第五十七話
チュンチュンと小鳥の囀りが耳に届く。
「ん……」
重い瞼を開けると、締められたカーテンの隙間から漏れる光が、ちょうど俺の網膜を刺激してきやがっていた。
「んー」
隙間を無くすようにカーテンを手で払う。が、さらに隙間は広がって俺の頭部を照らしてくる。
これ以上は無駄。相手にしないのが得策。
必要最低限の労力で光から逃れるため、俺はゴロンと窓から反対側へと体を反転し、ブランケットを被りなおす。が。
「……ん!?」
ガバっと上半身を起こす。すかさず室内を見渡す。
そうだ、ここは俺の部屋ではない。ここは、愛猫さんの自宅だ。
寝起き間もないのに、氷解するように自分の置かれた状況を思い出し、自然と心拍数が跳ね上がる。
確か、昨日は顔にタオルをぐるぐるに巻いて床に寝そべっていたが……。
慌てて顔に手を当てるがタオルは無い。頬を引き攣らせながら周りを見やると。
「……あ」
傍にタオルが落ちていた。
昨夜愛猫さんが眠っていたソファーには誰もいない。
俺は風呂上りに愛猫さんにブランケットをかけたが、そのブランケットは俺にかけられていた。つまり、愛猫さんが起きてブランケットを俺にかけたんだろう。
となると……この顔を見られたかもしれない。普段見せている顔ではなく、美少女はおろか少女とも形容するには難しいこの顔を!
慌てて俺はスマホで時刻を確認する。時刻は午前10時だった。もう既に愛猫さんはジョニトリーに出勤しているだろう。
念のため顔をタオルでぐるぐる巻きにして室内を歩き回るが、やはり愛猫さんの姿はなく、玄関にも俺のサンダルしか無かった。
途方に暮れながら、一先ず愛猫さんが眠っていたソファーに腰を下ろす。
「どうしよう……俺が男だってバレただろうか」
深いため息を吐く。と。
「ん? 何だこれ」
ソファー前のテーブルの上に一枚の紙が置かれていた。思わず手を伸ばす。
仕事の書類なら手を伸ばさなかったが、そこに書かれていたのは手書きのもので。
そこに書かれていた文面は。
『おはよう。昨日は勝手に寝てしまってごめんなさいね。
それと私の食事の後片付けとブランケットもありがとう。
昨日の衣類は洗濯して洗濯機の上に置いといたわ。あと一応朝ごはんも冷蔵庫に入れてあるから食べてね。
あと、下着も洗濯に出しなさい? 汚いと男に嫌われるわよ?』
「嫌われて結構なんですが」
溜まらず紙をパッとテーブルに放る。
どうやらバレていないっぽい。
顔をタオルで覆った状態のまま発見されたんだろう。だが、ある意味事件現場だったはずなのに放置されたってことか?
釈然とはしなかったが最悪の事態は免れたことでホッと胸を撫でおろす。
下着に関しては女装時でもショーツなんて履いておらず、普通にボクサーパンツである。故に洗濯に出せなかったのだ。とは言え、流石に何日も履き続けるのは気持ちが悪い。
「今日はとりあえず下着を買いに行くか。今履いてるのは愛猫さん家の洗濯機で洗うのは気が引けるし、コインランドリーでも使おうかな」
ボクサーパンツ一枚のためにコインランドリーってのも馬鹿らしいけどな。ま、仕方あるまい。
「あ。そう言えば前に行った満喫にコインランドリー付いてたな。丁度いい、行ってみるか」
そもそもゾンハンにログインするために満喫には行きたかったし一石二鳥だ。
ともあれ、愛猫さんが折角用意してくれてるようだし、朝ごはんをいただこう。
至れり尽くせりである。働き者な上に洗濯までしてくれて、極めつけにはご飯の用意までしてもらって。愛猫さんってダメ男製造機の素質がありそうだ。
などと大変失礼な事を考えながらキッチンへと向かい、冷蔵庫の扉を開く。
「……」
いや、別に大した期待はしていなかったよ。パンとかコンビニ弁当かなとは思ってたさ。
でも蓋ならぬ扉を開けたら、そこに鎮座していたのはうどん。コンビニうどん。昨日愛猫さんが食べていたそれだ。ありがたいよ。ありがたいんだけど、呆気に取られてしまった。その理由は、うどんが一つならまだしも三つ置かれていたから。しかもご丁寧にその内の一つに『太田さん』と書かれた紙きれが貼られていた。
俺はその紙切れが貼られたうどんを手に取り、まじまじと眺めてから他の二つのうどんも手に取る。
……まったく同じだ。消費期限まで一緒。あれか、俺の名前を書いておかないと三つ全部食べられるとでも思ったのだろうか? とんだ腹ペコ餓鬼と思われたものである。
「というか、残りの二つは愛猫さんのものってことだよな……? 今日の晩に食べて、明日の朝も食べるってことか?」
以前から愛猫さんは不摂生と思っていたが、実際の食生活をこうしてまざまざと見せつけられると、呆れよりも心配が先立つ。
「って、家出してる俺が他人の心配なんてしてる場合じゃないか」
どうにかしなきゃな……。
「なにはともあれ、いただきます」




