第四十五話
「それで、私と一緒にどこに行くんだ? 不動産屋か? それとも役所か?」
ジョニトリーの退勤後。町中を歩く最中、立木見さんが尋ねてきた。俺は前を歩きながら首を横に振る。
「同棲も結婚もしません。色々と順序がおかしいですし、どちらももう営業時間外です」
立木見さんは踊るように俺の前へ躍り出る。思わず立ち止まる俺へ、跪きながら手をサッと差し伸べてきた。
「ならまずは付き合おう」
「私よりもっと良いお相手がいますよ」
にべもなく告げて俺は立木見さんの横をすり抜けて歩く。
「ちょっと、待ってくれよー」
慌てて俺を追いかけてくる立木見さん。
まったく。誘う相手を間違えたんだろうか。というか、誘うべきではなかったか? 余計な期待を持たせてしまったのかも。……そう考えると可哀そうな気がしてきた。
俺は一度足を止める。立木見さんも足を止めた。
きょとんとする彼女を俺はまっすぐに見つめ返す。
「立木見さん」
「は、はい」
「私は立木見さんを」
「は、は、はひ」
「好きになることはないです。金輪際そういう目で私を見ないでください」
「がーーん!!!」
路上で頽れる立木見さん。とても不憫だ。不憫で可哀そうではあるが、期待を持たせるよりは良いだろう。……そう、期待なんて裏切られるんだから。
過ぎるのは中学の思い出。マネージャー、柊から間接的にフラれたあの日の事。
あんな思いを立木見さんにしてもらいたくない……と思ったのだが、立木見さんはスッと立ち上がり。
「今はそうなんだろうな。でもいつか司も私の魅力に気付いてホレる日が来るかもしれない。なら私は、そんな希望に賭けたい!」
心が一切折れていない、朗らかな笑みを浮かべる彼女の表情は、異性同性問わず惹きつける魅力が詰まって見えた。
フラれてもめげずアタックし続ける。情熱的な彼女に俺が返す言葉は。
「まぁ何でもいいですけど、向かう先は晴れマリなんで急ぎましょう。さっさと行かないと閉店しちゃうんで、これ以上余計なことするなら置いていきますね」
「えー、待ってー!」
立木見さんを引き連れて晴れ晴れマリオへ到着。
退店間際に見たジョニトリーの店内にある待合席には十人ほどいた。だが晴れ晴れマリオでは『店外』で数十人が列を成していた。
俺と立木見さんはその列の最後尾に並ぶ。
「ほう。兼ね兼ね噂には聞いていたが繁盛してるんだな」
晴れ晴れマリオに並ぶ行列を物珍しそうに眺める立木見さん。俺は彼女の様子を見て思わず頬が緩む。
「なんだかワクワクしてません?」
「よく分かったな! 人が並んでる所を見ると血が騒ぐんだよ!」
「腕まくりまでして……立木見さんって江戸っ子なんですか?」
「ああ、生粋のな! ちなみに江戸っ子ってどういう意味なんだ?」
閑話休題。
俺が晴れ晴れマリオに来たのには理由がある。りりあきららを知る人物がいないかの調査だ。
りりあきららのSNSにはいくつか自身の顔写真が載っていた。とは言え、どれもコスプレ写真。メイクばっちり。しかも加工もされていた。本人を探し当てるのが一番手っ取り早いが、まぁ目視では無理だろう。
結果として、俺は賭けに出ることにしたのだ。
「立木見さん、りりあきららって知ってますか?」
「リリー・アキラ?」
「りりあ、きらら、です」
自分で言いながらどこで区切るのかよく分からなかったが、多分合ってるだろう。
「んん? なんにせよ知らんな。それより、何でそんな挙動不審なんだ?」
「え? いや、何でもないですよ。あはは」
「?」
やけに鋭いな立木見さん。
実は俺が今回やりたかったのは『りりあきらら』という名前を店員さんの近くで出すことで、その人が反応するかどうかを確かめたかったのだ。
晴れ晴れマリオの客席に着いてから、今回の一回目は空振り。横を素通りする女性店員さんに目を向けるが、『りりあきらら』の名前に一切興味を示さない様子で他の席の接客をしていた。
その後、店員さんが近づく度に同じようにりりあきららの名前を出した。
だが、どれもハズレ。何の反応も見せなかった。
というか、りりあきらら本人がいたとしても露骨な反応は見せないのかもしれない。作戦ミスだったか?
などと考えていたら、立木見さんが胡乱な目つきを向けてきた。
「さっきっからなんなんだ? リリー・アキラがどうのこうのって」
「だから、りりあ、きららですって」
「リリー・アキララ?」
「ラが増えたのは前進ですね。区切りが違いますが」
「リリーア・キララ?」
「りりあ、きらら」
「リリアー・キララ?」
「りりあ! きらら!」
苛立ったわけではない。ただ少し大きめに声を発しただけ。だが口にしてから思いのほか大きな声になったことを恥じ入ってしまう。……が、それよりも大きな音が近くで響いた。
ガシャンと、食器が割れる音だ。
咄嗟に俺と立木見さん、それに周りのお客さんたちもそちらへと向く。
俺と立木見さんの席の真横。そこにいたのは、今日初めて見かけるメガネの女性店員さん。配膳途中の料理を皿ごと落としてしまったようだ。
……もしかして、りりあきららの名前を聞いて動揺した関係者? だとしたら、狙い通りにはなったが悪いことをしてしまったかもしれない。
その店員さんは青ざめた顔をしながら、直ぐに屈んで割れた食器を拾おうとした。それを俺は慌てて制止しようとしたが、それよりも早く立木見さんが店員さんの手をサッと握って止めていた。
「危ないよ、お嬢さん。ホウキとチリトリを使うべきだ」
「あ……は、はい。すみません……」
めちゃくちゃ早い対応だったな、立木見さん。流石である。女性の危機には誰よりも反応速度が速そうだ。
……それにしても、何だかデジャブだな。と思って改めて店員さんの顔を見つめて思い出す。
彩音と獅々田さんと前回来た時、食器を落としていた店員さんだ。前回も落とした食器を素手で拾おうとして、マネ――柊に止められていた。
なら、りりあきららの名前に反応して落としたわけではないんだろうか。ジョニトリーでも、よく食器を落とす人は落とすし、落とさない人はまったく落とさないもんな。ちなみに俺はたまに落とすけどな。
そんなことを考えていた直後だった。
店員さんは急にその場に膝を着くと、そのままクラっと頭を落としかけた。
頭を落とせばそこは割れた食器の破片が散乱した場所。大惨事になるのは明らか。
血の気が引く思いで俺は腕を伸ばそうとしたが。
「おっと」
そこはやはり立木見さん。すぐに危険を察知して落ちかけていた店員さんの頭を腕で抱き留めた。
騒ぎに気付いた他の店員さんたちがやって来る中、俺は率直な感想を店員さんを抱きかかえたままの立木見さんに述べる。
「本当、カッコいいですね、立木見さん」
「惚れ直したか?」
「惚れたことはないです」




