第三十五話
俺はモニターを見つめながら違和感を覚えていた。
「……筋は悪くない」
ゾンハンのバディミッションは、チュートリアルでは交互に行動ターンが訪れる。なので片方が行動している際には、もう片方は見守る事になるのだが、俺はリンネさんの行動を眺めながら感想を漏らした。
俺だってゾンハンは、きちんとプレイするようになってまだ半年ちょいのひよっこだ。そんなひよっこが頬杖突きながら歴戦の猛者っぽく偉そうな事を言うだなんて、本物の歴戦プレイヤーからすれば噴飯ものだろう。
だが、リンネさんの動きはひよっこの俺でも分かるぐらいに的確で適切だった。少なくとも初心者とは思えない。基本的な操作は出来ている。ギミックを理解するのも早い。エイムに関しては少し心もとないが慣れだろう。このレベルなら、バディミッションなんて難なくクリアしていたはず。
「……なのに、どうして八日とやってクリア出来なかったんだ?」
違和感の原因はそれだ。
八日は確かに致命的なまでに下手くそだ。救いようがないレベルの下手くそだ。擁護の余地がないぐらいに下手くそだ。
だが、それは過去の話。今では……まぁ半人前ぐらいには成長した。ただそれで充分だ。少なくともチュートリアルをクリア出来ないようなレベルからは脱却している。
センスの良いリンネさんと、それなりに成長した八日。チュートリアル如きで躓くだなんてありえない。
「リンネさんが何回かプレイして慣れたからかな?」
一番あり得るのはそれだな。最初は操作に慣れていなかったが、今回で本領発揮。俺と組まず八日と続けていてもクリア出来た。うん、それだな。間違いない。まさか八日がチュートリアルで躓くはずなんて――。
『リンネちゃんは最初からウマウマだったでござる! 吾輩が足を引っ張ってしまったでござるよ!』
ギルドに戻って八日と合流し、チャットで『リンネさん上手いじゃん。何で八日と組んでクリア出来なかったんだ?』と尋ねて八日から返されたのがそれだった。モニターの前で俺は愕然とした。
『お前さ、半年以上やって初心者以下ってことはないだろ? というかウマウマってなんだ』
『あんまり見くびらないでほしいでござる! 吾輩、ほとんどウルフ殿としかプレイしてないから、指示されないと何も出来ないでござる! あとウマウマはゲームがウマいウーマンの略でござる!』
『見くびるの使い方がまずおかしい。それに指示待ち人間であることを開き直るな!』
チャットを打ち込んでから俺は呟く。
「それにウマいウーマンじゃないだろ。ウマメンだろ」
リンネさんはどうせ男なんだから。八日だってそんなの知ってるんじゃないか? ま、わざわざそれを問いただすのも性格が悪いからしないけどさ。正直男だろうが女だろうがゲームに関係ないし。
『リンネちゃんはゲーム慣れしてるから、吾輩なんかよりウルフ殿が手取り足取り教えてあげた方が良いでござる!』
『は? お前がリンネさんに声かけたんだろ? お前が面倒見るべき
――と打ち込んでからエンターキーではなくバックスペースキーを長押しして打ち込んだ文字を消す。このチャットはリンネさんも見てるんだ。たらいまわしみたいにされたら気分を悪くするかもしれない。と思っていたら。
『私は、八日さんにも教えていただきたいですわ』
ナイスだリンネさん。俺の顔を立てつつも本音としては八日とゾンハンがしたいという思いが述べられている。というかあれか、この二人は俺からすれば男同士なのだが、二人は互いを女性と想像している可能性があるのか。そうなると八日が俺にリンネさんの指導を譲ろうとしたのも、リンネさんの反応を窺うためだったのか? そして良き反応が得られた今、当て馬となった俺を放置して、二人の世界に没入しようってか? くそ、八日の奴め。とんでもなく高度な頭脳戦を展開してやがる。もしかしてこいつは俺とは違って恋愛経験豊富なのか!? でも残念ながらお前ら二人とも男だぞ! 少なくとも俺は羨ましくないぞ!
などと当て馬にされたのが悔しくてムキ―っと憤慨していたら。
『わはは、吾輩女の子に教えるのは苦手なんでござる。それと実は今日は用事があるので、この辺りでお暇するでござるよ』
「は? コイツ急に何を――」
と俺がモニターの前で言ってる間に、八日はログアウトしてしまった。唖然である。
意味が分からない。ゾンハンで初心者相手にナンパ紛いのことをして、そのナンパ相手を俺に押し付けやがった。何が目的なんだよ。
「……どうすんだよ、これ」
ため息交じりに見つめるモニターには、筋骨隆々なスキンヘッドの黒人と、黒髪セミロングのサングラスをかけた東洋人少女が向かい合っている姿が映っていた。バイオのワンシーンでありそうな絵面かよ。
どうしたものかと思い、一分ほど悩んだ末に打鍵する。
『とりあえず、まだ時間があるなら他のチュートリアルもやってみますか?』
無難。我ながら無難の権化のような問いかけである。が、これならばリンネさんだってどんな返答も出来るはず。
……と思ったのだが。
「……何故、なにも返事を寄越さない」
俺がチャットを打ち込んでから五分が経過していた。だが、チャット欄に新しいメッセージは表示されず、ただただアバターが微動だにせず向き合ったままだ。
リンネさんがログアウトするならするで、俺からすれば別に無言でも構わない。が、俺からメッセージを残してしまったため、その最後を見届けないと。
「……って、親の死に目かよ」
セルフツッコミを披露していたところで、ちょうど画面に変化が訪れた。
チャット欄に新しいメッセージが表示されたのだ。その文面は。
『ごめんなさい、少し席を外していましたの。よろしければ、チュートリアルを進めてもよろしくて?』
てっきりログアウトするものだと思っていた。お目当ての女(男)がいなくなってやる気をなくしたんだろうと。
いや、むしろお目当ての女(男)と次会った時に上手くなった姿を見せたいって腹積もりか?
得心がいった。俺は何度も頷きながら打鍵する。
『全然構いませんよ。最初は操作方法に慣れるのが大事ですからね。わからないことがあれば何でも聞いてください』
『ありがたいですわ。ではお言葉に甘えて、わからないことがあれば色々と聞かせていただきますわ。今後のために』
これはあれだな。俺が恋のキューピッドになっちゃいそうだな。誰も幸せにならなさそうな気もするけど、急に抜けた八日が悪い。というかアイツは結局何がしたかったんだか。
椅子に深く背をもたれて天井を仰ぐ。
「あ。そういえば」
そこでふと思う。
「アイツ、途中からあんま草生やしてなかったな……めちゃくちゃどうでもいいけど」




