17 トウキョウ02
チエとチナツは再び左右に分かれてムサシに迫る。ムサシはチエに向かって踏み出して剣を振り上げる、チエは軽くスエーバックしてそれをかわす。ムサシの後ろに回ったチナツが距離を詰めてパンチを繰り出してくる。ムサシはそれを左手で受け止め、剣の柄で彼女の側頭部を殴りつけるが、あっさりとかわされる。間髪を入れず後ろからチエの回し蹴りが飛んでくる、ムサシは体を低くしてかろうじてその蹴りをかわす。
ムサシはこれまで剣で銃に勝つために接近戦を挑んで勝利してきた。しかし今は逆に格闘術の『超』接近戦に苦しめられていた。ムサシの剣が機能する間合いを取らせてもらえなかった。
チエとチナツの攻撃は確かに人並み外れたスピードだったが、目でとらえられないことはなかった。スピードだけなら恐らくムサシの剣の方が速いだろう。しかし間髪を入れない連続攻撃に、ムサシは息が上がり始めていた。
『このままではやられる・・・』
再度チナツが間合いを詰めてくる。剣はかわされ、ムサシは左手でパンチを受け止める。同時に柄による殴打を放つがそれをかわされる。
このパターンは何度目だろうか、振り向くとそこにチエの回し蹴り。
「あっ!」
チエの蹴りはさっきよりも近かった。
「やられる・・・」
ムサシは顔面への蹴りを覚悟して歯を食いしばった。
しかし・・・蹴りは空中で停止していた。
あの時と同じだった。
周囲の時間が止まっている。
ムサシは全身の力を込めて上体をそらす体勢を取る。その動作と並行で左下に構えた剣を振り上げる。回避と攻撃、二つの動作を同時に行った。
次の瞬間、時間が動き出した。
ムサシの上体は後ろに大きくそらされ、チエの蹴りはムサシのアゴをかすって空振りした。ほぼ同時に左下から振り上げていた剣の切っ先は、チエの喉元の薄皮で止まった。
「参りました」
チナツが言いながらペコんと頭を下げる。
ムサシはチエの喉に突きつけた剣を下げる。
「私たちの負けです」チエも頭を下げる。
ムサシは呼吸を整えて刀を鞘に収めた。
「終わったのか」
真田はホームのベンチでハニーの肩を支えながらつぶやく。ハニーは少し回復した様子だったが、まだみぞおちのあたりを痛そうに抑えている。
真田は立ち上がり、チエとチナツに歩み寄る。
「ご相談をお伺いします、なんなりとおっしゃって下さい」
チナツが召使のように腰を低くしながら言う。先ほどの激しい攻撃が嘘のような人懐っこい表情だった。
「ではお願いします。来週の日曜日なのですが、山手線を少し早めの時間に発射させ、さらに品川駅と渋谷駅に停車させて欲しいのですが、可能でしょうか」
「停車ですか?」
「はい、それぞれ一分ずつで構いません」
「それはできません」
「え? 戦闘に勝ったら何でもお願いを聞いてもらえるのでは?」
「いえ、私たちもできるお願いとできないお願いがありますので」
「そんな」
「私たちは乗務行路表とは異なる運行はできません」
その時、アキラが近寄ってきて言う。
「じゃあ、こちらが指定する運行予定を乗務行路表の様式で依頼すればいいんだな」
「はい、ちゃんと乗務行路表さえ頂ければ」
アキラは細かい数字が書かれた表が印刷され紙を真田に手渡す。
「なるほど」真田はアキラの顔を見返す。
アキラは真田の目を見ながら小さく頷く、真田も頷き返す。
「これでお願いできますか? 四ツ谷杯当日の臨時差し替え版です」
真田はアキラから手渡された紙をチナツに見せる。チナツとチエは渡された紙を仲良く覗き込んで答えた。
「承知しました、来週の日曜日はこちらの乗務行路表に従って運行させて頂きます」
真田は小さくガッツポーズを取った。ムサシがハイタッチを求めてくる。
真田がハニーの方を見ると、彼女も嬉しそうににっこりと微笑んだ。
チエとチナツは二人並んで言う。
「今日はとても楽しかったです。またお願い事があったらいつでもいらしてくださいね」
三人は顔を見合わせて、首を横に振りながら苦笑いを浮かべた。




