第四十六話
「失礼いたします。こちら『夏野菜と国産牛のサーロインステーキ』です。それと大ライスですね。ご注文の品は以上でよろしかったでしょうか? はい、かしこりました」
配膳を終えて俺はバックヤードへと戻る。と、獅々田さんがデシャップ台(キッチンから料理が提供される場所)の前で獅々田さんがこちらに背を向けて立っていた。
時刻は午後5時。今日は俺と立木見さんと獅々田さんでホールを回しており、先ほどまで獅々田さんは休憩だった。
「獅々田さん、お帰りなさい」
俺が声をかけると、獅々田さんは緩慢に振り返ってきた。その顔は。
「休憩、ありがとうございました……」
死んでいた。今日の獅々田さんはとてもテンションが低い。ずっと上の空だ。
食器を落としたりなどはしないが、普段の溌剌さが一切感じられない。
それを気にかけた俺と立木見さんは獅々田さんに隠れて会話し、休憩の順番を最初に獅々田さんにしようとなったのだが、戻ってきても変わらずだった。
と。ホールから戻ってきた立木見さんがこちらへと近寄って来る。
「お帰り可憐」
「あ、休憩ありがとうございました……」
「……」
立木見さんは、伏し目がちの獅々田さんから俺へと目配せをしてくる。俺は肩を竦めた。
「可憐。どこか具合が悪いのか?」
「え? いえ、それはないです」
「本当か? 体調が優れないなら、私の方から愛猫に早退できるように取次ぐぞ?」
「そ、そんな。大丈夫です。……あぁ、ごめんなさい」
すると獅々田さんは両手で自分の頬をパンパンと叩き、真っすぐに立木見さんを見つめ返した。
「はいっ。ご心配おかけしてすみませんでした。仕事は仕事ですよね。気持ちを切り替えて働きますっ」
そのまま獅々田さんはデシャップ台に提供された料理と伝票を手にホールへと出て行った。
その後姿を見送りながら立木見さんが俺に話しかけてくる。
「あれ、無理してるよな?」
「してると思いますね。仕事は仕事というからには、プライベートで何かあったんですかね?」
「ぷ、プライベート!? 男か! 可憐に男が出来たとでも言うのか!?」
「いや、プライベートが恋愛だけって事にはならないでしょうけど。でも獅々田さんなら親しい男性の1人や2人いてもおかしくないでしょうし」
「1人のみならず、ふ、2人!? 三角関係か!?」
「話を飛躍させすぎですよ……でも空元気で働いて、心労がたたらないか心配ですね。それこそあの日の晴れ晴れマリオの店員さんみたいに倒れたりしないか」
先日、晴れ晴れマリオで倒れたメガネの女性店員さん。あの後、彼女は他のスタッフさん二人に肩を担がれながらバックヤードへと引き上げていった。
俺と立木見さんが店内で飲食を終えても彼女がホールに戻ってくることは無く、ずっと気もそぞろだった立木見さんが会計の際に「先ほど倒れた店員は無事だったか?」と別の店員さんに尋ねて聞き出したのが。
「あれか。熱中症って話だったな」
「はい。今年もとんでもなく暑いですから。他人事じゃないですね」
「……」
「どうしました? 立木見さん?」
「少し気になったことがあってな」
神妙な面持ちをする立木見さんに、俺は首を傾げる。
「気になったこと?」
「ああ。熱中症なのにどうして救急車を呼ばなかったんだろうってな」
「んー。どうなんでしょうか。軽度の熱中症だから呼ばなかったとか、ですかね?」
「軽度? 意識を半ば失って倒れる程の症状が出ているのにか?」
普段の飄々とした態度とは裏腹に真剣な顔を見せる立木見さん。
「それは大事にしたくないって本人の強い意向があったとか……もしくは、私たちが見ていないところで他の従業員さんや社員さんが病院まで搬送したとか?」
「そうだと良いんだがな」
「納得してなさそうですね」
「ああ。あれは多分熱中症じゃない」
「え? じゃあ何だって言うんですか?」
「あくまで予想だが、あれは――」
立木見さんが何かを言いかけた時。
「はいはい、ご歓談中申し訳ないけど、二人とも仲良く休憩に行ってきなさい。私が代わるから」
愛猫さんがキッチンからコック帽を脱ぎながらやって来た。
少し長話が過ぎた。思わず委縮してしまう俺とは相反して、立木見さんが堂々と向き合う。
「キッチンの方は大丈夫なのか?」
「ええ、休憩回しも終わったわ。あとはあなた達二人だけだから、まとめて行ってきなさい。私と獅々田さんでやっておくから」
「いや、終わってないだろう。もう一人休憩を貰っていない人間がいる」
「は? 何を――」
立木見さんはスッと指さした。愛猫さんを。
「愛猫の休憩が終わってないだろう」
「あのねぇ、私は貴方たちの見てないところでちゃんと休憩を取って――」
「ないな。私はちゃんと愛猫の動きをチェックしている。控室には昼食で五分しか滞在していない。ちなみに食事内容は三日連続の冷やし中華。その際の飲み物はドリンクバーから持ってきた炭酸水だ。マネージャールームには三十五分滞在していたが、発注やスケジュールの作成をしていて休憩とは程遠いものだ」
「アンタはストーカーか!」
と、立木見さんへツッコミを入れる愛猫さんの背後に獅々田さんが立った。獅々田さんは客席から下げてきた食器を洗い場に置きながら暫く聞き耳を立てていた様子だった。
「ごめんなさい、私のせいですよね。気持ちは切り替えたので、愛猫さんも休憩に行ってください」
「だから、私は――」
「良いから行け。私もすぐに行く」
「死亡フラグみたいなこと急に言い出さないでくれる!?」
立木見さんの言う通りなら疲労困憊な愛猫さんだが、ツッコミすぎて更に疲れ果てたようだ。
最後には俺たち三人から真摯な目を向けられ、肩を落としながらため息を吐いた。
「分かったわよ。もう。三十分休憩を貰うわ。マネージャー室にいるから、何かあったら呼んでね」
「ちゃんと休むんだぞ」
「分かってるってば」
親から宿題か片づけをやれと言われた子供のような反応をしながら、愛猫さんはすごすごとマネージャールームに消えていった。それを見届けた立木見さんが俺に話しかけてくる。
「それじゃあ私が先に休憩に行ってくるな」
「はい、ごゆっくり……それにしても、愛猫さんをよく手玉に取れますね」
休憩を打刻しながら、立木見さんが返事を寄越す。
「最近は過労気味だからな、愛猫は。頭が回ってない相手ほど御しやすいものはない」
「ははは……」
「だからだろうな。私があの女性に過労気味だと思ったのは。見慣れていたから。顔色が」
「あの女性?」
尋ねると、立木見さんは俺を見て一つ頷いた。
「晴れ晴れマリオで倒れた店員。あれは多分、熱中症じゃない。過労だ」




