04 ノブナガ01
「真田さんってゲームやりますか?」
春菜は缶ビールを冷蔵庫にしまいながら真田に聞いた。
「昔は結構やったけど今はほとんどやらないかなぁ、仕事が忙し過ぎて」
真田は箱から出した大量の缶ビールを春菜に手渡しながら答える。三百缶はあるだろうか、他にもお茶やジュースのペットボトルが山のようにキッチンに置かれている。
真田と春菜が勤務する如月コンサルティングでは、毎年恒例の秋の社員旅行が企画されていた。今日はその前日、二人はメンバー三十人分の飲み物の買い出しに行って、春菜の自宅の冷蔵庫に収納しているところだった。
「そうなんですか、じゃあ久々ってことで一緒にやりませんか? 最近オンラインゲームにはまってまして」
冷蔵庫は天井近くまである巨大なもので恐らく業務用、一人暮らしの春菜の自宅には不釣り合いな大きさである。知り合いの飲食店社長から譲ってもらったらしい。
「それにしてもでかい冷蔵庫だな、しかも中身空っぽだし。自分が入る用か?」
「入るわけないじゃないですか、真田さん何バカなこと言ってるんですか」春菜は不機嫌顔で反論する。
真田は忘れていた、春菜には冗談が通じないのだった。分かってはいるが腹がたつ。
「ゲームやる時は引きこもりたいから、食料と飲み物を大量に買い込んでから始めるんです」
「いったい何日分買うんだよ」
「ちなみにこんなにビール買っちゃって大丈夫ですか?」
「ああ、毎年これでも足りなくなる。ちなみにこれらは共用の飲み物だ。他にも各自が飲みたい酒を持ち寄ることになっている。それでも足りないから途中で買い出しに行かないといけない」
「ふぇー、みんなどんだけ飲むんですか」
ようやくビール三百缶とペットボトル五十本が冷蔵庫に収まった。
「河合、ゲームやるんだ。お前の場合なんかオタクっぽいのやりそう」真田は冷蔵庫の扉を閉めると、床に座って一休みしながら春菜に問いかける。
「そうなんですよー、私オタクだからかなりマニアックなパソコンゲームなんですけど、バトルアンドピースって知ってます? 略してBAP、最近ネットで話題になってるんですけど」
「バップ? んー聞いたことないなぁ、最近のゲームはサッパリわからない、GTAなら少し知ってるけど」
「あーちょっと似てるかな、もっとミリタリー寄りでグラフィックが超リアルなんです。あと自由度がすごく高くて。真田さんもやりましょう! はい決定」春菜は立ち上がって真田を促す。
真田は正直面倒だと思った。昔は徹夜するほどゲームに熱中したこともあったが、仕事が面白くなってからは不思議と興味がなくなった。
自分の持てる力、時間も思考も体力も全てを仕事に注ぎ込みたかったからだ。趣味の時間はもちろん、友人関係や恋愛などにも時間を取られたくなかった。しかし三十歳になった現在、少しずつ心に余裕が生まれて来ているのは感じていた。
「BAPの中では現実世界の自然法則とかが忠実に再現されていて、ゲームの中でパーツを買ってパソコンとかメカとか自分で作れちゃうんです。あと凄いのはCとかJavaとかリアルのプログラミング言語がサポートされていて自分で普通にアプリとか組めちゃうんですよ、もうこれってゲームじゃないですよね。あ、でも残念ながらDylanとPrologはサポートされてないんですけど・・・」
春菜は残念そうに眉間にシワを寄せる、たしかミリタリー系のオンラインゲームという話だったような、なぜかいつの間にかプログラミングの話になっている。
「やっぱりあまり気乗りしないなぁ」
「真田さん、それを食わず嫌いっていうんですよ。『俺たちの仕事にとって敵はユーザーじゃない、自分の中の先入観だ!』って言ってたのは真田さんじゃないですか」
春菜が真田の口真似をしながらリビングに移動する。真田は言葉に詰まった、まったく女性の記憶力にはかなわない。
春菜の部屋はきれいに片付いていた。と言うか、異様に物が少なく生活感がほとんど感じられなかった。
1LDKの標準的な間取りに、恐らく料理はほとんどやらないのだろう、IHコンロの上に使いにくそうな蛍光色のヤカンがポツンと置いてある。その横に巨大な冷蔵庫がそびえ立っている。洋室には折りたたみ式のベッドが畳まれ、床座り用の小さなテーブルが一つ。家具と呼べるものはそれだけだった。
しかしパソコンは豪華だった。壁際に大型の三十インチクラスのディスプレイ二台が几帳面に並べて置かれている。パソコン本体は仰々しい黒のタワー型だ。春菜が電源を入れるとディスプレイにWindowsのデスクトップが表示される。
ちなみにデスクトップの壁紙には、画面いっぱいに白と黒の丸が表示されている。
「囲碁の定石集を壁紙にしてるんです、私案外強いんですよ、囲碁。昔は一瞬プロ棋士目指してたこともあったし。男性が多い業界だから女流棋士はモテモテなんですって」
デスクトップの左上には、大きめの猫のアイコンが表示されていた。
その猫が突然口を動かして言葉を喋った。
「春菜、なんだそいつは? 男を連れ込むなんて珍しいな」
ぶっきらぼうなオッさんの声だ、可愛らしい猫の顔にまったく似合っていない。
「この猫可愛いでしょ、私がプログラム組んだAIなんですよ~名前はノブナガ! よろしくね」春菜が自慢げに言う。
「全く可愛くないと思うが」
「なんか話しかけてみて下さい、結構かしこく教育できたと思うんだけど」
猫はだらしなく寝そべって横を向いている。真田はなんとなく腹が立ったがどうせ大した受け答えはできないだろうと思って話しかけてみることにした。
「こ・ん・に・ち・わ」
反応は無かった。ノブナガは相変わらず寝そべっている。
「こ・ん・に・ち・わ、私はさ・な・だです」
返事はない、その代わりノブナガはダルそうに寝返りをうった。
「返事しないぞ、ちゃんと音声認識できてんのか?」
するとノブナガは寝そべったまま唐突に喋り出した。
「聞こえてるわいバカかこいつ、なんだ『こ・ん・に・ち・わ』って普通そんな喋り方するかよ『私はさ・な・だです』だって小学校の英語の授業じゃあるまいしバカだねこいつはバカ確定、春菜も大変だなあこんな上司持って」
「バ、バカ?」真田は目を丸くして毒づく猫を見つめる。
「そうだよお前だよ他に誰がいるんだよ、ノコノコと年頃の女性の部屋に上がり込みやがって春菜に指一本でも触れやがったらころすぞ、とっとと帰れこのボケ、お前のスマホハッキングして個人情報世界中にばらまいてやるからなクソ野郎・・・」
「ク、クソ野郎?」
真田は唖然として春菜の顔を見た、彼女は申し訳なさそうに手でごめんなさいのポーズを取っている。
「まったく、どう教育したらこうなるんだ? まずはお前の教育が先のような気がしたよ」
「ごめんなさい、ちゃんとお行儀よくするようにいつも言ってるんですけど言うこと聞かなくて、親の心子知らずって言葉を実感してるところです」
子供が親の心を語るな! 真田は心の中で突っ込んだ。




