18 ヒカリエヨウサイ
―――四ツ谷杯三日前 午後四時
ロキは渋谷ヒカリエビルの最上階にある会議室で窓の外を眺めていた。
東京の中心、つまり日本国の中心のビル群がジオラマのように眼下に広がっている。この会議室は四ツ谷杯の期間中は渋谷陣営の司令室として使われることになっていた。
四ツ谷杯開始まであと三日、優勝までのシナリオは彼の頭の中にはっきりと描かれ、そのための準備も順調に進んでいた。
ロキのスマートフォンの着信音が鳴る。渋谷陣営のシステム開発責任者からの電話だった。
「透過ホログラフィックシステムの最終テストが完了しました」
「分かった」
ロキは電話を切ると、机の上に置いてあった赤色のサングラスのようなゴーグルをかけて再び窓の外を見下ろした。すると先ほどとは景色が変わり、眼下に見えている建物が半透明になった。
建物の陰に隠れていた道路が見えるようになり、プレイヤーや車両が建物を透過して見えている。ロキがそのプレイヤーをタップすると赤いハンドルネームが表示される、渋谷陣営のプレイヤーだ。
仕組みはシンプルだ。複数のドローンが撮影している映像データを合成して、死角となる景色をプレイヤーの視界に重ねているだけだ。ただし、複数のドローンの映像と観測者の視界、つまりゴーグルの座標と向きを計算して三次元的に重ね合わせて一つの画像に合成しないといけないため、実際にシステム化するのはそれなりに難しい。
ロキがファームウェアのアルゴリズムとデータベース構造を設計し、渋谷陣営のシステム化チームが実際の実装を行った。
このシステムの導入により、いちいちドローン各機の映像を探して選択する必要がなくなるため目標の知覚速度が大幅に向上する。
渋谷ヒカリエは高いビルだけにそれなりに遠くまで見渡せるが、地上の死角は案外多い。建物伝いに接近される恐れは多分にある。しかしこの透過ホログラフィックシステムがあれは、ほぼリアルタイムで死角はなくなる。
ロキは四ツ谷方面と品川方面の視界を確認すると、スマートフォンで電話をかけた。
「私だ、システムは正常に稼働している。新宿方面の視界を確認したいので、ドローンを移動しろ」
「了解しました」
ロキは電話を切ると渋谷陣営のグループメッセージに書き込みを行う。
『各中隊、進捗を報告しろ』
各チームからすかさず返信が返ってくる。ロキはその一つ一つに丁寧に返信を書く。
ヒカリエ外壁中隊:『ヒカリエ要塞の外壁補強作業の進捗は、北側90%、東側85%、南側60%です』
ロキ:『東側のペースを落として南側を優先しろ』
ヒカリエ砲中隊:『ヒカリエ要塞の火砲設置状況は、八十八ミリ対戦車砲十八門、九十ミリ榴弾砲二十四門、十五センチ多連装ロケット砲四門となっています』
ロキ:『あとで砲弾の配備数も報告しろ』
実動中隊:『本日は戦車10両増で現時点で最大95両の戦車を投入可能です。その他に歩兵戦闘車6両増、兵員輸送車12両増で現時点での機械化率は38パーセントです』
ロキ:『機械化率が低すぎる、非装甲車両もかき集めろ』
生産中隊:『ドッグボムの生産状況は本日は85体増で現時点での保有数は1120体です』
ロキ:『生産数が少なすぎる、さらに3Dプリンターを追加調達して生産速度を上げろ』
浸透中隊:『浸透部隊は東京駅、高田馬場駅、大崎駅近辺に各三チームずつ潜入中です。ドッグボムは各所に合計381体が潜入中です』
ロキ:『今後、潜入チームの偵察報告を二時間おきに上げるようにしろ。ドッグボムの投入数は現状を維持しろ』
ロキのフリックスピードは恐ろしく速い。一文を一、二秒で書き込んで行く。
システム中隊:『ドローンの再配置が完了しました。なお、池袋陣営の一個大隊が新宿駅に向かって移動中です』
ロキ:『了解した。ではこれよりヒカリエ要塞のテストを実施する』
ロキはメッセージを書き終わると、電話をかける。
「ヒカリエ砲中隊、これより新宿駅方面に進出中の池袋陣営の一個大隊を攻撃する」
「了解しました」
ロキは三十四階のフロアを移動してビルの北面の部屋に入り、ゴーグルをかぶって池袋方面を偵察する。広大な新宿の街並みが眼下に見える。
北面の部屋では新宿サイドの観測小隊が、すでに敵を捕捉して動きを追跡中だった。地上のビルはホログラフィックシステムの機能により透過して見えている。ロキが双眼鏡で確認すると新宿駅の北東の方角に、池袋陣営の機械化砲兵の一団がビルの陰を移動しているのが見えた。
機械化砲兵の主力車両は自走砲とも呼ばれ、本来地面に固定して設置する大砲を車両に載せて自律的に移動可能にした車両だ。外見は装甲が施されているため戦車に似ているが、元々は砲兵なので戦車とは本来の任務が異なる。戦車が最前線でがっぷり四つの戦闘を行うのに対して、自走砲は後方から砲撃して味方の援護を行うのが主な任務である。
そのため装甲は比較的薄く、防御力は弱い。敵の射程外からの攻撃や遮蔽物を利用した戦術が主となる。
しかし、池袋の機械化砲兵部隊はホログラフィックシステムによって丸見えだった。しかもこちらはヒカリエビルの高層階からの射撃になるので、十分に射程距離範囲に収まっている。
「北東方面に進出している機械化砲兵を優先的に攻撃せよ」
ロキが新宿サイドの指揮官に指示を出す。
ヒカリエビル北面の十六階から二十階には八十八ミリ対戦車砲と九十ミリ榴弾砲が合計で二十門、各フロアに分散して設置されていた。
榴弾砲は敵歩兵や遮蔽物の建物を破壊する榴弾を発射する。これに対して対戦車砲はその名の通り、戦車などの装甲を貫通する徹甲弾を発射する。
「北面の各砲、装填完了しました」
「よし、攻撃開始」
「了解」
ロキが指示を出すと、各砲が一斉に照準を合わせ始める。
砲兵員は全員、ホログラフィックシステムの赤色のゴーグルをかけている。
「てっ!」
各フロアの指揮官の掛け声とともに、最初の砲弾が砲炎とともに発射された。反動でヒカリエビル全体がビリビリと振動した。
池袋陣営の自走砲を狙った砲弾は目標よりやや遠目に着弾した。観測員の報告を受けて照準手が即座に照準を調整する。各砲の仰俯角、左右旋回角、弾着誤差などの射撃情報はシステムがデータベースで一元管理し、リアルタイムに全射撃手に共有される。二射目は初弾とは別の対戦車砲が初弾の射撃情報を照準器にダウンロードし、照準を調節して発射された。
砲弾は初弾の誤差が修正され、池袋陣営の自走砲を直撃した。
さらに別の目標に向けて三射、四射と砲撃が続く。
全ての射撃データを全ての照準器にフィードバックできるため一発の命中率は高く、しかも撃てば撃つほど修正データが蓄積されていくため精度はどんどん上がる。
また、遮蔽物が透過しているため、建物の陰から出る目標の未来位置への予測射撃も可能だ。また、敵部隊の周辺は猛烈な爆煙に包まれたが、ドローンの赤外線映像とリンクしたホログラフィックシステムの映像で、敵車両のシルエットが爆煙を透過して見えているため弾着煙が消えるのを待つ必要もない。
池袋部隊は必死に回避行動を取るが、次第に追い詰められて行く。
撃破を免れた自走砲が果敢に反撃を試みる。アメリカ軍が開発したM109自走榴弾砲だ。百五十五ミリ砲がヒカリエ要塞に向かって火を噴く。砲弾はヒカリエの二十階付近に直撃した。ビルは地震のように揺れたが、戦車に装着される複合装甲で補強された外壁はほぼ無傷だった。
30分後、池袋陣営の自走砲中隊は撃破された半数を遺棄して撤退した。
「池袋駅前にカール自走臼砲が進出したようです」観測小隊から報告が入る。
―――自走臼砲カール
第二次世界大戦にドイツがソビエト連邦のセヴァストポリ要塞攻略のために開発した巨大な自走砲である。120トンもの巨体に口径60センチの巨砲が取り付けられている。有効射程は約6000メートルで、今回の四ツ谷杯の切り札として池袋陣営が高額課金をして購入した巨大兵器だった。本番前の試射を兼ねてヒカリエ要塞を破壊しておこうという池袋陣営の作戦である。
「分かった」
ロキは特に驚いた様子もなく、双眼鏡の倍率を最大にして池袋方面を確認する。池袋駅のビッグカメラ前に巨大な自走砲が一両、砲口をこちらに向けて停車している。
池袋陣営のカールは、既に砲弾を装填済みの状態で、ヒカリエ要塞に照準を合わせていた
ロキが指令を発する。
「ヒカリエ要塞の各員、敵臼砲の砲撃が来る。ショック体勢を取れ」
各階の砲手は一斉に持ち場を離れて建物の奥に退避した。
ロキはドローンの望遠カメラでカールを観察し続ける。
ほどなく、轟音とともに60センチ臼砲が火を吹いた。弧を描いて飛んだ砲弾はヒカリエ要塞の十七階付近を直撃した。
砲弾はビルの外壁の装甲板表面に命中して炸裂した。衝撃でビル全体が大きく揺さぶられる、何かに捕まっていないと立っていられないほどの揺れだった。しかし外壁に貼られた装甲板は砲弾のビル内部への貫通を許さず、制震構造のビルの骨格は衝撃を柔軟に吸収した。
しかし、さすがに六十センチ砲弾の爆発力は凄まじく、直撃を受けたあたりの装甲が剥がれ落ち、十七階に設置してあった野砲の固定杭が弾け飛んで二門の九十ミリ榴弾砲がビルの外に滑り落ちた。しかし、損害はそれだけだった。
臼砲は砲身が極端に太く短いので、まるで臼のような形に見えることに由来する呼び名である。
砲弾の一発の重さは二トン近いため、クレーン付きの専用の砲弾運搬車が必要になるし、一発撃つと次弾の装填に10分かかるため、運用の難しい兵器であった。
ビルの揺れが収まるとロキが指令を下す。
「よし、対砲兵戦を開始せよ。目標、池袋駅前のカール」
ビルの内部に退避していた砲兵が再び配置に着く。池袋側に配置してある全火砲が一両のカールに向けて次々に砲弾を発射する。
カールはちょうど次弾の装填作業を開始したところであったが、全く間に合わなかった。
瞬く間に二発の至近弾と三発の直撃弾を受けて無惨に大破した。
結局、この時の侵攻で池袋陣営はほとんど戦果を上げられず、大損害を出して退却した。
池袋陣営の損害はカールを含む自走砲15、戦車2、トラック13、歩兵50人、これに対して渋谷陣営の損害は歩兵4人と榴弾砲二門のみであった。




