第三十七話
名前を呼ばれて俺と彩音はそちらを振り向く。そりゃそうか。太田さんって呼ばれるなら妹の彩音の方が確率は高い。
だが、聞き覚えのある声。そして俺たちより十人ほど前にいたその人を見つけ、俺はやっぱりと思った。
「獅々田さん!」
茶色いキャップにグレーのTシャツ姿の獅々田さんがこちらに手を振っていた。が、何かを閃いたような顔を見せると、後ろに並んでいる人たちに一声二声かけて俺たちの横に並んだ。前を譲ったのだろう。
「良かったんですか? せっかく並んでたのに」
俺が尋ねると、獅々田さんは屈託なく笑った。
「いいのいいの。一人ぼっちで暇だったし。それより太田さんはどうして晴れマリに? 興味ないと思ってた」
「それは……こいつのせいです」
「彩音ちゃん?」
俺の視線を辿って獅々田さんは彩音を見つめた。
「海水浴以来でありますね。きちんとした挨拶が今まで出来ていなかったでありますが、獅々田先輩にはいつも兄が――いえ、姉が大変お世話になっているであります」
彩音がぺこりとお辞儀をすると、獅々田さんも同じように頭を下げた。
「ご丁寧にありがとう。でもこっちこそ太田さんにはお世話になっているわ。良いお兄さん――じゃなくて良いお姉さんね」
何だお前、俺の知らない内に姉が出来たのか? 今度俺にも紹介しろよ。と冗談を飛ばそうかとも思ったが、二人と同様に周りの目を気にして口を噤んでおいた。
「それで、彩音ちゃんが晴れマリに行きたかったの?」
「はいであります。流行を抑えたいからというのもありますが、何よりもデザートビュッフェが気になっていて。それを言ったら、司が自分から「彩音が行くなら自分も行く」と言って」
言ってねぇよ。過去を改竄しすぎだろ。お前が脅して無理やり連れだしたんだろうが。と言いかけたが、それよりも早く獅々田さんが瞳をキラキラと輝かせて彩音に詰め寄り、はしゃいだ声を上げた。
「私も! 私もなの! 私はジェラートが気になってて」
「お目が高いでありますね。晴れ晴れマリオのジェラートは国産の果物をふんだんに使っていて、今度別業態でジェラート専門店を開くほどらしいであります。ですが私が特に晴れ晴れマリオのデザートビュッフェで目を付けているのはケーキであります。ここで使われている生クリームは動物性で、乳脂肪分が高いのでありますが、くどくなく舌触りが良いと評判で、その理由は――」
彩音のご高説を獅々田さんは「ほへー」と感心した様子で聞き入っている。ちなみに俺は聞き流している。
まったく、可愛いもんだな我が妹よ。モデルだなんだと持てはやされているようだが、自分の得意分野の話になるとついつい饒舌になってしまうあたり、やはり太田家の子だな。ま、俺はそのレベルからはもう脱却しているんだがな。
などと高みの見物とばかりに妹の様子を見守っていたところ、背後の女性二人の会話が耳に入る。
「え、あっちがお姉ちゃんなんだ。逆じゃないの?」
「私も思った。確かに身長はちょっと高いけど、雰囲気は妹さんのほうが落ち着いてるよね」
「だよね。それに今も話に付いていけてなさそうだもんね」
「うんうん。流行に疎いんだろうね。でも妹さんが流行に敏感なんだろうね。いいなぁ、あんな妹欲しかったなぁ」
高みの見物してんだよこっちは! 俺だって流行に敏感だわ! 彩音がジェラートについて語ってこようものなら、俺は「ジェラートと言えば今度アニメ化される『転生したらストロベリージェラートになって若いギャルに食べられると期待していたのに、なぜかイチゴムースは何をしても離れてくれないし、チョコレートチップは俺に降り注いで止まない』がとても面白いから見た方が良いぞ。イチゴムースは幼馴染みたいなポジションで、チョコレートチップは脈絡なく突然現れるツンデレなんだ。一見すると出オチラブコメっぽいが、原作だと三巻目から急激に話が変わり、ヤンデレ化したチョコレートチップに主人公とイチゴムースは殺されるんだが、実は二人の間にはストロベリーが誕生していて――」と彩音に延々と語り続ける自信があるぜ。
「……何を俺は考えているんだか。太陽がまぶしいからだな」
相変わらず話に夢中な二人を横目に俺は嘆息した。




