第三十二話
事の成り行きは遡ること一週間前。
ジョニトリ―の近隣に競合店舗となるフライアーズと晴れ晴れマリオが同時に開店するとなって意気消沈する愛猫さん。重しをズンと背負ったように下がった彼女の背中を見送りながら獅々田さんが口にしたのが。
「調査に行ってみなきゃ」
というもの。さすがだなぁ獅々田さん。行動派だなぁ獅々田さん。あっぱれあっぱれと内心で誉めそやしていたら。
「太田さん、フライアーズ行きたいんだよね? まずはそっちに行ってみよう!」
と言われた。ほぼ強制参加だった。
なんて受動的な言い方になってしまったが、獅々田さんの言う通りフライアーズは前々から行きたいと思っていた。何故なら、制服がかわいいと専らの評判だからだ。俺は三次元の女性に興味は無いが、制服には興味がある。俺は三次元に興味は無いが、制服には興味がある。俺は三次元に興味は無いが、制服には――。
「かわいいッ!」
そう。可愛い制服に俺は目がない。ドキドキメモリーズの千春ちゃんが着たらって想像するだけで笑顔になってしまうから。
ただ、フライアーズに入店して俺よりも先に感情を露にしたのは獅々田さんだった。
「くすっ。いらっしゃいませ。お二人様でしょうか?」
とウェイトレスに尋ねられてからの「かわいいッ!」である。僕とウェイトレスさんは元より、混み合ってる店内の入り口にいる他のお客さんも笑ってしまっている。
「ご、ごめんなさい。二人です……」
チョキのポーズで二本指を立てる獅々田さんは、顔を真っ赤に染め上げていた。
「かしこまりました。大変申し訳ございませんが、只今大変混雑しておりまして。テーブル席ではなく、カウンター席でよろしければ比較的速やかにご案内が可能ですが如何なさいますか?」
「は、はい。カウンター席でお願いします」
「承知いたしました。それではカウンター席が空き次第ご案内致しますので、おかけになってお待ちください」
入口付近に配された待合席を手のひらで指し示してから、ウェイトレスは一礼して去っていった。
獅々田さんが待合席の長椅子に腰を下ろすのを見て話しかける。
「意外と獅々田さんって可愛いのが好きなの?」
「意外って何よ! 可愛いは正義だもん!」
らしくないと言うか、何だかネットに汚染されてそうな発言を獅々田さんが言う事にギャップを覚え、思わず笑ってしまう。
そんな俺に彼女は落ち着きを取り戻した様子で告げる。
「ほら、太田君も座りなよ」
「うん、ありがとう」
獅々田さんが指し示したのは自身が座る長椅子の隣。勧められるがままに俺も腰を掛けた。が、そこで気付く。
せ、狭い……。
隣のご家族の奥様と獅々田さんの間に座った俺は、どちらともなるべく触れないように肩をキュッと狭めた。が、それでも肩が奥様に当たり、反射的に逆へと動かし獅々田さんの肩に触れる。
ぴくっと獅々田さんの肩が震えたのが分かり、やはり反射的に逆へと動かし、奥様に肩が当たる。
奥様は何も気にも留めずご家族で歓談してるようだけど、やはり気を咎めてしまい逆側へと動かし――というヤジロベー状態になりながら過ごしていたら。
「順番が前後してしまいますが、カウンター席が空きましたのでお二人のお客様を先にご案内いたします」
先ほどのウェイトレスさんの声掛けに反応し、俺は立ち上がった。
「「は、はい」」
俺だけではなく獅々田さんも同時に立ち上がっていたし、声も寸分の狂いも無く重なった。
先ほどと同じくウェイトレスさんも周りのお客さんも笑っていた。ただ居心地の悪いものではない。が、ただただ俺と獅々田さんは赤面しながらカウンター席へと向かった。
カウンター席は六席の横並びで正面は壁。それぞれの間隔は一メートル程ある。獅々田さんは壁際に、俺はその隣の席に腰かけた。
テーブルの上に置かれていたメニュー表を開く。外食ってこの瞬間が一番楽しいんだよなぁ。
メニューはハンバーグ、パスタ、ピザなど、洋食が中心のようだ。他にも勿論スープやサラダなどもある。ジョニトリーとあんま変わんない。なんて思ってたら。
「ジョニトリーと全然違うね」
「え。どこが?」
我ながらアホっぽく口を半開きにして尋ねる。と、獅々田さんは真剣にメニュー表を見つめたまま口を開く。
「ジョニトリーだと海鮮丼とかとんかつ定食みたいな和食に、中華麺やうどんも扱ってるでしょ? でもこのフライアーズのメニューにはそういうのが無い。汁物はスープのみでお味噌汁はない」
「それってジョニトリーの方がメニューが豊富ってこと?」
「そうなるわね。でも、メニューが豊富だから良いってわけでもないの。ジョニトリーはセントラルキッチンがあって――」
それから三分ほど獅々田さんの説明が続いたが、俺はぽかーんと聞いていた。
「――ということなの」
「なるほど。うん、なるほど」
俺が目を瞑りながら腕組みして大きく頷く。と、次に目を開いたら獅々田さんがムッとしていた。
「……太田君、話聞いてた?」
「き、聞いてたよ。つまり、フライアーズはコストカットしながらクオリティを上げてるんだよね?」
「それ最後に私が言ったやつだよ!」
「そうだったね……えーと、あとあれ。差し込みメニューが特殊で凄い」
「それはそう。ジョニトリーなら夏は冷やし麵、冬は鍋料理みたいに旬の物を一時的に扱うのが普通の差し込みメニュー。実は予め調べて知ったんだけど、確かにフライアーズにも差し込みメニューはあるの。でもちょっと変わってる。普通のチェーン店なら全店舗で基本的に同じ差し込みメニューを扱うんだけど、フライアーズでは店舗毎に差し込みメニューを変えていて、しかもその商品開発は店舗で行われていて――」
それから五分ほど獅々田さんの説明が続いたが、俺はぼけーっと聞いていた。
結果、俺はジョニトリ―にもあるビーフシチューオムライスを頼み、獅々田さんは差し込みメニューを頼んだ。
店内は書き入れ時とあって混雑している。ずっと満席だし、待合席は俺たちが来た時よりも人が多くなっている。下手すれば店外でも並んでいそうだ。
そんな中でウェイトレスさん達がテキパキと働いていた。いずれも学生と思われる子たちばかり。
と、そんな彼女たちを目で追っていたら。
「見とれてるの? 太田君?」
何だか少し険のある言い方で獅々田さんが呼んできた。思わず俺はたじろいでしまう。
「そ、そんなことはないよ。でも、やっぱ制服が可愛いなぁって」
「あ、制服ね。そうだよね、可愛いよね」
よくわからないけど獅々田さんの声に険が取れ、安堵しながら二人でウェイトレスさんを見つめる。
白のブラウスと水色のチェック柄の前掛け、黒のスカート。と、ファッションに詳しくない僕が言語化すると滅茶苦茶シンプルっぽくなってしまうが、実際は前掛けには柄があって、スカートにはフリルがあってとてもかわいい。柄の方は、何だっけ、ぎんがむ柄? みたいなやつだ。
ともあれそうして眺めていたら、とある人物に目が留まった。
「ん?」
「どうしたの?」
「なんかあのウェイトレスさん、動きがおかしくない?」
俺が指さすと、獅々田さんもそちらを見つめた。
そのウェイトレスさんは、料理を運んだり、空いた食器を下げたりと普通に働いている。が、何かおかしい。
「え? 別におかしくはないんじゃない?」
「そうかなぁ。なんかさっきっからこっちに一切顔を向けない気がするんだよね」
そう、顔が一切こちらから見えないのだ。まるであえてこちらから顔を背けているかのように見える。
「気のせいじゃない? というか、そんなじろじろ見るのはよくないわよ」
「はい。すみません……」
そんなこんなで料理が到着すると。
「「美味しい!」」
と、二人で舌鼓を打った。




