第四十九話
「お先に失礼します」
6連勤目を終えて、まだ働いてる方々に挨拶を済ませてからジョニトリーを出た。
駅の近くは人通りが絶えないが、家路に向かう途中から途端にひと気は少なくなる。とはいえまだ午後7時だ。普段であれば気にせずに帰る。……そう、普段であれば。
「……」
俺はひと気が少なくなる道の曲がり角の手前で、一度足を止めて後ろを振り返った。
通行人の何人かが俺を見てくるが、気にした様子も無く横を通り過ぎていく。
「気のせいか?」
女性のカンならぬ女装のカンとでも言おうか。こうして女装するようになってから、視線や周りの動きに過敏になった。そんな女装のカンが、不審者がいると警報を発したのだが誤報だったのだろうか。
釈然とはしなかったが、家へと向かうために角を曲がる。
……それにしても、柊もゾンハンをやってたんだな。
道すがら、今朝の出来事を思い出す。獅々田さんと柊のやり取りだ。
トイレ清掃を終えた頃には柊は退店していて、獅々田さんも柊について何も話してこなかった。ちょっとした無言の圧力を感じたぐらいだ。
あのやり取りを見た感じ、二人は今日ゾンハンをやるんだろう。獅々田さんは俺より一時間前に退勤していたし、今頃ゾンハン中かもな。いつの間にそんなに仲良くなったんだか。俺なんて獅々田さんに海水浴の日、「もしも見かけたら声かけてよ」と言ったのに、未だにゾンハンで出会ったことないぞ。まぁそれが普通なんだろうけど。プレイヤーが減ったとはいえそれなりの人数がログインしてるしな、うん。決してあれだよな、俺がいるのを見かけても見て見ぬふりされてるわけじゃないよな、うん。……なんか悲しくなってきたぜ。
そう言えば俺は『ウルフ』だってアカウント名を教えたけど、獅々田さんのアカウント名は聞いてなかったな。今度聞いてみようかな。それぐらいは良いよな? 滅茶苦茶嫌そうな顔されたらどうしようかね。泣くね。泣けちゃうね。「あ、やっぱ何でもないです」とか言って逃げるように家に帰ってむせび泣くね。
なんて考えていたら。
「……」
再び女装のカンが働く。
だが今度は歩みは止めず、後ろも振り返らない。
代わりに速度を変える。足を速める。するとそれまで聞こえなかった俺とは別の足音が聞こえてきた。
やはり、誰かが付いてきてる……?
そこで俺は思い出す。とある会話を。その上で目的地は自宅のまま、『経由地』を入れることにした。
経由地にたどり着くと自動ドアが開き、ひんやりとした空気が汗ばんだ体を冷やしてくれる。次いで。
「イラッシャイマァセー」
と制服に身を包んだ男性の外国人に言われた。制服と言っても当然だが学生服でも無いし、まかり間違ってもジョニトリーやフライアーズみたいに可憐で可愛らしい制服ではない。白と緑を基調とした制服。要はコンビニ店員に言われたのだ。
俺はレジに立つ彼へそれとなく会釈をしてから目の前を横断。向かう先は『出入口』。
思い出すのは過去にジョニトリーの控室で、朝の出勤前に獅々田さんと立木見さんが交わしていた会話だ。
「この前、店を出たら明らかにストーカーっぽい人がいたんですよ」
「そんな時は私を呼べ」
「でもそういう人って助けを求めたり逃げたりしたら、逆上して何をしてくるか分からなくて怖いじゃないですか」
「そんな時は私を呼べ」
「だから帰り道の途中にあるコンビニに入ったんです」
「そこで私を呼ぶんだな」
「コンビニならそのストーカーっぽい人も入りづらいじゃないですか。店員さんやお客さんもいるし、監視カメラもある。とは言っても、出入り口で待ち構えられていたら意味がない」
「そこで私を呼ぶんだな」
「そこで私は『もう一つの出入り口』から出たんです。そのコンビニには二つの出入り口があって、入った方とは別の出入り口から出たんです」
「いつ私を呼ぶんだ?」
「その時はそれで事なきを得て、今のところそのストーカーっぽい人も現れなくなったんです。でも何だか申し訳なくて。やっぱり何か買うべきだったのかなって。コンビニに入って何も買わずに出ていくって、ちょっと失礼なのかなって」
「……私の話聞いてるか? 会話になってないぞ?」
「こっちのセリフです!」
という二人の会話を寝ぼけ眼の中で聞いていたのだ。
俺が経由地に選んだコンビニは出入り口がそれぞれの正面に配置されていて、俺はスタスタと歩きつつ、真正面のもう一つの出入り口を出ると――走り出した。
気のせいなら良い。ストーカーなんていなくて、たまたま同じ道を歩いていただけなら良い。だが、最悪の事態は想定しなくてはならない。
俺の想定する最悪の事態は、ストーカーに乱暴される事ではない。むしろその先だ。
……俺が美少女なんかではなく、ただの男だって知ったら、俺もストーカーもお互い地獄だろうが。どうすんだよ、それこそ逆上されかねんだろうが。
そのコンビニから家まで二分程度しかかからないってのに、自宅の軒下に着いた時にはすっかり肩で息をしていた。
「はぁ、はぁ……さっさと家に入ろう」
普段であればこっそりと家の鍵を差し込んで捻り、そろりそろりと家に入り込む。理由は両親に顔を見られないためにだ。俺がこんな女装しているだなんて知ったら、両親は卒倒するからな。
だが、今日は両親はいないはずだ。朝、ジョニトリーの出勤前。俺のメイクを施してる最中の彩音から言われたのだ。
「今日はパパとママはお出かけで帰りは遅くなるらしいでありますから、私が何か作っておいてあげますですよ。何が良いでありますか?」
と。俺が返した答えは「何も作らなくていい」だった。理由は割愛だ。
ともかく今は一刻を争う。俺は家の鍵を鍵穴に差し込み、捻じり、ドアを開き――。
「――」
絶句した。
そこには二人いた。いないはずの二人。
今しがた帰って来たばかりなのだろうか。玄関口に立つ二人は、俺の両親で。
親子ってのは似ちまうもんで。俺たち三人は、全員口を半開きにしてそれぞれの顔をまったく同じように見やった。




