第三十二話 アナザーサイド前編
「それでは、お先に失礼いたしますわ……」
退勤の挨拶を皆様に済ませ、フライアーズを出ていく。
午後六時。夕暮れ時。家路に着きながら私は肩を落としていました。その理由は。
「はぁ。沢山ミスを犯してしまいましたわ……」
手元を滑らせ食器を割ったのは一回。ですが手元を滑らせ料理ごと食器を落とす事五回。私の概算で二万円以上の損失を出してしまいました。
他にもオーダーミス、客席案内ミス。あまりにもミスばかりの私に他の従業員の方やマネージャーは怒るどころかフォローしてくださって。帰り際にも皆さんから心配されてしまいました。
出勤時はいつも通りだったのですが。
原因を思い出し、再び溜息が零れました。
「まさか、司と獅々田さんがフライアーズにいらっしゃるなんて……」
「あれ? もしかして」
「え? あ」
駅前のスーパーからエコバッグを片手に現れたのは。
「し――貴方は、えーと司と一緒にいた……」
「獅々田って言います。あなたは『マネージャーさん』ですよね?」
マネージャーと言われ、きょとんとしてしまいます。ですが司の顔が浮かび、その意図を察しました。
「そうですわ。中学時代に司も所属していた陸上部のマネージャーを務めていましたの。司からお聞きになって?」
「いえ? 太田君がマネージャーって呼んでたことしか知らないです」
「そ、そう」
それから数秒の間が空きまして。
「そ、それでは、ごめんあそばせ」
そう告げて踵を返した時。
「柊さんって、フライアーズで働いてるんですね?」
「っ」
柊。私の苗字です。その名を告げられ足がぴたりと止まり、『フライアーズ』の単語で頬が引き攣りました。
ぎこちなく後ろを振り返ると、にこやかな笑みを浮かべる獅々田さんがいらっしゃいました。
「ごめんなさい。私、嘘ついちゃいました。でも柊さんも嘘ついてますよね?」
「わ、私が、嘘を?」
「はい。柊さん、私の名前知ってますよね? さっきも「し」って言いかけていましたし」
「ぐぬ」
思わず漏れ出た無様な声。ですが獅々田さんは嘲笑いません。
「でもそれは私も嘘をついてたから、お相子。だからお互い色々と、話してみません?」
同性の私ですら見とれてしまうような魅力的な微笑みを獅々田さんは浮かべていらっしゃいます。
ですがその内容は私からするととても不穏な響きに満ちていまして。
「あわ、あわわ」
ど、どどど、どうなってしまいますの!?




