第四十四話
翌日。ジョニトリーの控室。14時。
俺は朝9時から出勤しており、退勤は18時。なので1時間の休憩と共に少し遅めのお昼ごはんを食べていた。お昼ご飯は、ジョニトリーの冷やし中華である。
ずずずーっと麺を啜って咀嚼しながらスマホを触る。行儀悪いのは百も承知。だが、控室には俺一人きりなので気にしない。
「あ。ゾンハンやっぱりサ終か」
公式のアナウンスが12時に出ていた。
内容は今月、つまり8月末に終了すること。あとは課金が本日から出来なくなるなどの説明だった。
「にしても呆気ないな。6年も運営されてたのに……」
俺は半年と少ししかやってない上に無課金だったのでショックは大きくないが、長年やってた人とかはやっぱ辛いのかな……そう言えば今日は獅々田さんは勤務してないけど、あの人もゾンハンやってたみたいだし、少なからず残念がってるのかなぁ。好きな人と出会ったゲームとか言ってたし。
などと考えながらアナウンスのリプライを見てみたら。
『お疲れさまでした。6年間も楽しい時間を提供してくれてありがとう』
『サ終は残念ですけど、最後の最後まで楽しませてもらいます!』
『おもろかったで! 我が青春やった』
みたいな反応が多かった。
感慨深いものがあり、俺も一言『お疲れさまでした』とリプしようとした時。
「はぁ、マヂ死ぬ」
「ふぇ!?」
突然聞こえた声に俺は背筋をピンと伸ばしてテーブルの上にスマホを放る。そして首をサッと横へ向けると、控室の入り口に立っていたのは俺と同じ冷やし中華の盛られた皿を片手にした――。
「愛猫さんッ、お疲れ様です! ……えーと、本当に死にそうな顔をしてますね?」
心なしかげっそりとしていらっしゃるし、目の下にクマがあるようなないような……まぁ何にせよ、目は間違いなく死んだ目をしてる。
愛猫さんは「お疲れ様」と返事をすると、俺の対面の椅子に腰かけるや否や冷やし中華を食べ始めた。
少し前なら、俺と休憩時間が被った際には雇われ店長である不平不満を毎回愚痴っていた愛猫さんだが、最近はすっかり意気消沈しながら食事だけを摂っている。その様は食事を栄養を摂るためだと割り切っているようにも見える。
実際、最近は食事以外に休憩している姿を見かけない。しかも食事時間は3分程度。今も掻っ込むように冷やし中華を喰らっている。
苦笑いを浮かべながら俺も冷やし中華を食べる。と、愛猫さんが食事の手を止めて俺をジロリと見つめてきた。まるで俺の毛穴一つ一つを見るような視線に、溜まらず声を上げる。
「あの、どうかしました?」
「いやさ、前々から思ってたんだけどね。太田さんってさ」
「は、はい」
ど、どうしよう。ここで「よく見たら髭生えてない? 実は男じゃない?」とか言われたら。
なんてドキドキしていたら。
「……とても可愛いわよね」
「は……い?」
愛猫さんは箸を皿の上に置くと、手をこちらへ伸ばしてきた。
その手は慄いて固まる俺の頬に触れる。そして軽く摘ままれた。
「肌ももちもち……あぁ、羨ましい。それに獅々田さんに負けず劣らずの美貌。私があなた達だったら今頃間違いなくパパ活してるわ、しまくってるわ。こうやって頬っぺた触られたら『もうダメですよぅ。これオプション料金請求しますからね、ぷんぷん』とか言ってさズズズー」
一人でひとしきり語ってから間髪入れずに愛猫さんは冷やし中華を啜っていた。
ぷんぷんって……。
俺が呆気に取られている間に愛猫さんは冷やし中華を食べ終えて「ごちそうさまでした」と言って両手を合わせていた。早すぎる。
そしてそのまま空いた食器を片手に席を立ち。
「それじゃ先に戻るわね。ごゆっくりー」
颯爽と控室を後にしていった。
その後姿を見送ってから俺は自分の冷やし中華を口に運ぶ。
それにしても愛猫さん激務すぎや――。
「愛猫のやつ、激務すぎやしないか?」
「ぶふぉ」
「おお!? どうした司?」
突然の声に俺は冷やし中華を吹き出してしまった。
けほけほとせき込む俺の背中を撫でながら、心なしか鼻の下を伸ばしているその人物は。
「だ、大丈夫です。立木見さんも休憩ですか?」
「ああ。愛猫と入れ替わりでな」
「そうなんですね。あ、背中撫でなくて大丈夫ですよ? それと立木見さんも冷やし中華なんですね?」
「ああ。夏と言えば冷やし中華だからな」
「そうですよね……あの、背中撫でなくて大丈夫ですよ?」
「本当にか?」
「はい、本当です」
そこまで言って漸く立木見さんは俺の背中から手を離した。立木見さん、女性に産まれてよかったな。男に産まれていたら今頃刑務所にいそうだ。
などと考えていたら、立木見さんは先ほどまで愛猫さんが座っていた椅子に腰かけ。
「それより愛猫だ。働きすぎだろ、あれ」
「そうですよね。朝から晩まで働き詰めですよね。このままだと倒れちゃいますよ」
「ああ。でもオーナーが言っても聞かないらしいからどうしようもない」
「オーナーさんが?」
立木見さんは一つ頷いてから冷やし中華を食べ始める。俺も残った冷やし中華を口に入れる。と、立木見さんは嚥下してから口を開いた。
「ここのオーナーは愛猫の親族だからな。無理をさせてまで働かせるつもりは毛頭ないらしいんだ。でも愛猫は親族と言えど店を任せられたからには、ちゃんと経営させたい。維持させたい。何なら繁盛させたい。利益を出したい。結果として、自分が身を粉にして働いているってことだ」
「なるほど……原動力は責任感ってことですか」
「分かりやすく言えばな。ただあれは、単に無茶をしてるだけだ。特に今の時期は書き入れ時なのにアルバイトも増やさないで自分がホールにキッチンにと奔走している。原因はやはりフライアーズや晴れマリといった競合店が突然出来て、客数の見極めが難しいからだろうな」
「そうだったんですか。それにしても立木見さん、やけに詳しいですね?」
「知っての通り、実家が喫茶店を営んでるからな。それにここのオーナーと私の両親は知り合いなんだ」
「え。そうだったんですか?」
「ああ。言ってしまえば親公認の仲だな」
それはちょっと意味がわからないけど。
と思っていたら、立木見さんは冷やし中華の乗った皿を手に取ると、縁を口に当てて流し込んだ。
リスのように両頬を膨らませながら咀嚼し、ごっくんすると口を開き。
「ちなみに今度司の両親にもご挨拶を――」
「あ。そう言えば立木見さん、私と上がり時間今日も一緒ですよね? ちょっと行きたいところがあるんですけど付き合っていただけ――」
「ああ、付き合おう。何なら結婚しよう」
なんだこの人。




