04 ノブナガ02
「それでですね真田さん、これがそのBAP専用のVR端末です。ちょっとかぶってみてもらえますか」
春菜が取り出したのはスキーのゴーグルと密閉型ヘッドフォンとラグビーのヘッドギアを無理やり合体させたような装置だった。
VR端末はいわゆる仮想現実を体験するためのデバイスだ。真田も何度かイベント会場などで試してみたことはあるが、購入する気にはなれずにいた。
真田はあまり気乗りがしなかったが、とりあえず被ってみることにした、敵は『先入観』なのだ。
端末を頭に被ると視界が真っ暗になった。同時に仄かに春菜の香りがした。視界が遮断された分、嗅覚に感覚が集まっているようだ。
彼女はいつもこれを被ってゲームをやっているのだろうか、暗闇でつらつらと考えていると突然耳元で春菜の大声が聞こえ驚いて飛び上がった。
「真田さーん聞こえますかー私でーす春菜でーす何か喋ってみてくださーい」
「ちょっとうるさいよ、鼓膜が破れそうだ」
「あごめんなさい、少し音を絞ります・・・これでどうですかー!」
普通の音量になった、しかし相変わらず声が近い。彼女に耳元で囁かれているようで落ち着かない。
「じゃあ映像オンにしますねー・・・見えますかー?」
パッと視野が明るくなり、目の前に先ほどまでの春菜の部屋が広がった。机の上にパソコンのディスプレイがあり、デスクトップにはノブナガがだらしなく寝そべっている。
つまり、VR端末を被る前に見ていた景色がそのまま見えていた。
「今、真田さんの視界をデジタルで再現して映像化してます、どうです。なかなか凄くないですか・・・あっ、しまった!」
声の方向を向くとすぐ隣に春菜がいた。息がかかるくらい近い。なぜかピンクのショートパンツに胸元の開いたタンクトップ、あれ? 服がさっきと違う?
「河合・・・なのか?」肌の露出の多い姿に真田の心臓がどきりと鳴る。
「あーごめんなさい」
春菜はひどく慌ててなにやらパソコンを操作し始めた、顔が真っ赤だ。
「真田さん、ちょっとあっち向いてて、今着替えるから」
「はい??」
質問しようとする口を無理やり塞がれて無理やり顔を横に向けられる。
一分くらい経った。
「すみません、いつも一人だからくつろいだ部屋着アバターのままでした、たいへん失礼しました」
春菜はジーンズに白いTシャツに着替えていた。なるほど、仮想現実だから映像用のアバターが必要なわけだ。
真田は改めて春菜のアバターを見た。髪は現実より少し短めだろうか、目はいつもの黒目がちな瞳、すっと通った鼻筋と淡いピンク色の唇、いつも見慣れている春菜だった。とてもアバターとは思えなかった。
「あんまりジロジロ見ないでください」
春菜が恥ずかしそうにうつむく。
「すまん、あまりにも本物そっくりだったから」
「すっごいリアルですよね、VR端末のスキャナーでプレイヤーの顔情報を読み取ってアバターに反映してるんですって」
「ゲームでここまで再現する必要性を感じないのだが」
「とにかくリアルってのがBAPの売りですから。一見無駄なように感じる部分に全力を注ぐ、私には製作者の気持ちが凄く良くわかります。神は細部にこだわる、ですね」
「それを言うなら神は細部に宿るじゃなかったか?」
「ちなみにこのVR端末、表情も読み取ってアバターに反映するんです。だから表情豊かな人は豊かに、乏しい人は乏しくなります」
「なるほど、ゲームの中でも河合の百面相に付き合わないといけないわけか」
「真田さん酷いです、私傷つきます、パワハラです」
「ははは、冗談だよ」
「なんだ冗談ですか、それならそうと言ってください。本気で真田さんを軽蔑しちゃうところでした」
春菜が口を尖らせる。真田はまたもや冗談が通じない事を忘れていた。
「あと、これはBAPの一番すごいところなんですが、読み取った自分の顔データをカスタマイズできちゃうんです。あまり大きくは変えられないんですけど、ちょっと変えるだけでそこそこ美男美女系になっちゃうんですよ、プチ整形みたいな感じですね」
春菜は得意そうに語り続ける。
「それが・・・『一番』すごいところなのか?」
「すごいじゃないですか、みんながみんな真田さんみたいに自分の顔に自信を持っている訳じゃないんですよ」
春菜には冗談が通じないのだから、これはたぶん冗談では無いのだろう。真田は少しカチンと来たが、大人の対応でスルーすることにした。
「みんな自分の顔には多かれ少なかれコンプレックスを持っていますよね。もう少し目が大きければなーとか唇が薄かったらなーとか耳が小さかったらなとか、そういう願望を叶えてくれるんですよ。これって凄いことだと私は思います!」
「ちなみに河合は整形してるのか?」
「秘密です、意地悪だなぁ」
春菜は頬を膨らませて口をとがらせた。
とにかくリアルさを追求していることは分かった。とすると自分は今どんな外見なのだろう、真田は自分の体を見下ろした。
「なっ!?」
紺色のブリーフは履いている、しかしそれ以外は裸だった。すこし気になりだした腹とヘソが見えている。
「河合、き、貴様、自分の着替えより俺の方が先だろう、早く何か着せろ!」
「あらごめんなさい、それ初期アバターなんです、色々選べますよ、えーと」
春菜は今気づいたという素ぶりで今意地悪そうな顔でパソコンを操作する。
「いや、選ばなくていい、とりあえず大至急何か着せてくれ」
「身長は高くします? 低くします? あ、髪の色は茶髪とか金髪とかも選べますけど、服は勇者風魔法使い風、軍服も各国のが選べます、ジャージってのもありますね、あとはスーツとか。あ、そうだ! ハンドルネームはどうしますか?」
「いや、なんでもいいから早く、服はスーツでいい、あとは全部最初の選択肢でいいから、ハンドルネームは真田でいい、とにかく早く!」
真田は顔を赤らめてもじもじしながら怒鳴った。
「はーい、じゃこれとこれとこれと、あとはこれっと、初期設定完了しました!」
目の前が一瞬青く光ってアバターが紺のスーツ姿に変わった。ちょっと学生のブレザーっぽいのは我慢できるが、足は裸足だった。
「なんだこれは」
春菜が笑をこらえながら手鏡を真田に渡す。
「うおっ!」真田は鏡に映った自分の姿を見て思わず呻いた。
髪は綺麗な七三分けだった、ジェルでピチピチに撫で付けてある。さらに顔には黒縁のメガネ。
「これってあとで変えられるんだよな」
「一応変更はできますが、課金が必要になります」
真田は目をつぶって天を仰いだ。
「やれやれ」




