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11 ナミ

 藤崎奈々美は朝からまじめにオフィスで仕事をしていた。

 伝票をちょうど五百枚パソコンに入力したところで終業のチャイムが鳴る。入力済み伝票を『済』の箱に置いてパソコンの電源を落とし、帰り支度をしてタイムカードを押した。


「お先に失礼します」

 消え入りそうな小声であいさつをする。

 眼鏡越しの上目遣いで同僚を見るといつもどおり誰も反応していない。

 奈々美はそのまま会社を後にした。


 今日も誰とも一言も会話をしなかった。

 今の部署に配属になって半年になるが、もともと内向的な性格ということもあり、同僚との交流はほとんど無かった。

 ちなみにその日は奈々美の二十四歳の誕生日だった。帰りに高島屋の地下食で二千円のショートケーキを買う。


 自宅のアパートに帰るとまず服を全部脱いで全裸になり、冷蔵庫から牛乳を出してコップに注ぎ電子レンジで温める。ニンニクをナイフでスライスしてオリーブオイルを引いたフライパンに入れ、次に生米を半合加えてパエリアを作り始める。冷蔵庫からヨーグルトとスパイスに漬け込んでおいたタンドリーチキンを取り出してオーブンにセットする。


 サラダ用にジャガイモの皮をむいて切り、鍋にかけ茹で始める。温めた牛乳のコップを片手にリビングに行き、ソファに座ってテレビをつける。牛乳のカップを両手で包み込むようにして飲む、牛乳の湯気でメガネが曇る。カップをテーブルに置き、右足の裏のツボをゆっくりとマッサージする。右足が終わったら左足をマッサージする。


 キッチンに戻りパエリアとサラダを仕上げてから焼き上がったタンドリーチキンを皿に盛り、ダイニングに運び、食卓に座って食事を始める。

 食べ終わった後、食器を洗い丁寧に拭いてから食器棚にしまう。コーヒーをいれ、帰りに買ったケーキを冷蔵庫から取り出してダイニングに運ぶ。ケーキにロウソクを丁寧に二十四本立てて火をつけ、部屋の灯りを消す。


 揺らめく炎の光に奈々美の豊満な乳房が照らされ乳首がくっきりと浮かび上がる。ロウソクの火を一息で吹き消して、部屋の灯りをつけ、包丁でケーキを切って食べる。残ったケーキはきちんとラップをして冷蔵庫にしまう。


 窓を開けて裸のままベランダに出て大きく伸びをし、そのまま夜風を肌に受けて開放感を首と肩と下腹に感じながら夜景を眺める。この日は新月で香織の白い裸体が濃い闇に薄ぼんやりと浮かび上がる。

 しばらくくつろいでから部屋に戻り、ノートパソコンの電源を入れBAPにログインする。眼鏡を外して机に置き、VR端末を頭に被った。


 奈々美は、BAPの世界では『ナミ』というハンドルネームでりんかい線の品川シーサイド駅に自宅を借りていた。ログインするとまずはアバターの服を選ぶ。今日は黒のガーターベルトに膝上までのストッキング、濃緑色のTバックにシースルーのブラという出で立ちだった。靴はごつい黒のミリタリーブーツを履く。


 クローゼットを開けるとズラリと機関銃が並んでいる。およそ二十丁はあるだろうか、軽機関銃、サブマシンガン、重機関銃まで各種取り揃っている。奈々美はそのなかのイスラエル製IMIネゲヴ軽機関銃を手に取り、弾帯をグルグルと体に巻きつけた。


 部屋を出て地下の駐車場に行き、黒のカワサキNinja400にまたがる。キーを指してセルを回すと軽快なエンジン音が響く。バイクの横に斜めに取り付けてあるホルスターに機関銃を差し、大きくアクセルを吹かして急発進した。


 夜の街並みに奈々美のバイクのエンジン音が響き渡る。京浜急行の北品川駅の踏切を越えて山手線環内に入り、品川駅の高輪口に出る。

 その日の品川駅は品川陣営のプレイヤーでごった返していた。奈々美は駅前の歩道にバイクを乗り上げ、紀伊国屋の前に横付けにした。


「よう! ナミ、来たかー」

 一人のプレイヤーが奈々美に声をかける。

「なんだ? 今日は、やけに人が多いな」奈々美はヘルメットを脱ぎながらぶっきらぼうに言う。

「五反田が渋谷に攻められてるんだよ、さっき目黒駅との間の陸橋が取られて大量に敵が入り込んで来てる。今、五反田駅前に防衛陣地を張ってるんだけど、ちょい危ないかな」


「ふうん、じゃあ、いっちょ助けに行ってやるか」

「たのむわ、今、ドグラが招集かけてるんだけど、間に合うかどうか」

「オッス、任せとけ!」

 奈々美は再びバイクにまたがる、その場で豪快にアクセルターンをすると急発進して五反田に向かった。


 猛スピードで走り、およそ五分ほどで五反田駅に着く。駅の東口は品川駅以上にごった返していた。

「おい、そこ遅れるな! 早く戦車を並べろ、前の奴らはそう長くは持たんぞ」

 東口のバスターミナルの真ん中で、将校風のアバターのプレイヤーが怒鳴りながら指示を出している。奈々美は将校のすぐ横にバイクを急停車させた。


「野郎ども、ナミ様が来てやったぞー」

「おー! ナミ、来てくれたか、待ってたぜ」

 将校が振り向いて、奈々美のアバターをジロジロ見ながら言う。

「それにしても相変わらずの露出狂だな、夜は敵から目立ってしょうがないだろ」

 品川陣営では、ナミはリアルでは男という噂が知れ渡っていた。そのため彼が彼女を見る視線は女性に向けられるそれではなく、生暖かった。


「私はいつだってマトになるために戦場に出ているのさ、なかなか私を射止められる奴には出会えないけどね。で? どっちに行けばいいんだい」

「山手線沿いの道を目黒方面に行ってくれ、サンダースの無課金チームが踏ん張ってくれてるから」

「あいよ。バイク、流れ弾の当たらないとこに移動しといてくれよ」

「分かったが、保証はできんぞ」


 奈々美はネゲヴ軽機関銃を肩にかけて走り出す。豊満な乳房が上下に揺れる。

 山手線沿いの道を少し進むと三叉路があり、そこが品川陣営の防衛線になっていた。この三叉路を占領されると、五反田駅を回り込むルートが開けて、敵に包囲の道を開いてしまうことになる。


「野郎ども、ナミ様のお出ましだ! ケツに弾をぶち込んで欲しい野郎はどいつだ?」

 交差点ではアメリカ軍のヘルメットをかぶった品川プレイヤーが三叉路に散開して伏射を行なっていた。

「あーナミ様仏様!」チームGIジョージのリーダーのサンダースが情けなく地面に伏せながら半裸アバターの奈々美を見上げる。


「敵は線路沿いの土手に進出して来てます。奴ら全員暗視装置を使ってるらしくて、こっちは釘付けにされてます。ナミさん、暗視スコープ持って来た?」

「んな生っちょろいもん持って来るかよ」

 奈々美も味方兵の間に入って撃ち始める。確かに山手線沿いの歩道は暗がりになっていて、こちらからは敵兵の姿がよく見えない。


 それに対して敵の射撃は正確で、銃弾の風切り音が頭のぎりぎり上を何度もかすめて行く。奈々美はしばらく射撃してから言った。

「んー、確かに暗くてよく見えん。電気を消してセックスしてるみたいでいまいち盛り上がらんな」


 それでも奈々美が加勢したことで、味方兵に少し余裕が出たようだった。何人かが反撃を始める。

「ヌルいよヌルい、そんな攻撃じゃイケないよぉ?」奈々美は叫びながらネゲヴを連射する。

 GIジョージの偵察担当プレイヤーが叫ぶ。

「前方に敵増援! 二個小隊、約四十人が新たに接近中!」


「ひょー、楽しくなってきたねー」

「いやいや楽しくないでしょ、四十人増えたらもう無理だから」

「あたしは何百人だって歓迎だよ、もっともっと楽しませてくれなくちゃ」

 敵の増援が到着し、猛烈な弾幕が張られる。品川プレイヤーは再び全員釘付けになり、一人も頭を上げられなくなった。

 

「ウヒョー、さすがにこれは厳しいな」

「だから言ったじゃないですか。こちらGIジョージ、三叉路付近、もう持ちません。撤退しても良いですか?」サンダースが五反田駅の守備隊に無線で確認する。

『だめだ、まだ予定の半分くらいしか人数が揃っていない。せめてあと十五分持たせてくれ』

 先ほど五反田駅で指揮をとっていた将校プレイヤーの声が返信する。

「そんな無茶な」

 サンダースが愕然としてうなだれる。立て続けに味方兵の何人かが撃たれた。


 その時、後方から電車の走ってくる音がした。振り向くと五反田駅に接近する山手線の前照灯が見えた。

 BAPでは毎日午前零時、東京駅を発車した山手線がどの駅にも止まらずに一周だけ走るのだった。何のために運行するのかは謎だった。

 奈々美が腕時計を確認すると午前零時八分だった。


「よし、突撃するぞ」

 奈々美が立ち上がりながら言う。

「は? 何言ってんだナミ、気でも狂ったか。とても突撃なんかできる状況じゃないだろ」

 サンダースが飛び交う銃弾から頭を下げながら言う。


「それが今なんだよ、イケそうな時にイク、それがセックスの基本だろ? おまえとは一生ヤリたくないな」

 奈々美は立ち上がって走り出した。同時に山手線が高速で横を通り過ぎる。

「ちょ待て、ナミ! クソッ」

 サンダースも仕方なく立ち上がって奈々美の後を追う。


 山手線は渋谷陣営が展開する真横を通過していく。車内は無人だったが車内灯が明々と点いており、その光に照らされて歩道にいた敵兵の姿がはっきりと浮かび上がった。

 奈々美はネゲヴ軽機関銃を腰だめに構えて、敵兵に向けて乱射しながら走る。


 奈々美の銃弾に敵兵は次々と倒れた。なぜか敵の弾幕が薄くなっていた。全く狙いが定まっていない者、銃を構えたまま固まって撃たれるに任せている者もいる。

「そうか、電車の光か!」

 サンダースが気づいて叫ぶ。


「全員突撃だ、渋谷のイナゴ野郎どもをぶっ殺せ」

 GIジョージのメンバーが一斉に立ち上がって突撃する。

 渋谷兵は相変わらず狙いが定まっていない。

 暗視装置は明るい場所では視界が真っ白になってしまい役に立たなくなる。真横を通った山手線の車内灯の光で暗視装置が無力化されてしまったのだ。


 何人かは暗視装置を外して反撃しようとするが、すぐに奈々美になぎ倒される。

「オラオラオラこのヘナチンどもが、立たないならあたしの弾を食らって家でマスでもかいてな、ヒャッハー!」

 奈々美は逃げ惑う渋谷兵たちを四人五人単位でなぶり殺して行く。

 IMIネゲヴ軽機関銃の銃身が毎分八百五十発の高速射撃で過熱して真っ赤になっていた。


「まだイクな、持ってくれぇ」奈々美は叫びながら撃ち続けた。

 銃声が途切れた。

 渋谷兵は全滅していた。

 まるで虐殺の後のようにプレイヤーのアバターが折り重なって倒れている。

 奈々美は肩で息をしながら銃を構えたまま油断なく辺りを警戒している。


「ナミ、やったな。これで五反田は大丈夫だろう」サンダースが渋谷兵の死体を見下ろしながらナミに声をかけた。

「もしお前が本物の女だったら完全に惚れてるよ、本当に残念だ、ハハハ」

「アハハ・・・ハ・・・」

 奈々美も乾いた笑いを返した。


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