第三十九話
マネージャーに連れはおらず、一人で晴れ晴れマリオに並んでいたようだ。そして自分の客席へと移動する道すがらに先ほどの件があったとのこと。
それを聞いた獅々田さんはマネージャーの両手をギュッと掴むと、喜色満面に告げた。
「なら一緒に食べようよ! 混雑してるから一組でまとめた方がお店としても良いだろうし、それに何よりご飯は皆で食べた方が美味しいもん。ね?」
……ということで四人で卓を囲むことになったのだが。
「こちらは太田さんの妹さんで、太田彩音さん」
「ご紹介ありがとうございます。柊梓さん、でありますよね?」
「あら、私の事をご存知なの?」
「はいであります。私は柊さんの一つ下でありますが、同じ中学校に通っていたであります。私の同級生も柊さんの美貌を常々誉めそやしていたので存じ上げているであります」
「そんな事は……私より、彩音さんの方が中学の頃から有名でしたわ。モデルを当時からされていて、今ではチックタックでフォローが数万人いるとか」
「あれはただの運であります。数字なんて飾りでありますよ」
という会話が目の前で展開されているが、俺は沈黙を貫いていた。が、ウズウズともしていた。何なら脳内でツッコんでやろう。
「彩音。なにが「同級生も柊さんの美貌を常々誉めそやしていたので存じ上げている」だよ。当時お前が俺に何て言ったか覚えてるか?「司。女性の好みについてとやかく言うつもりはないでありますが、変な口調の人は気を付けた方が良いでありますよ」とか、俺とマネージャーが親しいとどっかで聞きつけたのか知らんが変な助言してきただろうが! あと当然ながら、今更ながら、お前も負けず劣らずの変な口調だからな!
んでマネージャー。お前は中学時代に会話の流れで身内自慢したくなった俺が「妹はモデルやってるんだよ」って告げたら「そ」と滅茶苦茶素っ気ない返事してきたの未だに俺は覚えてるからな。あとチックタックじゃなくてTikTokだからな。フォローじゃなくてフォロワーだからな。フォローだけ数万人いるって何かちょっと寂しい人みたいだからな!」
と、脳内でとりあえずツッコむことで精神衛生を何とか保つ。そうしてる間、三人は和気藹々と会話を続けている。俺は腕組みをしながら聞き流す。
別に拗ねてるわけじゃない。ナチュラルツンデレでもない。
ただ単に気にかけていることがあって、それがずっと頭の中で鎌首をもたげている。
それは――どうして獅々田さんはマネージャーの名前を知っていたのかということ。
初対面ではない。喫茶ヴァラドンで獅々田さんとマネージャーは会っている。だが、あの時に二人は自己紹介するタイミングは無かった。
なのに何故獅々田さんはマネージャーの名前を知っているのか。マネージャーもどうしてそれを不思議に思わないのか。
それらの情報を併せるに、二人は俺の知らないところで再会していた可能性が極めて高い。そこで自己紹介を済ませたと考えるのが妥当だろう。
我ながら名探偵さながらの思慮深さをついつい発露してしまったが、要するにあれだ。
――何もわからない!
表上は素知らぬ素振りで澄まし顔を披露するように努めているが、内心ではパニックである。
いつどこで二人は会ってたの? きっかけは? どこまで情報共有してんの?
聞きたい。でも聞けない。彼女たちの会話に参加すれば俺がボロを出すのが明白だったから。
そしてそうやって手をこまねいている間に、機を逸してしまった。三人の会話をぶった切って今更「二人はどこで仲良くなったの?」なんて尋ねる勇気は俺にはない。
なのでジッと瞑想していたら。
「あ、そう言えば太田さん」
「ひゃいっ」
いきなり名を呼ばれ、俺は開眼と同時に甘噛みしてしまった。
が、獅々田さんはそれを笑うことなく話を振ってくる。
「太田さんは柊さんと同じ中学校だったんだよね? 陸上部の部員とマネージャーさんだったんだっけ?」
来た。来てしまった。なるべく触れたくないが、触れざるを得ない話を振られてしまった。
「え、ええ。そうですね。それより、獅々田さんとマネージャーはどこで仲良くなったんですか?」
俺とマネージャーの話を深堀りされる前に、話をそれとなく流しつつ俺の気になっていた事を尋ねた。ナイス機転だぞ俺。
「私と柊さん? 前にたまたま街中で出会ったんだ。そこで意気投合したんだよ」
獅々田さんは「ねー?」と首を斜めにしながらマネージャーの方を向くと、マネージャーは「そうですわね」と短く返事をした。
やっぱ出会ってやがったか。くっ、お互い俺の悪口で盛り上がっていたんじゃあるまいな。共通の知人の話なんてのは最初の会話の取っ掛かりとしては鉄板だからな。
「何で太田君って女装してるんだろうね? 変態なのかなぁ」
「ええ、変態ですわ。汚らわしいですわ」
「「きゃっきゃっきゃ」」
……なんて盛り上がっていたんじゃあるまいな!? 二人ともそういう偏見とか悪口とか言いそうではないけど、俺なら許されるって感じでボロクソに言ってたんじゃあるまいな!?
と、疑心暗鬼に陥っていたら。
「でも、どうして二人は疎遠になっちゃったの?」
「「え」」
それは……核心の話だ。
俺と声が重なったマネージャーの顔を見れば、目が合った。
だがそれも一瞬。彼女は視線を伏せてしまった。
疎遠になったのは俺が理由だ。彼女がその真意を知る由は無い。だから彼女に何かを語る術はない。あるとすれば俺に「そうですわ。何で私を避けてたんですの?」と詰め寄るぐらい。だが彼女はそんなことはしない。
『あくまで部員とマネージャーとしての関係に過ぎませんわ。それ以上も以下もありません。大体、恋人にするなら……その、も、もっと背が高くて、頭も良い人を選びますわ』
あの日のマネージャーの言葉を思い出す。
教室で話すマネージャーとクラスメイトの会話を廊下で聞いて、勝手にフラれた。ズルい行いに対する報いとしては当然だったんだろう。
盗み聞きして勝手にフラれたからって勝手に避けて。本当に情けないな、俺。せめてあの日の清算をしなくちゃ。
「実は俺は――」
「そんなこと、もういいじゃありませんの? 過去の事ですわ」
俺が口を開いてから、マネージャーが俺の声をかき消すように声を上げた。まさかの助け舟。だがその舟は。
「よくない。よくないよ」
獅々田さんが転覆させた。
「よくないって、獅々田さんには関係のないことではなくて?」
「関係は無いけど、でもよくない。だって二人とも似た者同士なのに、避けてるのなんて」
「はぁ、獅々田さん。子供みたいなことを仰ってないで――」
「子供でいいもん! 二人には仲直りしてほしいんだもん!」
最後には駄々っ子になってしまった。涙目である。
俺も彩音も啞然。だがマネージャーは嘆息交じりに柔らかな笑顔を向ける。
「まったく、もう。分かりましたわ。ほら」
言ってマネージャーが手を差し出した。その先は――俺。
俺が目を瞬いていると、マネージャーは恥ずかしそうな顔を見せた。
「ほら、早くなさい。仲直りの握手ですわ」
「仲直りの、握手?」
「ええ。過去は過去。お互い思うことがあっても、これで清算。それでよろしいでしょう?」
返事を求められた獅々田さんは、少しばかりの逡巡を挟んでから微かに頷いて「うん」と言った。
それを確認するとマネージャーは俺へと向いた。
俺は頬を搔きながら、マネージャーの手を握った。
「その、あの時は悪かったな。俺のせいで――」
と俺が話している最中に、手はパッと離された。
「何のことですの?」
「いや、あの時は俺が――」
「だから、今の握手で過去は清算したんですわよ? もう私はキレイさっぱり忘れてしまいましたわ」
「でもマネージャーに俺は――」
「あ、そのマネージャーと呼ぶのも、もう勘弁してくださらないかしら? 一体いつの呼び方なんですの。それにジョニトリ―は違うみたいですけど、フライアーズでは店長をマネージャーと呼ぶから何だか違和感があるんですの」
「そうか……って、何でフライアーズの話が出てくるんだ?」
俺の指摘を受けてマネージャーは「あ」と言って口を塞いだが、横の獅々田さんが話し出した。
「柊さん、フライアーズで働いてるんだよ」
「え。フライアーズで? マネージャーが?」
「こら、マネージャー呼びはお止めなさい!」
「分かった分かった。柊な。それで柊は何でフライアーズで――」
「あ、料理が来たでありますよ」
彩音の言う通り、配膳ロボットが料理を運んできていた。
「あらあら、待ちくたびれていましたわよー」
柊は渡りに船とばかりに率先して料理を全員分配膳し始めた。絶対にフライアーズの話題を避けたいという鉄のような意思を感じる。
結局その後フライアーズの話をすることは無く、四人で料理に舌鼓を打った。




