第三十五話 アナザーサイドB
柊さんとの通話を終えると、私は自室の机に項垂れた。
「用事なんて無いのに。月曜日のこの時間だけは、いつも空けてるのに……」
机の上に指先でぐるぐると円を描きながら零す。
私にとって月曜日のこの時間は、ウルフ殿と接する時間は、生きるための活力だった。周りからの評価を忘れ、没頭出来るかけがえのない時間だった。
「でも、分かっちゃったから、仕方ないよ」
分かってしまった。私は相応しくないんだと。
柊さんはとっても可愛らしい人だし、ウルフ殿はとってもカッコいい人。しかも二人とも趣味も価値観も似ていて、私が付け入る隙は微塵もない。そもそも私なんてウルフ殿が好きなのか、太田君が好きなのかで揺れ動いてるような人間。そんな私が出来る事なんて、指を咥えて眺めるか、私が二人を近づけるかしかなかった。
無理やり付き合わせようとかは思っていない。それは二人の問題だから。私が関与すべき事ではないから。
でも過去に二人の間で何かがあって、それをお互い勘違いして疎遠になってしまったのは明白。だってあれだけ似通ってる二人なんだもの。勘違いさえなければ今も仲良しだったはず。そしてそれを知った私は、その橋渡し役を担うべきなんだ。義を見てせざるは勇なきなりだ。
「よし、二人のためにも、私が頑張らなきゃ!」
顔を上げ、私は大きく頷く。
今回、ゾンハンのバディミッションをクリア出来なかったのも、私がわざとミスをしたからだ。いくら私と言えど、流石にチュートリアルをクリア出来ないほど下手では――。
「……柊さんと最初にやった時には、柊さんの動きを目で追ってたら本気でミスをしちゃったけど、それは抜きにして」
ともかく私がわざと失敗し、ウルフ殿がやってきたら泣きついて柊さんと二人でバディミッションをしてもらうという絵を事前に私は描いていた。結果は私の目論見通りになった。
次はどのようにして二人を近づけようか。
直接会わせるのはまだ難しい。ゾンハンを足掛かりにしなきゃ。
来週の月曜日も柊さんとゾンハンの約束を交わして、私はログインしないでウルフ殿と二人きりにする? いや、それは柊さんに怒られそう。それに私だってゾンハンをしたいし。
「でもでも、二人を近づけるには私がいない方が良い。私が我慢すれば済む話、か。キューピッドになるって大変」
一息吐いて椅子の背もたれにもたれる。と、背後にあるドアの向こうからコソコソ声が聞こえた。
「ねぇねぇママ、キューピッドってなぁに?」
「キューピッドは恋の神様よ」
「神様なのー? 可憐姉は神様になるのー?」
「無理よー。可憐は自分の恋ですらダメダメだもの。どちらかと言えばプシュケの方が適役かしら」
「ぷしゅけー? なぁにそれ?」
「プシュケはギリシャ神話っていう、神様がたくさんでるお話があって――」
私は椅子をくるっと回転させてドアを見る。そこには、僅かに開いたドアの隙間からこちらを覗いている二人がいた。
「わぁ」
「あら、バレちゃったわね」
夏帆は目をぱちくりとさせながら驚いていて、お母さんは淑やかに笑っていた。
溜まらず私は頬をぴくぴくと痙攣させ。
「覗くなぁ!」
と叫ぶと、二人は「きゃあ」と楽しそうに去っていった。
ドアを閉めなおしてから私は再び椅子に腰かける。
「まったく」
頬を膨らませつつ壁にかけた時計を見ると、時刻はまだ夜の八時。
「あ、そうだ。この際だから晴れマリの事を調べておこう」
スマホを手に取り検索を始める。
……フライアーズに太田君を誘ったのは、競合店の調査というのは大義名分で、太田君がマネージャーさん、つまり柊さんがどんな人だったのかについてそれとなく聞きたかったからだった。
でもまさかその柊さんがフライアーズで働いていたなんて、やっぱり二人は運命的な繋がりがあるに違いないと思わされてしまった。
「んー。晴れマリ、行きたいなぁ」
晴れマリのメニュー写真をジッと見つめてしまう。晴れマリ名物の爆裂ハンバーグだ。ハンバーグの断面から肉汁があふれ出していて、とても美味しそう。それにソースもデミグラス、チーズソース、トマトソースなどなど十種類以上あり、トッピングは五十種類以上ある。無数のカスタマイズが出来るのも晴れマリの特徴だ。
それに晴れマリはデザートビュッフェもあり、ジェラートが特に有名。私はこのデザートビュッフェがとても気になっている。
でも、晴れマリがオープンするのは三日後だ。それから暫くは混雑するだろう。本場の東北でも二時間待ちとかするらしいし、関東初出店となる店舗なら、どれだけ待つのか想像すらつかない。
「でも調査も兼ねて行かなくっちゃ。決して私が晴れマリにただ行きたいからではなくてね。うん」
私は自分に言い聞かせるように頷いた。




