第三十四話
彩音とのやり取りを終えてモニターを見ると、スキンヘッド黒人アバターが坑道を棒立ちしていたぜ。
俺のアバターだ。名前はウルフ。周りを行き交う他のアバターはウルフの前で立ち止まりもしないぜ。むしろ知らん奴が立ち止まってたらビックリしちゃうぜ。
「つってもアイツはいても良いと思うんだぜ。ログインしてないのかだぜ」
彩音の氷そのもののような眼差しを受けて、その恐怖から脱するためについつい変な口調になっちまってるぜ。一度深呼吸だぜ。
「っと、いたいた。ログインしてんじゃんアイツ……って、ミッション中?」
アイツこと十六夜八日。暗黙の了解で毎週月曜にゾンハンを一緒にプレイしている相手だ。
ござる口調のネカマニート。ゾンハンはへたっぴ。だからいつも俺と一緒に行動していて、一人でミッションに行くなんて殆ど無いはずだが……。
「んん? このミッションは」
坑道からギルドへ移動し、八日のアカウントから現在進行しているミッションを確認すると、それは所謂バディミッションだった。
バディミッションは二人一組で参加するミッションだ。トラップやギミックを二人で協力して突破し、クリア目標達成を目指すもの。
「ということは、とうとう俺以外にゾンハン仲間を見つけたか?」
ずいぶん酔狂な奴がいたもんだ。ま、八日はござる口調のネカマニートで癖が一見するとめちゃ強だが、実際にチャットしてみると意外にまともな人間だ。せめてござる口調が無ければゲーム内で仲良くなれる相手はいくらでもいるだろう。
「もしかしてござる口調はやめたのか?」
何にせよ、喜ばしいことだ。あの八日が俺以外とゾンハン出来るなんて、独り立ちしたんだな。感慨深いぜ。
……ただ、気がかりが一点ある。
このバディミッション。『初心者向け』だ。
ゾンハンを始めた日にやって、二日目からは一切プレイしないもの。いわばチュートリアルのバディミッションだ。
「初心者とやってんのか? 流石に八日が進んでやるわけないしな。簡単にクリア出来るだろうし」
ま、八日だって、半年以上ゾンハンをプレイしているんだ。俺が手取り足取り教えているんだし、簡単にクリアするに決まってるさ。
『ウルフどのおおおおおおおおおおwwwwwwwwwwwww助けてくだされえええええええええwwwwwwwwwwwwwwwwwクリアできないでござるううううううううううううううwwwwwwwwwwwwwwwww』
『お前さぁ』
色々と打ち込みたいところだったが、エンターキーを押す。
仕方ないので俺はモニターを見つめながら一息吐いてから思いの丈を一人で述べる。
「あんな簡単なミッション例え初心者とやったとしても余裕だろうが! 初心者でも五分だよ五分、俺がやったら三分! というかそんな技術差とか出ないぐらい初歩中の初歩! お前この半年以上何やってたんだよ! というか相変わらず草生やし過ぎなのはまだしも「おおおおお」だの「えええええ」だの「ううううう」だの余計な文字を連ねて何をパワーアップしてんだよ! 脚色過多かよ! つかござる口調のまんまかよ!」
言い終えて俺は再び一息吐いた。だる。
いつもなら今俺が言ったことをそのまま打鍵しているのだが、今日は違う。何故なら、チャットが二人だけではなく三人に結びつけられたチャットだから。
そしてその三人目であろう人物のアバターは、八日が使うブロンド髪アバターの後ろに立っていた。
そのアバターは黒髪セミロングで、東洋人少女の見た目をしていた。服装は白のワンピース。そして何故か……サングラスをかけている。
ゾンハンのプレイヤーは男性比率が驚異の90%を誇ると言われる。が、アバターは女性比率が四割弱だ。
なので俺は瞬時に察する。
「――絶対にコイツも男だ」
簡単な推理で結論へ導ける。
さっき確認したが、アカウントは今日作ったばかり。ピークを過ぎてユーザーが減り続けているこのゲームを今更始めようとする女性がいるはずがない。いたとしても友人や家族や彼氏と一緒に始めるはず。故にどれにも当てはまりそうにない八日とチュートリアルのバディミッションをやってる時点でダウトだ。八日が女性と接点なんて絶対にあろうはずがないのだから。
俺はフッと笑みを漏らすと、前髪を軽く払ってから軽やかに打鍵する。
『AED』
証明してしまった。だがそれを直接述べるのは残酷にして加虐。だから俺は聡明さをそれとなく匂わせるために三文字で書き残した。
意図など理解されるはずもないだろうが――。
『AEDってwwwwwwwwどうしたでござるかwwwwwwwwwww大丈夫でござるかwwwwwww心臓は大変でござるwwwwwwwwww救急車よばなきゃでござるwwwwwwwwwwwww」
「ぐ……QEDと間違えた」
にしても八日のこの返しは普通の人であれば俺を嘲笑っているようにしか見えないだろうが、それなりの付き合いだし本気で心配しているのだと俺には分かる。
『何でもない。誤字だ。それよりその人は?』
『この方は』
と八日が打ってから一分間チャットが流れない。
元々八日は打鍵スピードがノロマだったが、それにしても長い。
痺れを切らして俺から自己紹介でも始めるかと思ったら、漸く八日が返事を寄越した。
『吾輩の友達でござる』
『友達?』
『はい、友達でござる』
『リア友か?』
『違うでござる。ゾンハンでさっき知り合ったでござる』
『それは友達と呼ぶのか?』
『バディミッションを協力してクリアしたら、それはもう友達でござる』
『クリアしてねーじゃねーか』
『痛いところを突かれたでござるwwww』
つまり初心者を見つけて、しかもアバターが女性だからカッコいいとこでもみせてやろうと、意気揚々と手ほどきしようとしたら、チュートリアルの時点で躓いたってわけだ。ダサすぎるぜ。
俺は呆れ笑いを零しながら、初心者さんに話を振ることにした。
『初めまして。リンネさんで良いですか? 俺はウルフって言います。八日とは週一ぐらいでゾンハンを一緒にやってます』
初心者さんのアカウント名はリンネと表示されていた。その名前を見つめながらポツリと呟く。
「リンネと言えば『鉄面皮のリンネ』って三期いつやんだろ?」
鉄面皮のリンネはアニメ化もされた漫画作品だ。あらすじとしては何が起きても動じず鉄面皮と称される女子高生リンネが、その鉄面皮ぶりを如何なく発揮して成り上がっていくお話だ。ちなみにリンネは鉄面皮と称されてはいるが、内心は気弱でオドオドしているのが作品の肝となっている。
俺はアニメでしか視聴していないが、最初はただの女子高生だったリンネが一期のラストでは国民的女優となり、二期の最後では総理大臣になっていた。漫画版の方ではアメリカの国防長官になっているとかなんとか。一体どこに向かっているのか想像もつかない作品である。
なんて事を考えていたら、リンネさんから返事が来た。
『初めまして。好きなようにお呼びいただいて構いませんわ。ウルフさんはこのゲームをプレイされて長いんですの?』
『実質、八日と同じぐらいですよ。半年ぐらいですかね』
『そうなんですの。私はまだ始めたばかりで、右も左も分からなくて』
『初めてならそんなもんですよ。まぁ、半年やっても右も左も分かってなさそうな奴もいますけど』
『吾輩のことじゃないでござるよねwwww』
『お前以外誰がいるんだよ』
『ひええええええwwwwww』
『八日には荷が重かったみたいですし、俺がバディミッション付いていきますよ』
『あら、助かりますわ。よろしくお願いしますわ』
「にしても、ですわ口調か。典型的なネカマだな」
多分鉄面皮のリンネのリンネになり切ってるのだろう。リンネもですわ口調だし。憑依型ってやつだな。そうでなきゃですわ口調の人間なんて――。
「……ま、いっか。今はゲームに集中しよ」




