15 ユウラクチョウ01
―――四ツ谷杯 一週間前 午後十二時半
BAPの上野陣営はJR上野駅を本拠地としており、隣り合う池袋陣営、品川陣営との間で激しく勢力を争っていた。
上野軍は西方面軍と中央方面軍、さらに南方面軍の三つの管区にグループ分けされており、それぞれが独立した権限で攻撃と防衛を行っていた。
西方面軍は主に池袋陣営に相対し、山手線の池袋駅との中間駅である駒込駅の『入り口』を取ったり取られたりしており、ほぼ互角の力関係だった。
これに対して南方面軍は主に品川陣営の相手をし、上野駅と品川駅との中間である東京駅に加えもう一駅南の有楽町駅あたりが両陣営の境界であり、品川軍に対しては常に優勢であった。
上野陣営の特徴はその戦車の数と質にある。
戦車好きが戦車好きを呼んで、いつのまにか多くの戦車保有プレイヤーが集まっていた。戦車は旧式の安いものでも数万、高いものは数百万円の課金が必要で購入のハードルは高かったが、その総数は上野陣営全体で四百から五百両にも登ると言われていた。
南方面軍の軍団長はハンドルネームをネコワサビと名乗っていた。愛車はアメリカ軍のM1A2エイブラムス主力戦車だ。彼女と別れた時に、結婚資金として貯めておいた貯金を全て投入して購入した。
エイブラムスは世界中のBAP内で最高級の戦車であり、日本人で所有しているプレイヤーは数名しかいなかった。砲弾も高価で、最新式のAPFSDS弾は一発一万円ほどかかるため、フルで搭載すると四十万円の課金が必要になる。
ネコワサビは有楽町駅の北ガード付近に常に100両前後の戦車を展開していた。品川方面からの砲撃に備えてビルの陰に配置している。支援の歩兵は五個小隊ほどが周囲の警戒に当たっていた。
ネコワサビはこの日も品川軍の攻撃を予想していた。一ヶ月前に有楽町駅を完全に確保して以来、週末になると決まって散発的な攻撃を受けていたからだ。
防御体制はほぼ固まっていた。品川軍の攻撃は、JR線沿いの細い道をまっすぐ有楽町駅に進軍してくるルートか、日比谷通り沿いに迂回して有楽町駅の包囲を目指すルートの二パターンしかなかったので、有楽町駅の北ガード付近に戦車を集結させておけばそのどちらにも対応できた。
しかも品川軍の戦力は、はっきり言って貧弱だった。戦車は多い時でせいぜい30両、歩兵はそれなりに多かったが馬鹿の一つ覚えでまっすぐ突撃してくるだけだったので、戦車砲の一斉射撃と機銃掃射で簡単に撃退できた。戦車も主に第二次世界大戦の旧式タイプがほとんどで、より高性能な戦車を数多く揃えた上野陣営の敵ではなかった。
この日は午前中に日比谷公園周辺に小部隊の動きがあった他は至って静かだった。ネコワサビの第一戦車中隊は有楽町駅寄りの歩道で待機中で、メンバーは車外に出て来週の四ツ谷杯の作戦の打ち合わせをしている最中だった。
有楽町駅前のビッグカメラに面した交差点に待機している第二戦車中隊はのんびりムードで、戦車兵たちはハッチから上半身を乗り出したり、車外に出て立ち話をしたりしてくつろいでいる。
その時、一羽のツバメが上空を通過した。さらに続けて一羽、また一羽と交差するように交差点の上を飛び交って行く。一人の兵士が気づいて空を見上げたその時、爆発音が響いた。
「敵襲!」
誰かが叫んだ。皇居寄りの一番端に停めてあった戦車が一両、被弾して炎上していた。
「砲撃か?」
「そのようですね、一両やられたようです」
「偵察班、報告を入れろ」
ネコワサビは慌てることなく喉に当てたスロートマイクで指示を出す。
「こちら南ガード班、敵影ありません」
「こちら日比谷交差点班、日比谷公園内に発射煙を確認、グレネード弾のようです」
「攻撃規模は?」
「不明ですが、おそらく分隊規模だと思われます」
「分隊だと? ふん、ゴミどもが」
「第二射来ます!」
数秒後、数カ所で爆発が起こる。今度はビッグカメラの角に停めてあった一両が炎上した。
「うっとおしい、射撃位置を特定して上野の砲兵隊に連絡しろ」
「了解」
三射目が爆発し、さらに一両が炎上する。
ネコワサビはエイブラムスに乗車すると指令を出した。
「全車、エンジンをかけてその場で待機」
炎上した3両を除いた67両が一斉にエンジンをスタートさせた。あたりに地響きのようなエンジン音が響き渡る。
四射目が着弾した、また一両の戦車が爆発した。
「くそっ、たかがグレネード弾でどうしたらこんなにマグレ当たりが続くんだ、砲兵隊はまだか?」
「今、敵座標を連携しました。日比谷公園内の野外音楽堂のあたりです!」
「ゴキブリどもめ、粉々になりやがれ!」
ネコワサビは引きつった笑いを浮かべながら吐き捨てるように言った。




