05 ハル01
春菜と真田はスクーターの二人乗りで山手線の大崎駅に向かっていた。
オンラインゲームのバトルアンドピース 、通称BAPのバーチャルな世界の中だ。
真田は春菜のバーチャルリアリティ端末を使って、春菜はPCのディスプレイから操作を行ってゲームに接続をしている。
仮想現実で作られた景色は、まさに現実そのものだった。
秋晴れの真っ青な空の下、住宅街の町並みは本当にそこに人が住んでいるような生活感があったし、遠方に見える都内のビル群はいつもの見慣れた無機質な景色だった。
「BAPのベンダーがグーグルと提携してストリートビューの情報を元に3D描画してるんです。ほんと本物と区別がつかないでしょ」
運転する春菜が誇らしそうに説明する。
BAP内では、ゲーム内の通貨を使って乗り物を購入できるとのことだった。車やバイクはもちろん、お金さえあれば戦車や船も買えるのだそうだ。
「確かにすごいけど、これだけリアルな描画をするには相当なサーバリソースが必要になるな」
「ですよね、スパコン千台入れてるとか量子コンピュータ使ってるとか色んな噂が飛び交ってますけど」
「量子コンピュータ? あれはまだ実用化できてないだろ、汎用的な処理には使い物にならないはず。って言うか、そもそもたかがゲームプロバイダが使える代物じゃないし」
右手に大井町の広々としたJR車庫が広がっている。前方に大崎のビル群が見えてきた。
「いや、これはすごいな、現実と全く同じ風景だ」
「ちなみに東京以外も全部マップになってます。この前チームのメンバーで箱根までツーリングに行ってきました! 楽しかったー」
「まさかとは思うが、日本中全て再現されているとかか?」
「そうそう、ほぼ日本全部です。北海道も沖縄も、って言うかグーグルマップのデータがある場所は世界中網羅してます。ちなみにBAPは海外の人の方がユーザー多いみたいですよ」
「まじか、そんだけ広くする意味あるのか」
「リアルなのはマップだけじゃないんですよ、ちゃんと空気もあるし水も火もあるし、万有引力の法則や慣性の法則だって忠実に再現されてるんです。なんと相対性理論も!」
「空気はいらないだろ、ゲーム中で呼吸が必要なのか?」
「酸素がないと火薬が発火しないから銃も撃てないじゃないですか」
「そこは省略してもいいだろ、だいたい相対性理論ってお前ちゃんと理解して言ってるのか? 時間が遅くなるのを自分で見たのか」
「そんなに責めないでくださいよぉ、真田さんだって地球が自転してるところを自分の目で見たわけじゃないでしょ」
「とにかくムダにこだわりが凄いってことは分かった、必要性は全く感じられないが」
「そう言えばこの前、マグネシウムの酸化反応がちゃんと再現されてることは確認しました。あとデンプンにヨウ素液たらしたら紫色になりましたよ」
「もういいよ、って言うかこれってそういう理科実験ゲームなのか、実験器具とか材料とか入手できるのか、どっかに実験教材ショップとかあるんかい」
「普通にアマゾンで買えます」
「アマゾンまであるんかい!」
「アマゾンとタイアップしてるので。いちおうAWSのAIサーバーとも連携してるみたいです。ちなみにだいたいの武器はアマゾンで買えますよ、戦車とか飛行機も売ってるし。でもちゃんと武器商人さんに実物見せてもらって買った方があとで後悔しないですけど」
「なんだこのゲーム、って言うかこれ本当にゲームなのか?」
「ゲームですよー超リアルな戦闘ゲームです!」
春菜はバイクを運転しながら誇らしげに言った、確かに彼女が勧めるだけあって無駄に完成度は高そうだ。真田は少し興味を持ってきた。
「今から行く大崎にはブッダさんて言う占い師のAIが住んでいて、プレイヤーの人格診断をしてくれるんです」
「性格診断じゃなくて?」
「人格なんですって、性格よりもっとその人の根源的な存在を見極めてくれるらしいです」
「なんか怖いな」
大崎駅のビル群がだいぶ近づいてきた。
「さっきからずっと移動してばかりだけど、これ確か戦闘系のゲームだよな。いつになったら戦いが始まるんだ」
「もう少しです、右のほうに山手線が見えてきたでしょう、あれをくぐると発砲可能エリアです。基本的にBAPは世界中どこでも戦闘はできるはずなんですが、日本全土が解禁されるのは特別なイベントの時だけで、いつもは決められた地域以外は発砲禁止地区に設定されてます」
「まあ、マップが広すぎるのも考えものだからな」
「東京圏は山手線の外側が発砲禁止地区になっていて引き金を引いても弾が出ません。大阪圏はよく知りませんが同じように禁止地域が設定されてるはずです」
道路の前方が少し下り坂になって狭いトンネルに続いており、右から迫って来る山手線の高架と交差してガードになっていた。
「もしかして電車も現実と同じに運行しているのかい」
「えっと、一応走ることは走るんですけど、毎日午前零時に山手線が一周だけ走るんですけど、どの駅にも止まらないから乗れないんです。あれは何か意味があるのかなーってみんな話してるんですけど、訳がわからなくて」
春菜はトンネルの手前でスクーターを止めるとスクーターのホルスターに挿していたライフルを抜いて肩にかけ、スマホを取り出して誰かと会話する。
「こんにちは、チームディケロのハルです。今通れますか? 二名です・・・はい、はい、元気ですよー、ありがとうございます。・・・大丈夫、通れるみたいです」
「通れないこともあるのか」
「入り口にもよりますけど、時々他の陣営に占領されてることがあるんです。でもまあ、大崎口は滅多なことでは取られませんけど」
「誰に占領されるって? 今話していたのは味方のプレイヤー? 敵と味方がいるのか?」
「質問が多くなって来ましたねー、少し興味を持ってくれたのかな?」
「うるさいやつだな、いいから質問に答えろ」
春菜は意地悪な教師のような顔つきになって答える。
「BAPの東京エリアはいくつかの陣営に分かれていて、住む場所によって分かれます」
「住める?」
「普通に賃貸契約できますし、物件の購入もできます。あ、ローンも組めるんですよ」
「はいはい、もういちいち驚かないことにしたよ」
「陣営は東京圏だったら、渋谷、池袋、上野、あと私たちの品川の四つです。住む物件を決めるとその住所で自動的に住民票が登録されて陣営が決まります」
「俺はまだ自宅決めてないけど」
「真田さんは今は私の同居人として住民登録してあります、世帯主は私ですからねー」
「はいはい、しばらく居候させて頂きます」
「移動はどこでも自由に行けるんですけど、山手線環内への進入は自陣営の勢力圏からの方が入りやすいです。みんな単に『入り口』って呼んでますけど。戦闘禁止エリアからバトルエリアに入って三分間は発砲できないって制限があって、もし入り口の内側に敵がいたら一方的に撃たれちゃうんです。これは多分、安全地帯からいきなり突撃できないようにするための縛りなんだと思います。ちなみに戦闘で死亡すると四時間は観戦モードでしかログインできなくなります」
「なるほど、味方が守っている入り口は安全に通れるが、敵の勢力圏の入り口から入るとやられてしまう、つまり戦闘エリアへの入り口は各陣営にとって死守すべき重要ポイントって事だな」
「そのとおりです、それで各陣営とも交代で守備隊を置いて24365見張りをしてます。あと監視用のカメラとAIを配置してしてます。さっき電話で話したのは大崎口専用のAIでグッバイ君です。私がプログラミングしたんですよー」
「またお前のAIか、どうせまたロクでもない性格なんだろ」
「とんでもない、グッバイ君はみんなの人気者なんですよ。私の理想の男性をイメージして心を込めてプログラム組みましたから」
「理想の男性ねぇ、ちなみになんで『グッバイ』なんだ?」
「だって大崎口だから。職場で先に帰る時『おーさきにー』っていいますよね」
春菜は満面の笑みで言った。
スクーターを駐車してトンネルの中に入る。通路の中には何人かのプレイヤーが肩から銃を下げてたむろしていた。春菜が言っていた見張りのプレイヤーだろう。
「結構な人数かけてるんだな」
「この場所を取られると陣営の死活問題ですからね、本拠地の品川駅はちょっと使いにくいので、みんな大崎か浜松町を使うんです」
春菜はBAP内では有名人らしく、通路内の何人かが頭を下げて挨拶をしてきた。そのたびに春菜は「こんにちわー!」と能天気な声で応える。
トンネルの出口にはバリケードが設置されていて屈強な軍人っぽいプレイヤーが一人、腕を組んでこちらを睨んでいた、肩にゴツい銃をかけている。
しかし、春菜が手を振って挨拶するとそのオヤジ顔がだらしなく崩れた。
「やーハルちゃん、久しぶりだね」
春菜はBAP内では『ハル』というハンドルネームを使っていた。映画『2001年宇宙の旅』に登場するAIにちなんでいるとのことだった。ちなみに真田は『真田』のままだった。
「タイガーボムさんこんにちは、お久しぶりです!」
「今日はどうしたの? そちらは?」
「ルーキーの真田さんです、よろしくお願いします」
「ハルちゃんが新人連れてくるなんて珍しいね、ディケロのメンバー?」
「いえ、さっき初めてインしたばかりだからまだチームには入っていなくて、とりあえず試射場に連れて行こうと思ってます」
「そっか初心者さんね。銃は? もう選んだのかい?」
「とりあえず私のハッ君を貸そうかなって思ってます」
「俺のL85を貸してもいいぞ、ハルちゃんの知り合いなら全然遠慮はいらないよ。いつもお世話になってるからね」
「いやー、いきなり初心者にL85は厳しいと思いますよ、ジャムちゃったらトラウマになっちゃうでしょ、めちゃ重いですし」
「そっか、残念だな。でもまあいつでも気軽に言ってくれや、ハルちゃんのためなら全力で力になるぜー」
「ありがとうございます」
春菜はかなり気に入られているらしい。タイガーボムは車止めをガラガラと開いて通り道を作ってくれた。
トンネルを抜けて少し歩くと大崎駅前の幅の広い道路に出た。路肩にずんぐりとした戦車が一台停まっていて、砲塔の上のハッチからプレイヤーが上半身を乗り出して煙草をふかしていた。
「あれは戦車じゃなくて歩兵戦闘車、M2ブラッドレーっていうんですよ。中に歩兵が乗れて前線まで安全に運んでくれるし、戦闘中は二十五mm機関砲や対戦車ミサイルで援護してくれるし、すごく頼もしいんです。私たち歩兵を守ってくれるお母さんみたいな存在かな、高いけど」
「高い?」
「ええ、確か課金25万円分くらいだったような」
「25万!?」
春菜が手を振ると煙草を吹かしていた乗員も手を上げて応えた。




