第四十七話
「ふぅ。我ながら5連勤お疲れーっと」
自室の椅子に腰を下ろすとともに、そう呟く。
ちょっと前であれば信じられない偉業だ。社会不適合者を自認し、バイトの面接を百回近く落ちたあの俺が、6月から8月まで三か月間勤務継続。しかも5連勤だなんて。あの頃の俺に今の自分の働きぶりを見せてもにわかには信じないだろう。
「さらに明日の月曜日も仕事。6連勤だって言ったらあの頃の俺はどんな反応するかな? 素直に健闘を称えて拍手か? いや、きっと「そんな未来はいやだぁ!」って頭を抱えてドキドキメモリーズを起動するんだろうな」
その分来週は勤務日数を抑えてもいる。理由はコミケ。夏コミだ。
飲食店である以上土曜日曜祝日は混雑する。さらに言えばお盆時期。普段の土日祝日より混みまくるだろう。そんな時期に一日であろうと休むのは忍びない。いや、愛猫さんは口角をひくひくさせながらも「分かったわ」と一日でも二日でも、何なら一週間でも休みを取っても文句は言わないだろう。多分その日数に比例して口角のひくひくは増加するだろうが。
ただ、あんな激務をこなしている愛猫さんを見ておきながら平気な顔をしてそんな申請はできない。まったく、アルバイトの鏡みたいな存在だな、俺。
「ま、シンプルに予定がないから、だったらアルバイトしようってだけなんだがな」
だが夏コミだけは休みを申請した。それ以外はいくらでも出勤できたので、週を跨いでの6連勤となった。その後はコミケまで出勤は2日。それ以外の曜日でカタログを眺めるなり出来る。とは言っても、俺の場合は日曜だけの参加と決めているし、もうリストバンドも購入している。予習は不要である。なので参加日前日である土曜日にも、ジョニトリーでの勤務を控えている。あの頃の俺が今の俺を見たら発狂するな。
……などと考えている間にパソコンのアプリが起動し、タイトルがディスプレイに映る。ゾンハンだ。
いつもならアプリが起動するまでの間にメイクを落とすのだが、ちょうど切らしていた。後で彩音に借りに行かなきゃな。
ともあれログインしてフレンドを確認するも、やはりあいつはいない。
ゾンハンのサ終を知ってからというもの、ジョニトリーでの勤務を終えてから毎日ログインしているのだが、あいつは『あの日』を最後にログインしていない。ただ、代わりに――。
『こんばんはですわ。ウルフさん』
白のワンピースを着たアジア人少女のアバター。そして相変わらずサングラスもかけているその人は。
『リンネさん。昨日ぶりですね』
『ええ。これで4日連続ですわね』
ログインして初期位置である廃坑へ降り立つと、まるで待ち構えていたかのようにリンネさんがいた。
『リンネさんは、今日はいつからログインしているんですか?』
『たった今来たところですわ』
デートの待ち合わせ場所で落ち合ったカップルのようなやり取りだが、相手はネカマである。
『そうですか。四日連続で偶然にも同時にログインが被ったんですね』
『私も驚いていますわ。まさか四日連続だなんて』
絶対嘘だろ! 四日連続でまったく同じ時間にログインするなんてあり得るかよ! 絶対俺を待ち構えていたんだ。
なんて訝りながらも、俺はそれをおくびにも見せないよう配慮する。
『今日も八日は来なさそうですね』
『そうなんですの?』
『はい。あいつニートの癖に生活リズムは規則正しくて、基本的に午後9時までにログインしてなかったら、もう入ってこないんですよ』
一回だけ9時半にログインしてたこともあったか。でもあの時は俺もジョニトリーの勤務を終えてからで、偶然にもほぼ同時にログインしたんだよな。八日は遅れた理由を確か『寝てたでござる』とか言ってたが、ログインの履歴を見ればそんな昼夜逆転している生活を送っていないのは明白だった。
ま、八日がどんな生活を送っているのかは知ったこっちゃないんだが。本人は自称二十代前半のニートだし。それ以上もそれ以下もない。
それにそもそも八日とは週に一回しかやっていなかったし、4日ログインしないぐらいでおかしくはないんだ。むしろいつも通りだ……とは言え明日はいつもの月曜日。流石にログインする、よな?
ちっ。まるで俺が八日を待ちわびてるみたいで、我ながら気色悪い。気持ちを切り替えよう、と思っていたら。
『あの、ウルフさんは本当に八日さんがニートだと信じていらっしゃいますの?』
まただ。また。この質問をこの四日間、何度リンネさんからされたことだろう。
その度に俺は。
『八日がニートって言ってるんだから、ニートですよ。二十代前半のニート』
と、今回のように返事をした。それに対してリンネさんは恐ろしく速い打鍵速度を持ち合わせているにも関わらず、暫くの逡巡を経て『そうですわね』と告げて話題を変えていた。
今回も同様の返事が返ってくると高を括っていたのだが。
『ニートが悪いとは申し上げませんわ。ですけど、八日さんがニートではないとウルフさんも察してるんではありませんの?』
と、恐ろしく速いチャットが返ってきた。
こめかみがぴくっとした。何度も何度も同じ毎日されていたこともそうだが、それよりも癪に障ったのは。
『逆にリンネさんは八日の事を何か知ってるんですか?』
こっちは週に一回程度とは言え、半年以上八日との付き合いがあるんだ。ここ数日程度の付き合い、なんなら八日よりも俺とゾンハンをプレイしてる時間の方が長いリンネさんにアイツの何が分かるって言うんだ。
リンネさんより八日の事を俺の方が知っているのは勿論、八日よりもリンネさんを俺は知っているだろう。
……なんてマウントは取る気はない。だが、それでも何度も何度も繰り返された質問に苛立ってしまった。その理由は単純明快で、ゾンハンがサ終するってのに、それを知ってもまったくゾンハンにログインしようとしない八日と、そんな普段通りのアイツに苛立ってしまう自分自身が原因だ。
まったく、ガキだな、俺。
モニターの前でスーッと息を吸い込んで、吐く。そうやって落ち着きを取り戻していた最中。
『ええ。私は八日さんとゲーム外で、リアルでお会いしたことが何度もありますもの』
絶句である。と同時に吸い込んだ空気はか細い溜息として長く吐き出された。
『はぁ。そうですか。何が言いたいんです? 俺より八日と仲が良いって言いたいんですか?』
イライライライラ。と、募る苛立ちがそのままチャットに出てしまっていた。エンターキーを押してから後悔するも時すでに遅し。
やはり返ってくるチャットは早い。
『いいえ。私よりウルフさんの方が八日さんと仲良しですわ。それにここ4日間は連絡が取れませんし』
なんだそりゃ。というか、いつお前らは出会ったんだよ。何度も会ったことがあるって、ゾンハンで出会った初日から数日しか経ってないだろうが。それなのに4日間連絡取れないって、それ以前に何度か会ってたってか? どんな過密スケジュールだよ。
……でも、何度も会ってるって言うならリンネさんの方が仲良しだよ。俺なんて週に一回ゾンハンやってるだけの仲だし。俺はアイツの連絡先も、どんな顔してるかも知らないんだから。4日間連絡取れない理由が、リンネさんがネカマだって知って悲しみに暮れてる可能性が極めて高いと俺は推察するけどな。
――って。
「どうして俺が八日の事をこんなに考えなくちゃならないんだよ!」
絶叫である。それと同時にチャットが更新される。
『ですけど、明日は私も行動しますわ』
『行動?』
なんだなんだ。きなくさいこと言い始めたぞ。変なことするなよ。
と、思っていたら。
『八日さんに直接お会いしに行きますわ』
『いや絶対にやめた方が良いです』
絶対に変な事をする流れだ。犯罪の香りがする。未然に止めねば。
俺の中で最近育まれて芽を出した社会性や倫理観が彼を制止せよと命ずる。が。
『いえ、行きますわ。そして彼女を引きずり出しますわ。こうしてはいられませんわね。作戦を練らなくてはいけませんわ!』
と言い残して、リンネさんはログアウトしてしまった。
「……何のためにログインしたんだあの人」
本当に変な事だけはしないでくれよ。ニュースで見たくないぞ。『ネットゲームで出会った男性二人が口論の末……』みたいな内容。
「って、ん?」
何か違和感を覚え、リンネさんが最後に残したチャットを改めて眺める。
「『彼女』を引きずり出しますわ……?」
文脈からして八日の事だ。そしてリンネさん曰く八日と何度も出会ったことがあるとのこと。
つまり、八日は……。
「ま、どうでもいいか。リンネさんが嘘ついてたり、勘違いしてたりするかもだし。それに何より、八日は八日だし」
本当に、心底どうでも良い。それより、変なニュースだけは勘弁してほしい。




