12 ロキ
―――四ツ谷杯二週間前 午前十時
渋谷駅前にそびえ立つ渋谷ヒカリエビルの最上階に、渋谷陣営の主要なメンバーが集合していた。
渋谷ヒカリエは2012年にオープンした高層複合ビルで、地上三十四階、地下四階の巨大な建造物だ。BAPの世界でもそれは忠実に再現されていた。
ヒカリエビルの最上階はオフィスエリアになっており、東側に大きな会議室がある。そこで、二週間後に開かれるイベント『四ツ谷杯』の作戦会議が開かれていた。
集まっているのは渋谷陣営の各チームのリーダー及び副リーダーなどで、およそ五十人はいるだろうか。
渋谷陣営はBAP東京園で最大の陣営である。
BAPのサービスが始まった当初からプレイしているプレイヤーが多く在籍し、スキルの高い古参兵が多い。その中でも最も古く人数も多いのがチーム『ジークフリード』だ。リーダーはムスタング・ガイ、チームの参謀役はロキ・タチバナだった。
ムスタングは優しそうな顔に似合わない大柄な男性で、短髪に迷彩柄のジャケットを着た軍人のアバターだ。渋谷最大のチームということで、彼がこの日の会議のまとめ役を行なっていた。
参謀のロキは、少し形容しがたいアバターだった。
一言で言うと人型のトカゲだ。いわゆる『リザードマン』という怪物だった。
BAPの世界では自由にアバターをカスタマイズできるのだが、VR端末のスキャナー機能で読み取った顔データがアバターの基本骨格として使用されるため、あまり極端なカスタマイズはできない仕様になっていた。
そのため、彼のようなトカゲ顔は通常は作ることができない。
しかし、プレイヤーを千人キルする毎に運営からスペシャルアバターがもらえる。その際、何種類かの選択肢の中から、一つだけ選んで使用できるようになるのだ。
リザードマンのアバターは彼がその特典で獲得したものだった。
ロキの個人プロフィールにキル数は『2949人』と表示されるので、彼は少なくとも二つのスペシャルアバターを持っていることになる。
ムスタングは集まったチームリーダーの面々を見渡して不機嫌そうに発言する。
「では次に、ドッグボムの試験運用の結果を報告してくれ」
「はい」白衣姿のアバターの男が立ち上がって発言する。
「各敵陣営に五体ずつのドッグボムを放ち、約一週間かけて試験運用を行ました。その結果、敵戦車6両、歩兵戦闘車3両、火砲4門、歩兵38人の撃破を確認しました」
会議室のメンバーがざわついた。
「静かに!」
ムスタングが不機嫌そうに全員を黙らせる。
ムスタングの横の席には、リザードマンのロキが目をつぶって腕組みをしながら黙って座っている。
「ご苦労、では次にドッグボムの生産ラインの確保状況について報告してくれ」
今度は別の白衣アバターの男が立ち上がって発言する。
「3Dプリンタ保持者、及び購入予定者の協力を募集したところ、百四十二名のプレイヤーから協力する旨の回答が得られました。この人数で四ツ谷杯までの二週間で生産できるドッグボムはおよそ千二百体ほどと予想されます」
再びどよめきが起こった。
ムスタングは眉間にしわを寄せた不機嫌顔のままさらに続ける。
「では採決に移る。ドッグボムの使用に賛成のチーム、手を上げてくれ」
全てのチームが一斉に手を上げた。それを見たムスタングは口の中で小さく舌打ちをする。
横を見るとロキが当然という顔で目を閉じている。採決の結果は見るまでも無いという表情だ。
「では、次回の四ツ谷杯ではドッグボムを使用することに決定する。作戦名は・・・」
「シンプレクティック作戦」
それまで無言だったロキが突然ムスタングの言葉を遮ぎるように発言する。低くしわがれた声だった。ムスタングは眉間に皺を寄せて再度舌打ちをした。
ドッグボムはロキが考案した遠隔操作可能な犬型の自爆アンドロイドである。アイデアはロキが出し、実際の開発は渋谷陣営の開発職のプレイヤーが行った。
渋谷陣営ではもともと犬型の偵察ロボットを使用していた。空中を飛行するドローンとのデータリンクによって戦場を三次元的に偵察するシステムを開発した。その犬型ロボットに爆薬を搭載するだけなので、ドッグボムの開発はごく短期間で行うことができたのだった。
しかしムスタングはこのドッグボムを使うことにあまり気乗りがしなかった。現実の世界で犬が好きだったのでゲームとは言え残酷な気がしたし、何より勝つために手段を選ばないロキの考え方が気に入らなかったのだ。小細工を使わず正々堂々と戦って勝つ、それが彼のポリシーだったからだ。
「他に議題はあるか? 無ければ・・・」
ムスタングが閉会しようとすると、ロキが立ち上がって発言した。
「新たな作戦方針を三つ提案したい」
ロキの実力は陣営内に知れ渡っていたので、出席メンバーは期待の表情でロキを見つめる。ロキはリザードマンの吊り上がった目でメンバーを見渡しながら続ける。
「まず一点目は浸透部隊の編成だ。少人数の特殊部隊を編成しイベント開始前に敵陣営深くに侵入させ敵後方の偵察と撹乱を行わせる。具体的には、敵の配置に応じてドッグボムの誘導を行い、チャンスがあれば積極的に起爆を行うことで敵兵力の斬減を主目的とする。また可能ならば、敵陣営の主要な入り口をドッグボムの起爆により封鎖することを副目的とする」
「なるほど」リーダーたちが感心した声を上げる。
潜入部隊は渋谷陣営が好んで使用する作戦だが、隠密性が重要なため、射撃や爆弾の設置などの直接的な行動を起こすとで敵に発見される可能性が高まる。また持参できる装備には重量や大きさの制約があるため、破壊活動の効果には自ずと限界が生じる。しかしドッグボムを使った破壊工作ならばその両方の制約が解消される。
ムスタングはロキのことを疎ましく思ってはいたが、こういった作戦立案の能力には一目置いていた。現実世界の軍隊の戦術にも詳しく、また首都圏の建物や地形にも精通している。豊富な知識の中から適切な情報を選択して最適な提案を行う、まさに優秀な作戦参謀だった。
「浸透部隊の人数や装備などのスペックは追って周知することにする」
ムスタングがロキの後を引き継いで補足する。
「次に二点目はヒカリエビルの要塞化計画だ。ビルの中高層階に野砲、及び対戦車砲を配置して、建物内に重砲による砲撃陣地を構築する。透過ホログラフィックシステムとの組み合わせでビルから直接射撃を行い、広範囲に敵の行動を制約する。同時にビル外壁に装甲板を取り付け、敵の攻撃からの防御力を向上させる」
「アイディアは良いと思うが、何トンもある大砲や装甲板をビルに持ち上げる方法は考えてあるんだろうな」
ムスタングが指摘するとロキが即答する。
「砲をパーツに分解しエレベーターで運んで各フロアで組み立てを行えば容易です。砲身などエレベーターに入らない大型パーツは3Dプリンターと材料をエレベーターで運んで製造すれば可能です」
「なるほど」
感心のどよめきが起こる。
「ちなみにビルの骨格が耐えられる重量の最大値、およひ射撃時の振動に耐えられる耐震度も計算済みです。他に質問は?」
ロキがメンバーを見渡す、しかし誰も発言しなかった。
「では三点目だ。四ツ谷杯の開催期間中はチーム単位の行動を禁止して、現実世界の軍隊組織を模した編成を組むこととする。各チームのプレイヤーはジークフリードの作戦本部が決めた編成と命令に従ってもらう」
この提案には各チームのリーダーは戸惑いの声を上げた。
BAPは戦争をテーマとはしていたがあくまでゲームであるから、基本的にプレイヤー間に上下の区別は無くみな平等であり、個人が自分の意思で自由に行動できる。そのため軍隊組織のような厳格な命令系統に抵抗を持つプレイヤーも多いはずだった。
各チームのリーダーは難しい顔で考え込んだ。
「各チームともメンバーの説得は難しいと思うが、陣営の勝利を優先するか個人の意思を尊重するか、チームに戻って話し合ってくれ」ムスタングが発言すると、チームリーダーたちは頷いた。
「各作戦の詳細は別途周知する。次回のリーダー会議はイベント前日の二十時とする。では解散」
渋谷陣営のリーダーたちは次々に退室して行った。
「そこまでして勝利にこだわりたいか」
会議室にはムスタングとロキの二人が残っていた。
「ええ、勝つためなら私はどんなことでもするつもりです」
ロキが表情を変えずに答える。
「そんな勝利は虚しいと思うがね」ムスタングは憮然として言った。
「虚しくない戦争があったら教えて頂きたいものです」
ロキはそう言うとさっさと帰宅モードを選んだ。
ロキのリザードマンのアバターが音もなくかき消える、後にはムスタングが一人残された。
ムスタングは寂しそうに遠い目をすると一人、会議室を後にした。




