第四十三話
『ウルフ殿! こんな日に珍しいでござるwww』
ミッションからリンネさんとギルドへ戻ってきた八日がチャットを打ち込んできた。相変わらず無駄に草が生い茂っている。
『こっちのセリフだ。リンネさんとミッションやってたみたいだけど、足手まといじゃなかったか?』
『安心してほしいでござる! リンネちゃんはもう一人前でござるよ!』
『俺が心配したのは八日が足手まといにならなかったかってことだ』
『何ででござるか! 吾輩はこれでも歴戦の猛者でござるよ! 今回もちょっとしか足を引っ張ってないかったでござるよ!』
足引っ張ってんじゃねぇかよ!
……との言葉を打ち込まずに、俺は『そう言えば』と前置きをした上で例の噂について聞いた。
『ゾンハンが今月末にサ終するらしいけど知ってるか?』
暫しの沈黙。おおよそ三十秒経過してから返ってきたチャットは。
『サ終するんですの?』
リンネさんからのものだった。
『ええ。まだ公式のアナウンスは無いですけど、明日正式に発表されるって噂ですね』
『噂なら嘘の可能性もあるのではなくて?』
『はい、その可能性もあります。ただ匿名掲示板で前々からイベント情報とか新キャラとかの情報をリークしてた人が噂の出所なんですよ。信憑性は高いですね』
実際最近はプレイヤーが目減りしていたし、イベントも過去の焼き回しばかりだった。
メーカーもオンラインではなくコンシューマーの買い切り型へ原点回帰する流れが――ってそんなことはどうでもいい。
『ウルフさんは、ゾンハンがサ終するなら今日が最後のログインにするんですの?』
『いや、普段通りに最後の日まで過ごしますよ。半年だけではありましたけど、最近は日課になってましたし。リンネさんはどうするんですか? 今日が最後ですか?』
するとリンネさんにしては珍しく少しの時間が空いた。ジッと返事を待っていたら、チャットが返ってきた。
『私も最後の日まで続けますわ。ただ、ウルフさんと十六夜さんと出会えたのも何かの縁ですし、出来ればお二人が次にプレイされるゲームにも参加させていただけたら幸いですわね』
え。やっぱ狙われてんのか俺と八日。というか、ゾンハンがサ終したら俺はリンネさんどころか八日とも二度と関わることが無いって思ってたんだが。
「……でも、八日次第か。何だかんだほっとけないしな」
我ながら男相手に気持ち悪い話だが、俺がいないと何も出来ないというか、俺が付きっきりじゃないと危なっかしいというか。八日が他のオンラインゲームをやったとしても、きっと足手まといになって腫物扱いされるのが目に見える。
だからそんな不憫な思いをさせないためにも、もしも八日が次にやりたいオンラインゲームがあるのであれば、それに付き合ってやるのもやぶさかでは――。
『嫌』
「は?」
何も反応を示していなかった八日が、漸くチャットしたかと思えば『嫌』の一文字。思わず俺はモニターの前で阿呆みたいに声を漏らした。
『嫌? どういうことですの?』
リンネさんの問いかけに対して八日は。
『wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』
と、草の羅列を返し、そのままログアウトしてしまった。
またかよ、と内心で俺は呆れてしまう。前回と同じく突然のログアウト。しかも今回は脈絡が無さすぎる。唯一考えられるのはゾンハンのサ終にショックを受けてって事だが、八日はそんなにゾンハンに入れ込んでいたわけじゃない。楽しんでいたとは思うが、俺のミッションに付き従うばかりだった。そこまでショックを受けるとは思えないのだが。
ため息を吐いている間に、リンネさんからのチャット。相変わらず凄まじい打鍵速度だ。
『十六夜さんったら、乙女ですわ』
やっぱリンネさんは八日をまだ女だと思ってるのか。かわいそうに。
『ちなみに今だからこそ聞きたいんですけど、リンネさんは男性ですよね?』
『いいえ。私は女ですわよ』
おうおうおう。最後まで貫き通すか。絶対にネカマだろうに。
まぁいいや。それより聞きたいことがあったんだ。本当は八日にも聞きたかったんだが仕方あるまい。
『話は変わるんですけど、リンネさんって、ヒマラヤって知ってますか?』
『知ってるに決まってますわ』
飲み物を一口飲んでいる間に返答があった。が、多分勘違いしてるんだろうな。俺の聞き方が悪かったか。
『あれですよ? ヒマラヤ山脈の事じゃないですよ?』
絶対にそっちで勘違いされて――。
『ヒマラヤ山脈? 何のことですの? 私が知ってるのはレストランチェーンのヒマラヤのことですわ』
――ではなかった。
俺は慌てて打鍵する。
『ヒマラヤっていう名前のレストランがあるんですか?』
『ええ。ただ、あったと言うのが正しいかもしれませんわね。元々数店舗しか無かったのですけど、半年前に業態変更されてヒマラヤブランドは消滅しましたわ』
業態変更? ということは。
『ヒマラヤを運営していた会社は今もあるんですか?』
『ありますわ。元々ヒマラヤは小規模なチェーン展開でしたけど、外資系企業に買収されたんですの。それで屋号を変更してどの店舗も今は別業態として経営されてますわ』
なるほど。となると、元のポストは見れなかったが、探り当てた返信の内容と照らし合わせるに、りりあきららはヒマラヤ山脈で働いていたわけではないんだ。ヒマラヤというレストランで勤務していた。
まぁ、こんなの分かったところで何かが解決するわけでもないんだが――。
『旧ヒマラヤの内の一店舗は、晴れ晴れマリオに業態変更しましたわね。都内初進出として話題になってましたわ』
え。
『ヒマラヤが、晴れ晴れマリオに? どういうことですか?』
『ヒマラヤを買収した企業が、晴れ晴れマリオも買収したんですわ。それで業態変更ですわ。飲食業界ならよくあることですわね』
りりあきららはヒマラヤで働いていた。現在ではヒマラヤブランドは廃止され、別業態として運営されている。その別業態の中には晴れ晴れマリオが含まれている。そしてりりあきららは今回都内初進出を果たした晴れ晴れマリオの競合店であるジョニトリーの根も葉もないレビューを残した。
偶然、なんだろうか?
『それより私、ウルフさんについて伺いことがあるんですの。ウルフさんは十六夜さんについてどうお思いですの?』
『うん、ごめんなさい。ちょっと調べたいことがあるんで落ちますね』
『え? ちょっと、もう……憤慨ですわあああああ!』




