9 冬
レイナはやくざの事を母親に言わなかった。
言う必要を感じなかったし、やくざの男が来た日から母親との関係は更に破綻して、母親はレイナのことを益々憎むようになっていた。
そのことに空しさと哀れさを感じながらレイナは諦観するしかなかった。
借金についてはやくざの事務所が火事に会い、全焼したことで有耶無耶になった。
やくざたちも焼け跡から遺体が発見され、警察は事故と放火で調査したが進展はなかった。周りもやくざの抗争で放火されたのではないかと、まことしやかに囁かれたが真相が明るみになることはなかった。
それより問題なことが起こった。レイナの火魔法の制御が効かなくなったのだ。
火を出すことは出来るが制御が出来ず大放出してしまう。
火を使うとあの日の火事を思い出してしまう。
夢で炎に包まれる光景を見ることもある。
建物内で炎に囲まれ燃え盛る中、遠くで男たちの呻き声が聞こえてくる。
夢は自分の身体が炎に焼かれるまで醒めることはなかった。
レイナが目覚めると全身汗をかいていた。
寒さが身に沁み始めた朝の中、畳の和室に敷かれた布団に寝ていたレイナは悪夢に魘されて目覚めた。
傍には黒猫とウーサが寄り添うように寝ている。
レイナはウーサを抱き上げて、もふもふな身体を堪能しながら夢の出来事を忘れようとした。
レイナに起こった出来事は必然とも言えるかもしれないが、寄り添い慰めてくれる存在がいることは幸いだった。
すぐに立ち直ることは出来なくても時間が解決してくれることもある。
レイナたちはダンジョン探索を一時中断して冬ごもりのように木造の家で過ごすことになった。
火魔法は当分使うことは出来ないだろう。レイナの一番火力のあった力が使えないことで戦力的にも低下が見込まれる。水や風も使えるように練習しているが火ほどの火力はなかった。
戦略の見直しも必要であり、益々力を増しているだろうダンジョンを攻略するには不安が残った。
どちらにせよ戦いよりレイナの心の回復の方が先決だった。
レイナとしては気にしないようにしていた。
しかし、顔色は悪く学校に行くのは億劫で、益々母親とは会わなくなった。心安らぐのは木造の家で大きくなったウーサに抱き着くことだった。
ウーサもレイナに付き合ってくれて大人しくもふられている。
* * *
冬になるとこたつを取り出し皆で入ってみかんを食べた。
窓の外を見ると庭は雪で白くなり花畑も畑の見分けがつかない。
ウーサが元気に外に飛び出すと、途端にどこにいるのか分からなくなった。
レイナはウーサを探しつつ、雪を転がして雪だるまを作った。気が付くとウーサは雪の覆った白い花をもしゃもしゃと食べていた。
家の軒先にウーサとそっくりな雪うさぎたちを作り出して、レイナは雪遊びに満足した。
レイナは大人びているがまだ中学生の子供で遊びたい時もある。ウーサと一緒に無邪気に遊ぶレイナの顔は笑っていた。
黒猫はそれを室内の炬燵の中から見ていた。
黒猫としてもやくざの件は忸怩たる思いだ。
レイナが傷つくことは分かっていたことだ。人を平気で傷つける子ではなく母親思いの優しい少女なのだ。
それでも穏便な手段を講じることが猫だった黒猫には出来なかった。
黒猫はこれまでもレイナに図書館から本を借りて貰い、自然や生物、化学などの本を読んでいたが、人間社会を理解する為に法律や社会の本で勉強し始めた。どれほど役に立つかは分からないが、少しでもレイナを手助けしたかった。
かつて飼い猫だった黒猫は木造の家で老いた飼い主と一緒に住んでいた。
飼い主や時折訪れる孫とのひと時は穏やかで優しい時間だった。
だが、飼い主が亡くなると黒猫は木造の家から追い出され、一匹で野生の弱肉強食の世界に放り出された。
何とか生き延びダンジョンマスターになっていた時に願ったのは、あの優しい木造の家での暮らしだった。
木造の家を作り出した後は、穏やかに余生を過ごしたいと思っていた黒猫の許に来たのがレイナとウーサだった。
運よく倒されもせずに彼女たちと一緒に過ごす暮らしは、飼い主の時のように優しく楽しく刺激的で面白かった。
再び家族と言えるような存在を得た黒猫は彼女たちを守ろうと決意するのだった。
* * *
冬の間レイナたちは静かに過ごし、ゆっくりと癒していた。
春の頃にはレイナの顔色も直り、ウーサと黒猫には笑うようになっていた。
夢は見続けていたが、熱い訳でも痛い訳でもないので気にしないことにしている。
学校は進級してクラスが変わると新たな問題が出ていた。
前のクラスはレイナとの不干渉を貫いていたが、今のクラスは露骨に干渉してきた。それは好意であったり嫌悪であったりした。
クラスで人気のある男子がクラスに馴染まないレイナに話し掛けて、皆と仲良くなろうとお節介してくる。
一部の男子も追従して女子もレイナに話し掛けているが、上辺だけで陰では悪口を言っていた。
思春期の年頃になり男女を意識し始めた同級生たちの感情がレイナに向けられた形となっていた。
男子はレイナの容姿に惹かれ、女子は嫉妬した。
しかし、レイナにそう言った感情の余裕はなく、ただ感情を押し付けてくる同級生たちが煩わしかった。
「三田さん、この後クラスの皆でカラオケに行くんだけど一緒に行かない?」
「……お金がないので行きません」
「えっ、そうなのか。い、いや、いてくれるだけでもいいから皆で楽しもうよ」
放課後、クラスの男子に掛けられた言葉にレイナは即座に拒否したが、男子はなおも誘ってくる。
しかし、背後に見える女子の顔は憎々し気で、来て欲しくないのが如実に表れていた。
「家でやることがあるので帰ります」
レイナはさっさと帰ってしまった。
取り付く島もない対応に男子も困っていたが、女子は如実に態度を硬化させてレイナに陰湿ないじめを仕掛けるようになっていた。
物を隠したり落書きしたり、すれ違いざまに悪口を言ったり。
実行している女子は一部であったが、気付いている他の同級生も見て見ぬふりをしてレイナを助ける人はいなかった。
しかし、レイナは言い返したり反撃したりしなかった。
実害を受けそうなことは避けていたが、口で留めている程度の相手を脅威とは思わなかったのだ。
一年経てば、クラスは変わるし命の危険はない。クラスメイトに嫌われても構わなかった。
魔物ややくざと比べたら殺気や悪意の質は未熟だと思ったのだ。
しかし、人間黙っていると人は増長してくる。行為がエスカレートしていくことに本人さえも止められない人間の怖さがあった。
レイナは授業が終わるとさっさと帰ってしまうが、たまに図書室に寄って本を借りていくことがある。
図書館でも借りているのだが、黒猫の読むスピードが速くて学校でも借りているのだ。レイナも暇な時間は読書をしていることが多いので、図書室の利用頻度は高かった。
本棚を見回りながら本を物色していると、突然声を掛けられた。
「三田さん……、加納達にいじめられてるの嫌じゃないの、先生に言いなよ」
本棚の陰から出てきたのは、同じクラスの眼鏡女子だった。
彼女もクラスの隅にいることが多いが、似たような女子数人でいることが多かった。
身体は緊張して震えていたが強い目をレイナに向けている。相当勇気を持って声を掛けたのだろう。
レイナは声を掛けられたことにちょっと驚きながら眼鏡女子が言った事を考えた。
「うーん、あの人たちに嫌われても別にいいかな。行った所で先生が何かしてくれるとも思えないし、実害はないから別に気にしてない」
「……三田さんって強いね。あれを実害がないって言っちゃうなんて。いつも一人でいるし。でも、余り加納達を調子に乗せない方がいいと思うよ」
「面倒なだけ。そこまで言うなら一応先生に言うけど、私よりあなたが言った方がいいんじゃない?」
「陰キャに発言権なんてあるわけ無いでしょ。加納達の耳に入っていじめがこっちに向くのは流石に怖いわ。こんな所でコソコソと言っている時点で察してよ。……それと私の名前は前田久美子だから、知らなかったでしょ」
睨みながら自分の名前を語った久美子にレイナはこれがお節介というものかと思った。
しかし、表立って行動しない臆病さを持ちながらもレイナに進言してきた久美子を嫌だとは思わなかった。
自分だったら無関心を決め込むと思うから、久美子の正義感に敬意を持つが真似しようとは思わない。
その後レイナは担任の教師に加納達から受けているいじめについて述べたが、話を聞いた教師は面倒な顔になって一定の理解を示しつつ、レイナの方も同級生と協調性を持って仲良くするようにと言った。
つまり問題を解決する気がないことが分かったので、レイナは教師に相談することを止めた。
レイナはいじめを放って置くことにしたが、加納たちのいじめは実害を持ってエスカレートしていった。




