05 ハル02
試射場は大崎駅前のオフィスビルの一階にあった。体育館くらいの広さのスペースが何筋かの細い射撃レーンに区切られており、何人かのプレイヤーが拳銃やアサルトライフルで射撃を行っている。
「新しい銃を買った時や銃の調整が必要な時はみんなここで試し撃ちをするんです」
そう言って春菜は右端の空いたレーンに入る。
すぐ隣のレーンでは小柄な男性アバターのプレイヤーが妙に銃身の長い銃で的を狙っている。
「じゃあこの耳当てを付けてください。まずは私がお手本を見せますね」
春菜は肩にかけた銃を下ろし、慣れた手つきでマガジンを確認する。
「この銃は私のお気に入りで八九式5.56mm小銃、私はハッ君って呼んでます、可愛いでしょ。陸上自衛隊で制式化されてる銃なんですよ、やっぱ大和撫子は日本製じゃなきゃね」
春菜は射撃レーンに入ると素早く安全装置を外し八九式ライフルを構えた。ストックを肩に当てて狙いを定める、立射の姿勢が妙に凛々しい。
引き金を引くと、タタタ、と軽快な銃声が響き、あたりに硝煙と火薬のにおいがただよう。
―――タタタ、タタタ、タタタ
「ふぅ、今日は調子悪いな」
春菜がレーンのボタンを押すと前方の的がガーっと音を立てて手前に引き寄せられた。円形の的の周辺に二発命中している。
「お前、今十発以上撃ってなかったか、命中率って普通こんなもんなのか?」
「うーん、たぶんみんなこんな感じだと思うけど」
「んな訳あるか! 普通目をつぶってても半分は当たるわい」
気がつくと隣のレーンにいた小柄な男が春菜の的を覗き込んでいる。
「ニックジャガーさん、見てたんですか恥ずかしいー」
「相変わらずハルの射撃は絶望的だな、どうやったらこんなに外せるのかわからんよ」
「いいんですよ、練習で当たらなくても本番で結果を出せばっ」
ニックジャガーと呼ばれた男のレーンも的が引き寄せられている、真田が見ると円のほぼ中心に五、六個の穴が開いていた。
春菜に促され、真田も実際に射撃を試す。春菜の真似をして構え、的を狙って引き金を引く。意外に強い反動が肩に伝わって狙いが上に大きくぶれる。
しっかりと足を踏ん張り、反動に備えてやや前傾姿勢を取って再度引き金を引く。引き金を引く際に手に微妙な力が加わって左右にもブレる、なかなか難しい。
それでも最後には二発に一発くらいは的のどこかには当たるようになった。
「ハルよりはスジがいいな」ニックジャガーが腕組みをしながら言う。
「真田さんさすがです。初日にしてはなかなか凄いと思います」
「そんなものか」
「じゃあ軽くフィールドに出てみましょうか、ハッ君は真田さんが持っていて下さい。私はこっちを使います」
春菜はそう言って腰の拳銃を軽くたたいた。
ニックジャガーが心配顔で言う。
「おまえら二人で出るのか? 大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、危なそうならすぐに逃げますから。私のパロパロ君の性能は知ってるでしょ。あ、パロパロ君って言うのはうちのチームの偵察ドローンです、私が制御プログラム書いたんですよー」
「いくらドローンが高性能でもやられる時はやられるって知ってるだろ。まあ、俺今日はヒマだからついてってやるよ」
「ほんとうですか? ありがとうございます!」
「おうよ、その代わり今度ドローンハック一回頼むわ」
「お任せください!」
よく分からないが仲間が増えたようだ。春菜の射撃を見て不安を覚えていたところだったので真田は心強く感じた。
射撃場を出ると先ほどトンネルの出口で会ったタイガーボムが待っていた、大型のジープのような車の運転席から声をかけてくる。
「ハルちゃん、今から新人連れて散歩行くんだろ、乗っけてってやるよ」
「ほんとうですか? ありがとうございます!」
「おうよ、その代わり今度ピンポイント砲撃一回頼むわ」
「お任せくださいっ!」
よく分からないがまた護衛が増えたようだ。
現実世界と同様に、バーチャルの世界でも春菜の調子の良さは変わらないようだ。
四人を乗せたジープは大崎駅を起点に北上した。大崎と五反田周辺のごちゃごちゃした街並みを抜けて国道一号線に出る。
「このゲームでは何でもかんでも撃てるんです、敵も味方もです」
「ふーん、じゃあ敵を混乱させて同士討ちさせるような作戦もありなんだな、あとは味方が同士討ちしないように射線を考えないといけないとか」
「そのとおりです、さすが真田さん頭いいですね~」
春菜が感心した顔で真田を見つめる。
「間違えて品川陣営のプレイヤーを撃たないように気をつけて下さいね」
「どうやって見分けるんだい?」
「見えてるアバターをタップしてみて下さい」
真田は春菜のおでこに人差し指を当てる。
「いえ、直接触らなくても空中でなぞるだけで大丈夫です」春菜が真田の指をおでこに受けたまま言う。
「ああ、なるほど」春菜の頭のすぐ上に青文字で『ハル』と表示される。
「頭の上に小さくハンネが出るでしょ、青い文字が品川陣営のプレイヤーです、渋谷が赤、池袋が黄色、上野が緑、で紫がNPCです」
「ハンネってなんだ? あとNPCもわからん」
「ハンネはハンドルネームのことです。NPCはノンプレイヤーキャラクターのことで、このBAPではゲリラとかゾンビとか、あと動物とか虫とかいろいろ生息してます。あ、あとAIとか」
「NPCは全部AIなんじゃないのか?」
「広い意味ではそうですけど、普通のNPCは決まったアルゴリズムに従って動いてるだけですけど、AIキャラはちゃんと自分で考えて自分の行動を決めてるって違いがあります」
「考えてって言うが、それも決まったアルゴリズムの範疇なんじゃないのか?」
「そんなこと言ったら人間だって本能とか特定のアルゴリズムに従って行動してるだけになっちゃうじゃないですか、やっぱり思考するかしないかが境界線なんだと思うんです。あ、あそこに犬が一匹いるでしょう、ハンネがえっと・・・『タマ』って書いてありますね、紫色の文字で」
「なんでタマなんだよ、どう見ても犬だろ」
「知りませんよそんなこと、私に聞かないで下さい」
「話せるのか?」
「話せるわけないでしょう、犬ですよ犬」
「撃ってもいいのか?」
「犬なんか撃ったらみんなに笑われますよ、弾代の方が高くついちゃいます。せめてトラかライオンにして下さい」
「ライオンがいるのか!?」
噂をすればだった、百メートルほど前方の交差点を立派なたてがみのライオンが悠々と横切って行く。
「ちょうどいい感じですね、狙ってみて下さい」
タイガーボムがジープを路肩に止める。真田はジープから歩道に降りて、春菜に借りた八九式を構えて立射の姿勢を取った。スコープ越しに狙いを定めると、前を歩くライオンがすぐ近くに見えた。
ためらわずに引き金を引く、銃声が鳴るとほぼ同時に、ライオンは巨体に似合わない俊敏な動きでさっと前にジャンプした。真田の弾はライオンの尻尾のあたりをかすめただけだった。
「はっずれー」
春菜が嬉しそうに手を叩く、真田はすかさず第二射を撃ったがそれもかわされた。
「敵の動きを予測して少し前を狙うといいと思います」
「むずいな」
真田は気を取り直して狙いを定める、今度は言われたとおり少し前を狙った。ライオンがジャンプする方向を読んで三点バーストモードで連射する。
ジャンプの瞬間は外したが、着地地点を読んで狙いを移動させながら連射すると見事に胴体に命中した。
ライオンは百獣の王らしく威厳を保ったままゆっくりと地面に沈むように倒れた。
「やりましたね真田さん、初キルですよ」
タイガーボムもニックジャガーも祝福の言葉を述べる。
なかなか爽快だった。心の奥の方で埃をかぶっていた狩猟本能を耳かきでくすぐられたような気分だった。
「戦利品は、おっ『獅子のタテガミ』ですね」
「貴重品か?」
「売ると20ゴールドくらいになります」
「それは高いのか?」
「うーん、ライフルの弾五発分くらいかなぁ」
「安いな」
「ちなみに今日のレートで仮想通貨五円分くらいに換金できます」
「リアルマネーに替えられるのか!?」
「はい、それがこのゲームの売りなんです、このゲームだけで生活費稼いでいる人もいます。でも、ほとんど寝ないでやり続けても一日七、八千円くらいにしかならないから相当キツイみたいですけど」
真田はジープの後部座席に戻った。
ふと横を見るとさっき見かけた犬の『タマ』がジープのすぐ横まで来ていた。芝犬だろうか、耳がピンと立っている。礼儀正しくお座りをし、舌を出してシッポを振りながら人懐っこい目でこちらを見ている。
真田はジープから少し身を乗り出して頭を撫でようとした。
その瞬間、犬の全身がパッと白く光った。
同時に、大音響とともに犬の胴体が破裂して強烈な熱風が真田の全身を焼いた。顔と手の皮膚が燃え上がり、爆風で体が宙に吹き飛ばされた。ビルの三、四階くらいの高さは飛ばされただろうか、地面がかなり遠くに見えた。
視界の端に春菜と他の二人が同じように吹き飛ばされているのがちらっと見えた。ジープも逆さまになって横転している。
真田の体はくるくると回転しながら地面に落下し激しく叩きつけられた。
同時に、首と腰の骨が砕ける音がし、最後に視界が暗くなった。




