった。

「勝つぞ!」

「おーー!」

 浜離宮の閑静な庭園に品川プレイヤーたちの声がこだました。


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