第五十話
玄関を開ければ、そこは地獄だった。
自宅に帰ってきた俺は女装中。鉢合わせた両親はそんな俺を凝視。そりゃそうだ。いきなり息子が女装姿で帰宅してきたら言葉も失ってただただ凝視するってもんだろ。
先んじて「これは違う、違うんだ。諸事情があるんだ」と、何の意味も無さそうな言い訳を口にしかけたが、それよりも早く怪訝な顔をする父さんが口を開いた。
「君は、誰だ?」
まさかの……バレてない!? 女装した俺を俺として認識していない!?
それならここは適当な言い訳をして立ち去ろう。そうだ、そうしよう。
そうして口を開きかけ、今度は自分から閉口。
――いや、家の鍵を開けておいてどんな言い訳が通用するんだ?「自分の家だと思って鍵穴に鍵差したら偶然開いちゃいましたけど、すいません、失礼しまーす」なんて通るわけないだろ!
あと、気付いた事が一つある。
顔は妹の彩音によって、特殊メイクさながらに美少女に変身させられており、そのおかげで両親を騙しおおせている。だが、声は別だ。さらに言えば口調や話し方から俺の正体を見破られる可能性は極めて高い。一言二言ならばバレないかもしれない。だが、この窮地でそんな言葉少なで逃げられる訳がない。
ごくりと俺は唾をのみ込んでから意を決して、「自分の家だと思って鍵穴に鍵差したら偶然開いちゃいましたけど、すいません、失礼しまーす」と、頭が真っ白になったが故に、一度通るわけがないと切り捨てた言い訳を口にしようとした。
――その時。
「パパとママ、お帰りなさいであります。それと花実も」
声の主は二階からやって来ていた。俺たち親子は揃ってそちらを見る。
姿を見せたのはTシャツにショーパン姿の彩音だった。
「花実?」
父さんが尋ねると、彩音はこくりと頷いた。
「花実は学校の友達なのであります。普段なら誘いづらかったでありますけど、今日はパパとママの帰りが遅くなると聞いていたからお家に誘って遊んでいたのであります。ごめんなさい」
ぺこりと行儀正しく一礼する彩音に、母さんは「あらあら」と言って笑っていたが、父さんは未だに表情が険しい。
「家に誘うのは構わない。だが、鍵を渡していたのか?」
「はい。お使いを頼んでいたので貸したのであります」
「どうして彩音が一緒に行かなかったんだ?」
「それはお使いに頼んだのがお薬だったからであります。花実を招いてから少しして具合が悪くなってしまって、薬箱を探しても見当たらなくて。それを気遣った花実がお使いを買って出てくれたのでありますよ」
「そうか……だが何も荷物を持っていないようだが?」
父さんの鋭い視線が俺の手元に向いた。
「お薬が売り切れていたのであります。それで仕方ないので花実には帰ってきてもらって、パパとママが帰ってくるまで看病してもらう流れになったのでありますよ」
まだ父さんは納得がいっていない様子だったが、母さんが「まあまあ、お父さん」と口を挟んだ。
「せっかく彩音がお友達を連れて来て、看病までしてもらったのに、そんなに気難しい顔をしていたらダメよ」
「む。それは、そうだな」
父さんは母さんの指摘を受けて表情を曇らせた。
父さんは母さんの尻に敷かれてるからな。ついでに彩音は溺愛している。俺の事は中学時代は愛されていただろう。だが、陸上部を辞めてからは、語るまでもない。
「すまないね。これからも彩音と仲良くしてやってくれ」
「は、はい……」
父さんに蚊の鳴くようなか細い声を上げながらぺこりと頭を下げる。
そのまま両親は二人で一階のリビングへと去っていった。
ホッと胸を撫でおろしてから、彩音を睨む。と、彩音も顎で二階に上がってくるように無言で促してきた。
二人で足早に彩音の部屋へと逃げ込むように入り、後に入った俺がドアを閉めると、そのまま彩音に詰め寄った。
「おい、父さんたちは今夜遅くまで帰って来ないはずだったろッ……」
勢いだけは一丁前だろうが、我ながら滅茶苦茶小声である。
詰め寄った俺に対して彩音も一歩踏み込んで返答し。
「メッセージを送ったでありますよッ……」
と、これまた小声。互いに一階にいる両親に聞かれたらまずいという認識は共有していた。
それはともかく俺は首を傾げる。
「メッセージ?」
「はいであります」
言われて俺はスマホを取り出すとアプリを開く。そこには。
『パパとママが行こうとしていた花火大会が風が強くて中止になったであります。もしかしたらすぐに帰ってくるかもしれないので、注意しておいてほしいであります。それとまだ家から遠いなら、痛み止めを帰りに買ってきてほしいであります』
未読のままだった彩音からのメッセージ。
送られてきたのは十分前。丁度俺がストーカー(?)から逃げている真っ最中だ。スマホを確認する余裕が無かった。とは言え、こっちの事情を彩音に押し付けるのは他責の極みだ。
「悪かった、確認してなかった」
「いいであります。それよりこの後どうするかであります。一旦家を出るにしても、パパやママに挨拶してからが良いでしょうし、そうなると司が戻ってくるタイミングが――」
「俺の事は良いんだよ。とりあえず痛み止め買ってくるから」
「……は?」
「お前が俺に頼み事なんてよっぽどなんだろ? 今すぐ買ってくるからここで待って――」
告げ終えるより前に、彩音の部屋のドアをノックされた。
俺と彩音は顔を見合わせる。親と子が同じ反応なら、子供同士も同じ反応だった。
「ど、どうぞ?」
恐る恐るといった具合に彩音がドアの向こうへ声をかける。
ドアを開いて現れたのは――。




