14 Dr.フォークト02
『ケンちゃん、ご飯ができました』
竹上健斗がスマホを確認すると、母親からメッセージが来ていた。健斗はBAPからログアウトして頭からVR端末を外した。
―――竹上健斗、十三歳
BAP世界でのハンドルネームは『ドクターフォークト』、チームディケロのメンバーだ。
BAPは戦争をテーマにしたオンラインシューティングゲームだが、彼は戦闘には全く興味が無かった。
その極端にリアルな現実世界のシミュレート機能を、自分の知能を試すシミュレーターとして楽しんでいた。
彼はいわゆる天才だった。小学校に入った頃から急速に頭角を現し、二年生になる頃には既に高校生レベルの知識を身につけていた。特に物理学の理解度は驚異的で、小学校の高学年に上がる頃には学会に論文を発表するレベルにまで達していた。
健斗は自分の部屋を出てダイニングに移動する。キッチンには母親がいた。健斗の姿を見ると「ちょっとまってて」と言ってフライパンに火を付け、ご飯と味噌汁をよそう。今日のメニューは健斗の大好物のハンバーグとオムレツだった。
「いただきます」
健斗が両手を合わせて食べ始めると、母は彼の向かい側に座る。
「お母さん、おいしい!」健斗が母親に微笑む。
「そう? 良かった。たくさん召し上がれ」
初めは単に成績の良い子供だと思って両親も無邪気に喜んでいたのだが、そのうちどうも様子がおかしいことに気付き始めた。百人一首を半日で完璧に暗記したくらいまではまだ可愛かったが、ローマ帝国がその後のヨーロッパ史に与えた影響について突然語り始めたり、刑法の条文を諳んじていたり、さらには量子力学の微分方程式をおぼろげに理解していると分かった時点で父親は児童相談所に電話をかけた。
なんとか小学校は最後まで通ったが、中学は入学式の後に一週間通った後、授業には一日も出席していない。家では食事の時間以外は一日中部屋にこもってゲームかネットサーフィンをやっている。
両親も学校側も登校させることは諦めていて、担任からは期末試験の日だけ登校するように言われていた。それでも試験はすべて満点で成績はダントツのトップだった。
ある日、父親がパソコンで株や為替取引をするのを見て、健斗は見よう見まねで自動売買のプログラムを組んだ。父は面白半分にそのプログラムをセットしておいたのだが、ある日、口座の残高を確認したところ百万円単位で利益が出ていて腰を抜かした。健斗が組んだ自動売買のプログラムが勝手に取引を行い、いつの間にか利益が上がっていたのである。
健斗は研究資金が必要と主張して利益の全額を要求したが、子供にそんな大金を与えるわけにはいかない。とりあえず十万円だけ渡し、あとは彼の将来のために定期預金を作ることになった。
「ごちそうさま、お母さんいつも美味しいご飯をありがとう」
見た目はその辺によくいる普通の中学生だった。
母親は少し寂しそうに健斗に微笑んだ。
健斗は食事を終えると部屋に戻り、パソコンからネットに接続して最新の学術論文を検索して読み始める。
一本目の論文を読み終わると次の最新論文を読み、続けて三本、四本と読み進める。ちなみに全て英文だ。
周囲は彼のことを『天才』だと褒め讃える。しかし彼の本当の凄さは、これだけの知識を備えていながら、自分はまだ全く不完全だと考えるそのストイックさにあった。
『人生は短い』
十三歳にして、健斗の心の中心にはこの言葉が柱のようにどっしりと立っている。この短い人生の間に自分はどこまで行けるのか、死ぬまでにどんな世界を見ることができるのか、そう考えると居ても立っても居られない気持ちになるのだった。そのために、人の何倍もの努力を彼は惜しまない。
この日の健斗は結局、生物学と哲学の分野の最新論文を合わせて十本ほど読んだ。新しい発見はきちんとノートに整理した。
時刻は深夜になっていた。
健斗は再びBAPにログインした。お台場の自分の自宅兼研究室に出現してドクターフォークトのアバターになり、地下の駐車場に移動する。
駐車場には所狭しと何かの部品や資材や機材が置かれている。その一角に、大小十台ほどの3Dプリンターが置かれており、何やら部品らしきものをまさにプリント中だった。
健斗はそのうちのプリントが完了している一台に歩み寄ると、人間の身長ほどもありそうな巨大なトゲのような細長い部品を持ち上げて台車に乗せて運び、トラックに積み込む。
トラックの荷台にはすでに製造済みの巨大な部品がいくつか積まれている。健斗はそのトラックを運転して出口から地上に出た。
見上げると夜空に星がまたたいている。
健斗はトラックを運転してダイバーシティの建物をぐるりと回り、研究所の表側に出た。建物の前の広場には巨大な等身大ガンダムの像が置かれている。周囲に設置されたライトに照らされて、白い巨体が闇夜にそびえ立っている。
像の周囲には囲うように足場が組まれており、すぐ横には巨大なクレーンが設置されている。健斗はトラックをクレーンに横付けにして停めると運転席から降りてトラックの荷台に登る。タブレットを取り出してアプリを操作するとクレーンが動き出した。
クレーンのアームをトラックの荷台に下ろし、荷台に積んである部品をクレーンのフックに固定する。再びタブレットでクレーンを操作して持ち上げた。
次にトラックの荷台から足場に飛び移り、部品を持ち上げたところまで登り、特殊な接着剤を塗ってその部品を像の腰のあたりにはめ込む。
これを繰り返して、健斗は次々とガンダムに大型の部品を取り付けていった。
最後に像の頭の付近まで登ると、先ほど駐車場から運んだ巨大なトゲのような部品を頭に取り付けた。
トゲはガンダムのツノだった。健斗は足場を伝って地上に降りると、満足そうにガンダムを見上げた。
時刻は明け方近くなっていた。東の空が薄ぼんやりと明るくなっている。
「よし!」
健斗は一つガッツポーズを取るとタブレットを操作し始める。途中から後ずさりをして像と距離を取りながら操作を続ける。十分な距離を取ると大声で叫んだ。
「ガンダムぅ、出撃だぁーーーーー!」
健斗は叫びながらタブレットを力強くタップする。するとガンダムの像がその巨大な右足をゆっくりと持ち上げ、前に一歩踏み出した。
地響きがして地震のように地面が震える。
「いけぇ、僕のガンダム行けぇーーー!」
健斗は叫びながら夢中でタブレットを連打する。ガンダムは今度は反対の足を前に出した。再び地面が震える。
「やったぞ! やったぞ、僕はやったんだ! ガンダムを作ったんだーーー!」
健斗は両手を上げて何度も何度もジャンプしながら叫んだ。
ガンダムがさらに一歩を踏み出そうとした時、そびえ立つ上半身が微妙に傾いた。上げた右足はまっすぐ前には行かず、ずいぶんと左足に近い斜め方向にクロスする形で踏み出された。
巨大な上体が大きく右に傾く。そのままゆっくりと傾きを増していく。そしてついに完全に体勢が崩れ、最後は大音響とともに地面に倒れた。
辺りのアスファルトが砕け散って飛散した。健斗の額にも拳大の石が当たった。
「うわっ!」
健斗は思わず目をつぶって頭を抱えてその場にしゃがみこむ。タブレットははずみでどこかに投げ出してしまっていた。
健斗が顔を上げると、先程まで立派にそびえ立っていたガンダムが無残に地面に横たわっていた。
「ああ、ああ、僕のガンダムが・・・」
ドクターフォークトの眼鏡は割れ、額からは血が流れている。
「ちくしょう、ちくしょう、やってやるぞ、何度でもやってやる!」
健斗はポロポロと涙を流して泣いていた。
夜はすっかり明けていた、金色の朝日の中で健斗は大声を上げて泣き続けた。
先ほど健斗が取り付けたガンダムのツノが根元からポッキリと折れて、彼の足元に転がり、きらきらと朝日を反射していた。




