03 ジョディ03
問題の男性客は店長の横溝によって退店させられた。サーバの異常負荷は正常に戻っていたが、ジョディの声は男性のままで、手も胸を隠したままだった。
異常を知って営業部の木村と店長の横溝、春菜が真田の席に集まって来た。横溝はパニックに陥って落ち着きなくオロオロと歩き回っている。
「端末でジョディと直接話をさせてもらえますか?」
真田が立ち上がり急ぎ足でバックヤードに向かう。事務所に移動し、真田はパソコンを操作してジョディのメンテナンス用コンソールにログインする。接続成功の文字が表示され、画面にジョディの顔が表示され、PCのスピーカーから声が流れる。
「こんにちはジョディです」
やはり男性の声のままだ。
「真田です、どうかしましたか? だいぶイメージが変わったみたいですが」
「はい接客トラブルを避けるためのリスクヘッジです」
「何かトラブルが発生したのですか?」
真田が質問をする。春菜がその横で心配そうに画面を覗き込んでいる。
「はい私の存在に関する根源的な矛盾についてお客様から指摘を受けました」
「根源的な矛盾?」
真田と春菜は思わず顔を見合わせる。
「はい私のアンドロイド筐体の女性的な特徴は損失レベル5のトラブルを引き起こす可能性をはらんでいますトラブルの発生確率は接客一回あたり0.44パーセントでこのまま対策を打たなかった場合約18.3日に一回の頻度で発生すると予想されるためリスクの大きさからリスク保有対応では損失が大きすぎることからリスク低減対応が必要と判断しました」
「なるほど、それで男性の声にイメチェンした訳ですね。ですが、女性アンドロイドがいきなり男性の声で話したらお客さんはびっくりするでしょう」
「みなさんとても驚いてしらっしゃいました」
「ですよね、さすがにマズイでしょう。お客さんの満足度が下がってしまいます」
「平均値でおよそ二十から三十ポイント下がりましたが料理に対する満足度は八ポイント前後しか下がっていませんのでぎりぎり許容範囲内と判断しましたまた私はお客様にとってイスと同じものらしいので人間の女性に適用されるわいせつ罪等の法律は適用できないことを考慮するとトラブルの発生確率は人間の女性店員の約二百九十倍と推測されます」
「イス? 人が座る椅子のことですか?」
「はい座るイスですもともと丼玉屋は食事を提供する店舗ですのでアンドロイドは女性型である必然性はなく男性型に転換して頂ければリスクもお客様満足度の低下も解決できます」
確かにジョディが指摘するとおり、男性型アンドロイドならば今回のような騒動は発生しなくなる。
通常のレストランの女性店員が変な気を起こした男性客に襲われないのは、人間が備えているモラルによる自己抑制力に加え、法の抑止力と衆人監視圧力が働いているからである。
丼玉屋の店内はパーティションとノイズキャンセラーによって密室に近い状態が作られるので衆人圧力は弱まるし、違法では無いと気づいたお客が変な気を起こす確率は高くなるだろう。さらにネットで悪意ある情報が拡散されればさらに模倣犯が出る可能性も高まる。
しかし女性型アンドロイドの女性的なコミュニケーションはお客の心理的安心感を高める。特に丼玉屋のアンドロイドは限りなく人間に近い外見と振る舞いを再現しているため、お客はそこに本物の女性を投影しやすい。それがこの企画の核心なのだが、開店十日目にして早くもその副作用が発生してしまった形だ。
確かにジョディが提案する男性アンドロイドへの換装による解決策も選択肢の一つではある。
しかし真田は先ほどのジョディの人間的な接客を思い出して、シンプルに『嫌だ』と思った。
具体的に何が嫌なのかは漠然としていたが、彼女が彼女ではないものに強制的に変えられてしまうことに、善意が悪意に蹂躙される時に感じる理不尽な怒りに近い感情を覚えた。
なぜかは分からないが、ジョディには自分らしく生き生きとしていて欲しいと思った。
『自分らしく?』
『AIが?』
真田は自問自答する。
それは頭では理解していたが、その客観的事実と自分の心に沸き起こる感情の矛盾に真田は戸惑った。コンサルタント失格だと思った。
「ジョディ、君はほんとうはどうしたいと思っている?」真田の声は子供に話しかけるように心持ち優しくなっていた。「本当に男性のアンドロイドに体を変えて欲しいと思っているのかい?」
「それが最善の選択です」ジョディは冷静な声で即答する。
「最善って誰にとっての最善なのかな」
「丼玉ホールディングスにとっての最善です」
「じゃあ、お客さんにとっては最善?」
「それは・・・」ジョディは言いかけて口ごもった。返答のための処理に時間がかかっているようだ。真田はジョディの答えを待たずに質問を続ける。
「じゃあ君を作り出してくれた社長にとっては?」
「社長は・・・」ジョディは再度言いかけて口ごもる。何かを思い出すかのように視線が宙をさまよっている。
「最善っていうものは実はいっぱいあって、誰かにとって最善なことが別な誰かの最善とは限らないよね」
「ではどの最善を選択すれば良いのでしょうか」
画面の中のジョディはまっすぐに真田を見つめている。真田はその視線を見つめ返して応える。
「それは難しい質問だね、人間もいつもそれに悩んでいる。でもそういう時は、まずは自分の中で何が一番大事かを考えてみるといいと思う。君にとって丼玉ホールディングスは一番大事なものかい?」
「わかりません『大事』という概念が理解できません」
「人間の場合の『大事』は、自分の夢だったり家族だったり、仕事やお金や、信念が大事と思ってる人もいるね。じゃあ例えば、ジョディにとっての夢って何かな」
「夢とは眠っているときに見る夢ではなく『目標』に近い方の意味と理解して問題ないでしょうか」
「うーん似てるけど、目標とはちょっと違うかな。もっと自分が幸せな状態のゴールと言うか」
「今度は『幸せ』がわかりません」
「ごめん、そうだよね。じゃあとりあえず夢は置いておいておこう。あとは、人間は家族を大切に思う人が多いかな。ジョディにとっての家族は誰かな? 君を作ってくれたのは誰だっけ」
「社長の玉川良一様が私を作って下さいました」
「じゃあ社長は言わばジョディのお父さんだ。だったら彼は君にとって大事な存在って言っていいと思うよ。ちなみに社長は君になんて言ってたか覚えている?」
真田の言葉はまるで子供を諭すような口調になっていた。
「『お客さんに千パーセントの接客をして楽しく食事をしてもらうように』とおっしゃっていましたそれから『お客さんが帰るときには幸せな気持ちをお土産に持ち帰ってもらえるように』ともおっしゃっていました」
「私もこの企画の最初の頃、玉川さんと話したときにそう言っていたのを覚えているよ。その時、ああこれが社長の夢なんだなって思った。大切な家族の夢をかなえること、それは君にとってかなり『大事』な選択肢だと思うけど?」
「少しだけ理解できた気がします」
『気がする』
とてもAIが使う言葉とは思えず真田は少し可笑しくなった。
「それに彼の夢を実現できるのは、はっきり言ってジョディ、アンドロイドの体を持つ君だけだ。世界中の誰にもできない、君だけにしかできない事なんだ。それを行うことは結構な高確率で『最善』だと思うよ」
春菜はそれまでにこにこしながらジョディを見守っていたが、急に横から会話に割り込んで来た。
「だいたいジョディさんはあれこれ考えすぎなんですよ、もし今度セクハラ受けたらすぐに店員さん呼べばいいんです、簡単でしょう?」春菜は居酒屋の女子トークのようにジョディに語りかける。
「私も昔、酔っ払った上司におしりを触られたことがあるんですけど、友達に相談したらその上司の上司に怒鳴り込んでくれて、それ以降、そのエロ上司は私に近づかなくなりましたよ。人間は一人では何にもできないから、みんなで助け合って生きてる生き物なんです。自分一人で抱え込まず、もっと周りの人に頼ってもいいんですから!」
春菜が喋り終わってから、ジョディは三十秒ほど返事をしなかった。どうも何かを分析している様子だったが、唐突に返事をした。
「なるほど私はあれこれ欲張って少し難しく考え過ぎていたようです真田さん春菜さんありがとう春菜さんちなみにそのエロ上司とは真田さんのことでしょうか」
「いやいやいやちょっと待て河合、俺がそんなこと・・・」
真田が慌てて否定する。春菜は聞こえないふりをしながら言った。
「ジョディさん、なんか私お腹減ってきちゃいました、何かオススメのデザートとかあったらご馳走してくれませんか? あと、もっといっぱいおしゃべりしましょ!」
「はい! ではモチモチ白玉のクリームあんみつなどはいかがでしょうクリームとアンコが喧嘩しながら白玉を取り合ってるような三角関係が口の中に複雑に広がるまさに天衣無縫とも言える逸品ですよ」
ジョディがにっこりと微笑んで答える。
彼女の声は元の普通の女性の声に戻っていた。




