14 Dr.フォークト01
―――四ツ谷杯二週間前 午後三時
フォークト博士のBAP内の自宅はお台場にある。等身大ガンダムの巨大な像が目印だ。
彼はダイバーシティの建物の一角を買い取って自分の研究施設として使っていた。
フォークト博士はボサボサの白髪頭に丸メガネ、ヨレヨレの白衣に汚いサンダルというまさに『ザ・マッドサイエンティスト』という出で立ちのアバターだった。本当に硏究以外には全く興味がない、素朴でどこか子供のようなあどけない顔立ちをしている。どういう趣味でこういうアバターのチョイスになるのか、誰も理解できないでいた。
彼はチームディケロの創設メンバーの一人ということだったが戦闘にはまったく出たことがなく、一人自宅の研究所にこもって何やら怪しげな機械を作っている。
ちなみにディケロメンバーが使用しているツバメ型のドローンも彼の作だ。
「爆弾犬? なんだそりゃ」
フォークトは作業台に向かって何やら作業をしながらめんどくさそうに答える。
真田とジョーと春菜の三人は黒焦げこぶ茶の依頼を受けて、四ツ谷杯の切り札の開発状況と爆弾犬の調査結果を確認しにフォークトの研究所に来ていた。
「こぶ茶さんから調査の依頼が来ているはずなのだが」
ジョーが困り顔で聞く。
「知らんぞ、そんな依頼」
フォークトは作業に熱中していて取りつく島もない。
「お忙しいのにほんと、ごめんなさい。でも今わたしたちとても困っていて、この映像見てもらえませんか、ドクターフォークト」
春菜が両手を合わせて頼み込む。
「仕方ないな、ちょっとだけだぞ」
フォークトはとにかくぶっきらぼうな対応だったが、なんとなく春菜には心を許しているような素振りだった。
春菜はタブレットで、真田が初めてBAPにログインした際に爆弾犬に遭遇した時のドローンカメラの映像を見せた。フォークトは興味なさそうに横目で映像を見ていたが、爆発の瞬間に「止めろ」と叫んだ。
そのまま、静止した映像を拡大して何やらブツブツ呟いていたが、突然手を叩いて言った。
「こりゃ、犬爆弾だな」
全員がガクッとずっこける。
「ええ、それはなんとなく分かります(言われなくても)」
「かなり強力で戦車の下に潜って爆破すれば一発で撃破だな。あと、歩兵だったら十人くらい軽く吹っ飛ばせる」
「何か対策は無いでしょうか」真田が尋ねる。
「難しいだろうな。まあ、見かけたらとりあえず逃げるんだな」
「なるほど、ではとにかく犬に近づかなければ良いんですね」
ジョーが応えるとフォークトはイライラしながら言う。
「お前らはほんとにアホだな、もしかして普通の犬を見かけても逃げるのか? え?」
「いえ、ですから普通の犬と爆弾の犬の見分け方が分からなく困っているわけで、何か見分けるコツみたいなものがあるのでしょうか」
「ふん、アホの相手は本当に疲れるわ。仕方ないちょっと待ってろ」
そう言ってフォークトは奥の倉庫に入って行った。
二十分ほど待たされたが、フォークトは倉庫に入ったままだった。真田がのぞき込んで声をかける。
「あのう」
フォークトはこちらに背中を向けて何やらゴソゴソ作業をしている。どうも何かを作っているらしい。真田は肩をすくめて実験室に戻った。
「いつもこんな感じなのか?」
「まあ、そうですね」
春菜が苦笑いしながら答える。
「でも悪い人じゃないんです、とっても頼りになるし」
さらに十分待たされた後、やっとフォークトは倉庫から出てきた。手に何やらスキーのゴーグルのような物を持っている。レンズの縁が緑色で顔に当てるクッション部分はピンク色だった。中央部分から上に向かって昆虫の触角のようなものが二本生えている。
「これをかけてみろ」
フォークトは手に持ったゴーグルを春菜に渡した。春菜がゴーグルをかける。
「どうだ?」
「うーん、特に何も変化は無いみたいです」
「アホ、当たり前だろ。犬爆弾を見分けるメガネなんだから、この研究室で見つかったら怖いわ。かけ心地だよ、か・け・ご・こ・ち、何のために時間かけてクッションの調整をしたと思ってるんだ」
「クッション? え、ああ、だいじょうぶみたいです、かけごこち。ぴったりフィットする気がします」
春菜の反応が薄いので、フォークトは少し残念そうだった。全員がどこから突っ込みを入れて良いのか悪いのか、苦笑しながらその変な色のゴーグルを見つめていた。誰が使い方を聞くか目配せをしながら譲り合っている。
春菜が無謀気味に口を開く。
「この触覚みたいに生えてるのはアンテナか何かですか?」真田とジョーはそこじゃない!と心の中で突っ込む。
「いや、それはただの飾りだ。昆虫みたいでかっこいいだろ」
「たしかにかっこいいかも。それにしてもあんな短時間で発見器を作っちゃうなんてドクターはほんとすごいですね!」
真田とジョーは再びそこじゃない!と心の中で突っ込んだが、春菜の一言でフォークトの機嫌が直ったようだった、饒舌に話し始める。
「ふん、こんなものは子供のオモチャだよ。俺にとってはルービックキューブを六面そろえるのと同じくらい簡単なもんさ。ああ、ちなみにさっきの犬爆弾、普通のNPCじゃなくて人工のロボットな。どっかの陣営が兵器として作ったものだろう。爆発の瞬間、小型のカメラと通信機が吹っ飛ぶのが写っていた」
「えっ? そうなんですか? 自然現象じゃないんですか?」
「当たり前だろう、自然に爆発する犬がいてたまるか」
「ちなみにどこの陣営のものか分かりますか?」真田が興味深そうに尋ねる。
「昔、渋谷の偵察ロボを捕獲して解剖した時に使われていた通信機に似ているな、アンテナの形が独特だったから覚えている」
「そうですか、貴重な情報をありがとうございます」
「ああ、そう言えばこの前ヒマな時に作った別のオモチャがあるからあげるよ」
フォークトはまた倉庫に入って行った。しかし今度はすぐに戻ってきた。手には黒い全身タイツのような服を持っている。
「なんですか、これは」
フォークトに手渡され、春菜が物珍しそうに持ち上げて眺める。
「これはな・・・電磁メタマテリアルスーツだっ!!」
そう言ってフォークトは得意そうに胸を張った。彼以外の全員がポカンと口を開けてそのナントカスーツと呼ばれたタイツを見つめる。
「アホなお前らのために一行で説明するとだな・・・これを着ると、透明になれる」
「はいっ?」
三人が同時に目を丸くする。
「この前カリフォルニア大の奴らが未完成の電磁マテリアルの論文を発表しやがったから、俺が最後まで完成させてやった、ざまあみろだ。ちなみに効果は三百秒だけで、一回使うと壊れる。だがここまで作ってやればあとは放っておいても世の中のボンクラ研究者どもが完成させるだろう。俺は忙しいからもっと他の高度な・・・」
フォークトは延々と話し続た。真田たちは全く口を挟むことができず、苦笑しながら彼の話を聞き続け、とうとう最後までゴーグルとタイツの具体的な使い方と、四ツ谷杯の『切り札』の無人偵察ロボットの話を聞きそびれてしまった。
ちなみにその後、犬爆弾検知ゴーグルの使い方は、GIジョージのメンバーの献身的な試行錯誤(3名が殉死した)の結果、『ゴーグルを通して犬爆弾を見ると赤く光る』ということが判明した。




